フィオラとも話していたんですが、先に韓国で爆発的に広がるかもしれませんね。その場合、感染したこと自体よりも、感染の経緯による精神的ダメージが心配です(現在346人と報道)。
フィオラは韓国と北朝鮮は双子であり、北朝鮮の苦しみを無意識に大きく受信する韓国の人々は、本来よりもバランスをとりにくい状況にあると。周辺国が理解すべきなのは、「(北朝鮮のことを別にしても)韓国には」助けが必要だったと観測できるということらしいです。
日本がもっと助けるべきだったと言っているわけではなく、純粋に、ただの観測として、「(周辺による)助けが必要な」精神状態だったと。n221248
正中(せいちゅう)とは参道の中央を「神が通る」と考えて、己を端に置く
『道の歩き方』です。
これは「己が」「端を」「歩いている」のではなくて、
「神が」「真ん中に」「在る」ので、
己はそれに対して首(こうべ)を垂れ、畏れ、感謝している状態がずっと維持されているということなんです。
これが古来より正しいとされてきた道の歩き方であり、正しいとされてきたのは、
自分が道の中央を我が物顔で通っているとひどい目に遭うという人類の経験知が無数に積みあがったからです。
端を歩くという「行動が目に見える形で顕れ」ますが、その本質は
視線のベクトル、首を垂れる対象があるということです。
しかもそれが外側の何かではなくて、己の胸の中にあるとき、
人は背をすっくと伸ばし、
正中線が現れるのかもしれません。n220128


中国史上、最も安定した治世の一つを築いたといわれる、唐の第二代皇帝・李世民。「貞観の治」と呼ばれる善政をしいた李世民と彼を補佐した重臣たちとの間で交わされた問答をもとに編纂されたのが「貞観政要(じょうがんせいよう)」です。明治天皇や徳川家康が、ここから帝王学を学んだともいわれる名著です。
「貞観政要」が卓越したリーダー論、組織論といわれるのはなぜか? その秘密は、李世民の政治に対する真摯な姿勢にあります。彼は、自分の殺害を計画した人物さえ、その能力を認めて側近に取り立てました。また、臣下たちの忌憚のない厳しい諫言にもよく耳を傾け、自らの政治方針を常にチェックし、改善を続けていきました。全十巻四十篇からなる李世民の言行録ともいえる「貞観政要」には、こうした彼の姿勢や日々の苦闘によって培われた、生きた知恵が豊富に盛り込まれているのです。
ベンチャー系生命保険会社の創業者・出口治明さんは、「貞観政要」がビジネスや組織運営、生き方などにおける最良の「ケーススタディ」になると指摘します。この本を読めば、リーダーと部下の関係はどうあるべきか、理想のリーダーになるためには何をなすべきか、困難に直面したときどう振る舞えばよいのかを予行演習することができるというのです。出口さん自身、自ら企業を立ち上げ、軌道に乗せ、そして退職して有終の美を飾るまで、常にこの本に叱られ続けてきたといいます。
「世界最高のリーダー論」の一つともいわれる「貞観政要」。この著作では、リーダーの器はどう論じられているのか? 意外にも「何もしないのが理想のリーダーだ」と記されている。真のリーダーは、プライドや見栄などで自らの器をいっぱいにするのではなく、むしろそれらを上手に捨て器を空にすることで、部下の諫言に耳を傾け、新しい価値観を吸収し、自らを律することができるのだという。その上で、適材適所さえ心がけていきさえすれば、人も世も自然にそのリーダーに従うようになるという。
「判断をする上でいかにきちんとした基準をもてるか?」 これはリーダーの最も大切な条件の一つである。李世民は、「三つの鏡」のたとえを使って巧みにその判断基準を説いていく。「銅の鏡」は、部下が自然についてくる「いい表情」をしているか? 「歴史の鏡」は、過去の経験に照らして将来への備えができているか? 「人の鏡」は、部下たちの直言にきちんと耳を傾けているか? この三つが常に大切な座標軸になるという。さらに、短期的な利害ではなく、長期的に俯瞰してみる「時間軸」思考も大切だと説く。
『貞観政要』――もしかすると、この書物の名を初めて聞いたという人がいるかもしれません。この本は中国で生まれた、世界最高といってもいいリーダー論の古典です。
『貞観政要』は、唐(六一八~九〇七)の第二代皇帝、太宗・李世民と、その臣下たちの言行録です。「太宗」とは、創業者(高祖・太祖)に次ぐ功績のあった皇帝に与えられる廟号(死後、廟に祀る際に贈られる尊号)です。「貞観」は当時の元号(西暦六二七~六四九)です。この貞観の時代は、長い中国の歴史で四回しかなかったとされる盛世、すなわち、国内が平和に治まり繁栄した時代のひとつといわれています。「政要」とは、政治の要諦を意味します。
