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米国が戦争に踏み切るか、妥協して引き上げるか二つに一つ、その結論は半年も経たずに出るだろう。戦争になる場合、潜水艦が増強される前にやれればまだ日本に有利。韓国の被害はどの場合でも計り知れない。ここで米国が妥協するなら日本にとっては長い悪夢の始まりになる。私は韓国ドラマが好きだから、朝鮮民族が民主国家として統一され、日本のよき隣人になることを願ってはいる。だがもしここで韓国人の被害を怖れて仕掛けることをやめてしまうと、後々日本は圧倒的に不利になる。今の日本のマスコミは本当にわかっているのか、疑問に感じるぐらい呑気なことばかり言っている。


マハルシ ある医者が患者に一つだけ条件をつけて薬を処方しました。その条件とは、「薬を飲むときに猿のことを考えてはならない」というものです。猿のことを考えまいと思うたびに猿のことを考えはしないでしょうか?
それと同じことで、人々が想念を放棄しようとするとき、その試み自体が目的の達成を阻むのです。


あなたは「あれ」でもなければ「それ」でもありません。「私は在る」が真理なのです。ただの「存在」のみが自然なものであり、「人間としての存在」に限定する必要はないのです。

(対話601)


完全さは、あなたが真実を話すとき、人を感心させようという願いを捨てるとき、いつわりの自尊心を放棄するときに、ひとりでに、また楽に達成されるものなのです。
自分を修正し、正しくしてくださいと願うものは、それを受けとるでしょう。それはその人が他人より良い人間であったからではなく、ただそれを願い求めたからです。
自分の過ちを認める準備のできていない人たちを、悪いと判断しないでください。ただ自分の過ちを認め、あとは神におまかせします。
あなたの経験を人と分かちあってください。でも、押しつけてはいけません。あなたには、ほかの人が何を必要としているかわからないのですし、それはあなたが知らなくてよいことです。
兄弟の中にある善を思い出してください。あなた自身の中の善を思い出してください。どんな恐怖心や判断の気持ちがわきおこっても、その場で溶かし去ってください。自分の過ちを認め、他人の過ちに寛大になりなさい。


人を裁くかわりに、自分が<思考の目>を持っていることに気づいてください。そして世界や人生やものごとを自分がどのように見たり考えたりしているのか、詳しく観察するのです。人と話すときには、自分が何を言っているのかに注意を払ってください。何かを主張し、自分が<正しい>ことを相手に納得させようとしている──そうした自分の言葉によく耳を傾けてください。自分らしく振るまい、自分の考えを述べ、したいことをしてください。ただ、どうか自分の言葉に耳を傾けてください。そして自分の考えのもとになっている固定観念は何なのか、自分自身に問いかけてください。
話しているときに、人は自分のこうした固定観念にあまり注意を払っていません。ですから自分の話す言葉をよく聞いて、「この考えはどこから来たのだろうか。こうであるべきだと誰から教わったのだろうか」と自問してみてください。固定観念を手元に持ってきて、よく調べてみるのです。そうすれば、その考えがどのようにして生まれたのか、どのようにして自分の考えになったのか、が理解できるようになるでしょう。


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生命からの分離と、「不完全」と呼ばれる理解は、何かがほかのものよりも偉大であるとみなしたときにのみ生じるものである。だが、生命という現実の中では、何かがほかのものより偉大であったり劣っていたりすることはない。すべてのものはただ在るだけであって、「在ること」という平等性の中にあるのだ。それゆえ、すべてのものは「完全な状態」、もっと適切な言い方をすれば、「在るという状態」、「ただ存在するという状態」にある。何かをその本当の姿である「在ること」という完全性よりも劣っているとみなすのは、態度という集合的な思考だけなのだ。


さて、最大の分離は、あなた方が人間という化身に入ったときに起こった。その時点までは、あなた方は自分をすべてのものから分離させ始めてはいたが、それでもまだ自分が神であること、そして自分の存在が不死であることを知っていたのである。だが、あなた方が自分を化身のレベルまで下げ、細胞物質という現実を体験し始めたとき、空腹や寒さや生存といった肉体的機能にとらわれてしまったのだ。つまりそれは、自分がなった化身を維持するための苦労のことである。こうして、あなたは細胞物質と結びついたわけだが、細胞物質は、それが創造されたときに、それ自体が生存していけるようにプログラムされていた。偉大なる不死の存在と、自らの構造を生き延びさせようとする物質的機構との結婚は、「ただ在る」というあなたの自我の状態を大きく変質させた。これが「知識の木」、すなわち「変質した自我」の誕生である。そして、あなたの変質した自我をさらに強め、自分は神であり、不死であり、すべての生命とひとつであることを「知っている状態」をさらに変質させたのは、この天界での恐れや競争や嫉妬といったさまざまな感情の体験であったが、それらの感情は魂に記録され、細胞構造の中にプログラムされていったのである。


神々が最終的に自分たちを男と女という形に変え、自分たちがほかの創造物よりも賢くなり、ほかの創造物から逃げられるようになることにすべての意識を集中したとき、神々は変質した生の状態に入ってしまった。皮肉だったのは、自分たちを餌食にする動物からは逃げられたとしても、自分たちの意識を支配し始めていた生存に関わるさまざまな態度からは逃げられなかったことだ。生存に関わる態度と死に対する恐怖が、結局は神々の体を衰えさせてしまったのである。というのも、ある存在がどんなものを恐れていようと、その存在は恐れているものそのものになっていくからだ。


残念なことに、「すべての生命と一体である」という理解は、創造物をデザインしていく過程で、「より偉大である」、「すぐれている」といった思考と競争を通してすでに失われ始めていた。


マスターよ、このことを言っておきたい。すべてのものと一体である状態は、本当にわずか一瞬、わずか一息しか離れていないのだ。自分の存在の奥深くで、もはやいかなるものとも自分を切り離したくないと望むとき、あなたはもはや切り離された存在ではなくなる。すべての思考から自分を切り離してきたのは、あなたの態度、制限された考え方、変質したアイデンティティーにほかならない。


マスターよ、自分であるものを愛しなさい。それを愛するのだ。自分が永遠の存在であり、自分は神なのだと知りなさい。ただそれを知るのだ。それを感じ、その思考を抱き容れなさい。多くの時代を通してあなたを守ってきた本能という遺産が、自分は死すべき人間ではなく、まさに不死の存在であり、自分は限られた人間ではなく、まさに限りない神なのだという「知っている状態」に出会ったとき、あなたの魂はこの限りない思考をあなたの化身の全細胞に伝え、それによって細胞は歓喜することだろう。そうなれば、あなたの体は、その中に宿る偉大なる神の無限の思考に喜んでしたがうようになる。そして、これまであなたの体は、本能的な生存のために不安や用心深さを保持してきたのだから、今や体がその細胞の中に無限の神を宿し、体中の物質が「神なる自分」のすべてと整合した状態へと統一されるときがきているのだ。


マハルシ この詩節の真の意義は、アートマンだけをとらえ、そこから道を踏み外さないことです。


問題が起こるのは、自分自身以外のものが存在するときです。「アートマンは唯一存在する一者である」ということを真に理解すれば、他者もなく恐れの原因もなくなるでしょう。


真我に心をとどめ、行為者という感覚なしに、自然に行為しなさい。そうすれば、行為の結果があなたに影響することはないだろう。


「真我の内に在る」ことが『ギーター』の教えの大要であり、精髄なのです。

(対話58)


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質問者 賢者の日々のマインドの状態とはどのようなものでしょうか? 彼はどのように見、聞き、食べ、飲み、目覚め、働き、そして休むのでしょうか? 彼の境地が私たちのものと異なるという証拠は何でしょうか? いわゆる実現したと言われる人びとの証言以外に、客観的に彼らの状態を証明する方法はありません。何か観察可能な違いが彼らの生理学的な、そして神経反応、物質代謝、または脳波、あるいは心身相関の構造のなかにあるのでしょうか?


マハラジ あなたは違いを見つけるかもしれないし、見つけないかもしれない。すべてはあなたの観察の能力にかかっている。しかしながら、客観的な違いがもっとも重要なものではない。問題は彼らの見地と彼らの態度にある。それは超然として、冷静で、完全に無執着で在ることだ。


質問者 ジニャーニの子供が死んだとき、彼は悲しみを感じるのでしょうか? 彼は苦しまないのでしょうか?