僕は若い頃から音楽が好きで、クラシックのレコードを聴いたり、オーディオに凝ったりしていました。あるとき、十七~十八世紀につくられたバイオリンの名器ストラディバリウスは、今もって誰も再現できないと書かれた本を読み、疑問を持ちました。ストラディバリウスを分解してその材料や構造を調べることもできるし、どんなニスが使われているのかもわかっている。それなのに再現できないとはどういうことだと。
その「なぜ」を考えながら、生物学や脳の本を読んでいったところ、人間の脳は進化していないというシンプルな答えを見つけました。それでわかったのです。脳が進化していないのであれば、この数百年のあいだに最高のバイオリンをつくる能力を持った人間がいつ生まれるかは、アットランダムだと。つまり偶然なのです。昔の人ができたものを、なぜ今できないのだという考えは、脳は進化していて人間は賢くなっているという前提に立ったものです。その考えが間違っていたのですね。
リーダーとはチームで何かをするときのひとつの「機能」です。誤解しがちですが、人間として偉いわけではまったくありません。
「チーム力をいかに鍛えるか?」 組織を軌道にのせ発展させていくための最も大事なポイントの一つである。チームの力を最大限に引き出すために何よりも大切なのは、「部下にまかせて待つこと」、そして「信用すること」。全てを自分でかかえこまず、部下を信用してまかせること。また、まかせた以上は途中で口を挟まず見守ること。そのときはじめて、部下やチームは最大限の力を発揮するという。またチームの各人が成長していくためには「適度な負荷」が必要だとも説かれる。
「創業」と「守成」ではどちらが大切かという李世民の問いに、重臣たちの意見が真っ二つに分かれる。「敵を打ち破る命がけの困難があるゆえに創業だ」という意見と「安定が油断を生み国を亡ぼすゆえに守成だ」という意見だ。双方の意見を評価しながらも、李世民は「今まさに安定期であるがゆえに守成こそおろそかにしないようにしよう」と呼びかける。難易度は同じだが人が陥りがちなのは「守成」の問題。そこで李世民やその重臣たちは「後継者選びの大切さ」「敵対勢力への寛容」など、組織が長期に持続するための要諦を具体的に説いていく。その上で人生の総仕上げを飾る「有終の美」の大切さも説かれる。
そこに繰り返し出てくる一冊の本がありました。今回取り上げた「貞観政要」です。名前だけは知ってはいたものの、恥ずかしながら読んだこともないし、内容も全く知りませんでした。気になったのは、出口さんが「私はこの本に今も叱られ続けています」とおっしゃっていた一言。ベンチャー系生命保険会社を創業し、見事に軌道に乗せた経営者が「今も叱られ続けている?」 いったいどんな書物なのだろうと興味を惹かれました。
何といっても、太宗・李世民の言行録の中で印象的だったのは、自分の殺害を計画した人物さえ、その能力を認めて側近に取り立てたことでした。また、臣下たちの忌憚のない厳しい諫言にもよく耳を傾け、自らの政治方針を常にチェックし、改善を続けていくという李世民の真摯な姿勢も。更に、「真に偉大なリーダーは決して嘘をつかない。だから民衆に深い信頼を得ることができる」といったエピソードも出てきます。
組織をよくしようとあえて苦言をしてくれる部下を、敵対勢力とレッテル貼りして、仕事を奪って干してしまうリーダー、嘘の上に嘘を塗り重ねて消費者の信頼をいっぺんに失ってしまう企業の不祥事などなど、今の世の中には、「貞観政要」に描かれた李世民とは正反対の事例に数多く出くわします。
トヨタの張氏も前掲のインタビューでこのように話している。
「太宗李世民の明君ぶりを語るエピソードは数あるが、非常に関心させられたのは自分を叱ってくれる部下をたくさん抱えたことだ。彼らに自由に意見を言わせ、諌言に率直に耳を傾けて、なるほどと思えばすぐに改める。リーダーシップを発揮する立場になると、なかなかできないことである」

24年にわたる太宗の治世は、広く人材を登用し、諫言に耳を傾け、常に緊張感を持って政治に取り組んだ。これは異常な精励ぶりといっていいだろう。史家の評を借りれば次のようになる。「その聴断(ちょうだん)して惑わず、善に従うこと流るるが如きは、千載(せんざい)に一人と称すべきのみ」つまり、1000年に1人の名君だといっているのだ。
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