マハラジ 彼は苦しむ人たちとともに苦しむ。出来事自体が重要なのではない。だが、生きていようと死んでいようと、身体のなかにいようと外にいようと、彼は苦しむ人たちに対して慈悲に満ちている。やはり、彼の本性は愛と慈悲なのだ。彼はすべての生命とひとつであり、行為のなかでひとつであることが愛なのだ。


質問者 人びとは死をとても恐れています。


マハラジ ジニャーニに恐れるものは何もない。だが彼は恐れている人を憐れむ。つまるところ、生まれること、生きること、そして死ぬことは自然なことだ。恐れることは自然ではない。もちろん、起きていることに注意は払われる。


質問者 あなたが病気だと想像してください。医師が、あなたの病状は深刻なもので、あと二、三日しかもたないだろうと言ったとします。あなたの最初の反応は何でしょうか?


マハラジ 無反応だ。線香の火に燃えつきるときが来ることが自然なように、身体が死ぬのは自然なことだ。それはまったく重要な問題ではない。重要なことは、私は身体でもマインドでもないということだ。私は在る。


質問者 あなたの家族は絶望するでしょう。彼らに何と伝えるのでしょうか?


マハラジ よく言われることだ。恐れてはならない。人生は続いていく。神があなたたちを守るだろう。私たちはすぐにまた一緒になるだろう、といったことだ。だが、私にとってこの動揺全体は無意味なものだ。なぜなら、私は生きるとか死ぬといった想像をする実体ではないからだ。私はけっして生まれなかった。私に死ぬことはできないのだ。私には覚えることも忘れることもない。


質問者 死者への祈りはどうなるのですか?


マハラジ もちろん、死者への祈りを捧げるがいい。それはとても彼らの意にかなうだろう。彼らは嬉しく思う。ジニャーニはあなたがたの祈りを必要としていない。彼自身があなたがたの祈りへの応えなのだ。


質問者 死の後、ジニャーニはどのように旅立っていくのでしょう?


マハラジ ジニャーニはすでに死んでいる。あなたは彼にもう一度死ぬことを期待するのかね?


質問者 もちろん、身体の崩壊はジニャーニにとっても重要な出来事に違いありません。


マハラジ ジニャーニに重要な出来事というものはない。誰かが最高の目的を成就したときを除いては。そのときだけは、彼のハートも喜ぶ。それ以外のすべてに対して彼は関心がない。宇宙全体が彼の身体であり、すべての生命は彼の生命なのだ。都会でひとつの電球が切れたとき、それがネットワーク全体に影響を与えることはない。同じようにひとつの身体の死が全体に影響を与えることはないのだ。


質問者 特定の存在は、全体にとって問題ではないかもしれませんが、特定の存在にとっては問題です。全体とは抽象的なものですが、特定の存在は具体的なものであり、現実です。


マハラジ それはあなたがそう言うだけだ。私にとってはその反対だ。全体が現実で、部分は来ては去るものだ。特定の存在は誕生、再誕生し、名前と形を変えていく。ジニャーニは、その変化を可能にする不変の実在なのだ。しかし、彼はあなたに確信を与えることはできない。それはあなた自身の体験とともにやってこなければならないのだ。私にとってはすべてがひとつであり、すべてが同等だ。


質問者 罪と徳はひとつであり、同じものなのでしょうか?


マハラジ それらはみな人間のつくり出した価値だ。それらが私にどんな意味をもつというのだろう? 結果的に幸福をもたらすなら、それは徳だ。結果的に不幸をもたらすものは罪だ。どちらもマインドの状態だ。私の境地はマインドの状態ではないのだ。


質問者 私たちは見るということの意味を理解できずにいる盲人のようです。


マハラジ あなたの好きなように言うがいい。


質問者 沈黙の修練は、サーダナとして効果的なものでしょうか?


マハラジ 何であれあなたが悟りを得るためにすることは、あなたを悟りへと近づける。何であれあなたが悟りを覚えることなしにする行為は、あなたを悟りから遠ざける。だが、なぜそう事を複雑にするのかね? ただ、あなたはすべてのものごとや思考を超えているということを覚えておきなさい。あなたが成りたいもの、あなたはすでにそれなのだ。ただ、それを心にとどめておきなさい。


質問者 あなたの言うことは聞いていますが、私には信じられないのです。


マハラジ 私もまた同じ立場にいたのだ。だが、私はグルを信頼し、彼はそれが正しいことを証明した。もしできるならば、私を信頼しなさい。私の言うことを心にとどめておきなさい。何も望んではならない。なぜなら、あなたは何ひとつ欠いてはいないからだ。探すということ自体が見つけるということを妨げるのだ。


質問者 あなたは本当にすべてのことに無関心なようですね!


マハラジ 私は無関心なのではない。公平なのだ。私には、私と私のものへの選り好みがないのだ。かごいっぱいの土とかごいっぱいの宝石はどちらも不要なものだ。生と死はどちらも同じことだ。


質問者 公平さがあなたを無関心にするのです。


マハラジ その反対に、慈悲と愛が私の核だ。すべての偏愛を離れ、愛することに自由なのだ。


質問者 仏陀は、悟りの概念は非常に重要なものだと言いました。ほとんどの人たちは、悟りのために努力している人たちがいることはもちろん、そのようなものがあるということさえ知らずに生きています。ひとたび、彼らがそれについて耳にしたなら、けっして絶えることのない種子がまかれたのです。それゆえ、彼は毎年八カ月間、彼の比丘(ビク)たちに絶え間なく教えを説くように送りだしたのです。


マハラジ 「人は食物、衣服、住居、知識、愛情を与えることができるが、最上の贈り物は悟りの福音だ」と私のグルはよく言ったものだった。あなたの言うとおりだ。悟りは最上の贈り物だ。ひとたび、それを得たら、誰もそれをあなたから取り上げることはできない。


質問者 もし西洋であなたがこのように話したら、人びとはあなたを狂人だと思うでしょう。


マハラジ もちろん、彼らはそう思うだろう! 無知なる人びとにとって、彼らに理解できないことはすべて狂気なのだ。それが何だというのだろう? 彼らは彼らのままであればいい。私が私であることに何の益もなく、彼らが彼らであることに何の過ちもない。至高の実在は無数の方法でそれ自身を顕現する。果てしない数の名前と形がある。同じ海のなかにすべては立ち現れ、すべては溶けあう。すべての源はひとつだ。原因と結果を探し求めることはマインドの娯楽にすぎない。存在するもの、それは愛すべきものだ。愛は結果ではなく、存在の基盤そのものだ。どこへ行こうと、あなたは存在と意識と愛を見いだすだろう。いったいどうして、何のために選り好みをするのだろうか?


質問者 洪水や地震のような自然災害が、何千何百万人もの命を奪うことがあっても、私を悩ましはしません。しかし、ひとりの人間が人の手によって死ぬとき、私は途方もなく悲しみます。不可避のものにはそれ自体の威厳があります。しかし、殺すことは避けることができるものです。そしてそれゆえ、醜く恐ろしいものなのです。


マハラジ すべては起こるように起こるのだ。自然なものであれ、人為的なものであれ、災難は起こる。怖がる必要はないのだ。


質問者 原因なしに何かがありうるのでしょうか?


マハラジ すべての出来事のなかに宇宙全体が反映されている。究極的な原因の由来を調べることは不可能だ。因果律の概念自体はただの考え方にすぎない。原因のない存在の出現を想像することはできない。しかしながら、それが因果関係の存在を証明するわけではないのだ。


質問者 自然にはマインドがありません。それゆえ、責任はありません。しかし、人にはマインドがあります。なぜ人のマインドはそれほどまで邪悪なのでしょうか?


マハラジ 邪悪さの原因もまた遺伝や環境などの自然なものだ。あなたは性急に非難しすぎる。他者について思い煩うことはやめなさい。あなた自身のマインドを最初に扱いなさい。あなたのマインドもまた、自然の一部分であることを自覚すれば、二元性は消え去る。


質問者 私には計り知れない不思議としか言えません。マインドがどうして自然の一部分でありうるのでしょうか?


マハラジ なぜなら、自然はマインドのなかにあるからだ。マインドなしで自然がどこにあるだろうか?


質問者 もし自然がマインドのなかに在り、マインドが私自身のものならば、私は自然を制御できるはずですが、それは事実ではありません。私の制御を超えた力が、私の行動を決定するのです。


マハラジ 観照の姿勢を発達させなさい。そうすれば、あなたは無執着が制御をもたらすということを自らの体験をもって見いだすだろう。観照している状態は完全な力をもっている。そこには何も受動的なことはないのだ。


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大家屋(だいかおく)
グループソウル、類魂などと呼ばれる魂の共住システムを大家屋と言います。地上における先祖からの血のつながりよりも強固で身近な魂のつながりです。つながりと言いますか、意図や感情や経験の伝播、共有システム上の決まり事なのですね。腕の延長に袖があるように、魂のコミュニケーションの延長に大家屋があるのです。人は忘れてしまっているのですが、現状の課題はあなた個人のものではなく、大家屋の必要性を具現化したものなのです。それを一人の一生に凝縮して表現するため、大家屋のニーズを人の形にしたものがあなたという個人的(に見える)運命です。あなたがあなたであることは、大家屋の総意なのです。どんなに孤立しているように感じていても忘れないでください。スマホという端末、備蓄される電気、充電器この三者を、あなた、透明な光という神気、大家屋ととらえてください。人の本体とは、この充電器である大家屋の方であり、あなたに困難を与えるのも大家屋の願いそのものです。場合によっては迷い傷つく地上に本体をそのまま派遣するようなリスクをとることはありません。合理的に考えればこの肉体の側が本体なのか、端末にすぎないのか、わかるはずです。困難に負けることは願っていませんが、苦闘するあなたにいつも寄り添い、感謝しています。Fiora


相手は”神の大いなる光”で満ちているのだ、ということをつねに覚えていてください。そうした態度が、人の”存在”が持つ、言葉では表現できない神秘のなかから、愛の贈り物を引き出してくれます。あなたが彼らに贈り物を与え、その贈り物があなたのところに戻ってくるわけです。与えることと受け取ることは同じことです。あなた方はこの目的のためにおたがいを創造したのです。つまり、「本当の私たちは、自分たちが考えているようなものではない」ということを、おたがいに思い出させてあげるためです。B



質問者 瞑想はプラティーカム(イメージ、象徴)があれば容易なのですが、真我探究にはプラティーカムがありません。


マハルシ 深い眠りの状態を考えてごらんなさい。あなたはそのとき存在していました。そこにどんなプラティーカムがあったでしょうか? ですから、プラティーカムがなくとも真我を実現することはできるのです。

(対話482)


マハルシ 「どうすれば対象物が消え去るのか?」が次の問題です。それらに独立した実体としての存在はないのです。そのことを調べてみなさい。


修練は、想念に乱されるたびに心を真我の内に引き戻すことにあります。それは精神集中でも心の破壊でもなく、真我の内に心を引き戻すことなのです。

(対話485)



質問者 私たち二人は遠くの国からやってきました。ひとりは英国人で、もうひとりはアメリカ人です。私たちの住む世界は破滅しようとしています。私たちは若いので心配しているのです。年老いた人びとは死を迎えることを望んでいますが、若い者たちにはそのような希望もありません。私たちのうち、何人かは殺すことを拒絶するでしょうが、誰も殺されることを拒絶することはできません。私たちは生きている間に世界を正すことができるでしょうか?


マハラジ  何があなたたちに世界が破滅すると考えさせるのだろう?


質問者 破壊的兵器は信じがたいほどの可能性をもつようになりました。私たちの生産能力自体もまた、自然や文化と社会的価値を破壊するほどになったのです。


マハラジ  あなたは現在について語っている。それはつねに、どこでもそうだったのではないだろうか?しかし、悲惨な状況は地域的で、一時的なものかもしれない。ひとたびそれが過ぎれば、忘れ去られてしまうだろう。


質問者 差し迫っている破局の規模は信じがたいほど大きなものです。私たちは爆発のただなかに生きているのです。


マハラジ  人はそれぞれひとりで苦しみ、ひとりで死ぬ。数字とは無関係なのだ。死においては、ひとりの死も百万人の死も重さは同じだ。


質問者 自然は何百万人も殺しますが、それが私を恐れさせることはありません。そこには悲劇、あるいは神秘があるかもしれませんが、残酷さはないのです。私をぞっとさせるのは、人間のつくり出した苦しみ、破壊、荒廃です。その創造と破壊において自然は荘厳なものです。しかし、人の行為のなかには卑劣さと狂気があります。


マハラジ  そのとおりだ。確かにあなたの問題は苦しみと死ではなく、その根底にある卑劣さや狂気にある。卑劣さもまた、狂気のひとつの形ではないだろうか?そして狂気はマインドの誤用ではないだろうか?人類の問題はマインドの誤用のなかにのみ存在するのだ。自然と精霊の持つすべての財宝は、マインドを正しく使うことのできる人に開かれている。


質問者 正しいマインドの使い方とは何でしょうか?


マハラジ  恐れと強欲がマインドの誤用の原因だ。正しいマインドの使い方とは愛、生命、真実、そして美への奉仕にある。


質問者 言うは易く、行うは難しです。真実の愛、人間への愛、善意の愛――なんというぜいたくでしょう。世界を正すには、それらは山ほど必要です。でも誰が与えるというのでしょうか?


マハラジ  あなたは真実と愛、知性と善意をどこかほかのところに永遠に探し求め、神や人に嘆願することもできるが、すべては無駄なことだ。あなたはあなた自身のなかから、あなた自身とともにはじめなければならない。これが容赦ない法則なのだ。顔を変えることなく、イメージを変えることはできない。あなたの世界はあなた自身の反映だということを、まず悟りなさい。そして反映のあら探しをするのはやめなさい。あなた自身に注意を払い、精神的にも感情的にもあなた自身を正しなさい。身体は自動的に、それにしがたうだろう。あなたは経済的、社会的、政治的改善に関して多くを語る。改善と改善者であるマインドは放っておくがいい。愚かで、強欲で、冷酷な人にどんな世界がつくり出せるというのだろうか?


質問者 もし私たちがハートを変えるのを待たねばならないのなら、私たちは際限なく待たなければならないでしょう。あなたの助言は完全性への助言です。それはまた絶望への助言でもあるのです。すべてが完全なとき、世界も完全となる。何と役に立たない決まり文句でしょう。


マハラジ  私はそうは言っていない。私はただ、あなた自身を変えずに、世界は変えられないと言ったのだ。私はすべての人を変える前にとは言っていない。他者を変えることは不必要だし、不可能だ。だが、もしあなたがあなた自身を変えたなら、他の誰も変える必要はないとわかるだろう。画像を変えるにはただフィルムを変えるだけだ。あなたは映画館のスクリーンを攻撃したりはしない。


質問者 どうしてそんなに自分に確信がもてるのですか?あなたが話していることが正しいと、どうやって知るのですか?


マハラジ  私は私自身に確信があるのではない。私はあなたに確信があるのだ。あなたに必要なことは、内側でしか見つからないものを外側に探そうとするのをやめることだけだ。行動する前に、あなたの視点を正しなさい。あなたは深刻な誤解に苦しんでいる。あなたのマインドを澄ませ、ハートを浄め、生を神聖なものにしなさい。これがあなたの世界をもっとも速く変える道だ。


質問者 数多くの聖者や神秘家が生まれ、死んでいきました。彼らは私の世界を変えませんでした。


マハラジ  どうして彼らに変えられるだろう?あなたの世界は彼らのものではなく、彼らの世界もあなたのものではない。


質問者 かならず、すべてに共通の現象の世界があるはずです。


マハラジ  物体とエネルギーと物質の世界のことだろうか?仮に物体と力の共通世界が在るとしても、それは私たちの住む世界ではない。私たちの世界は感情と観念の、好感と反感の、価値の尺度の、動機と刺激の、概して精神的世界なのだ。生物学的には、私たちの必要はわずかばかりだ。私たちの問題は異なったレベルのものだ。欲望と恐れ、そして誤った観念から生じた問題は、マインドのレベルでしか解決できない。あなたは自分のマインドを克服しなければならない。そしてそのために、あなたはそれを超えていかなければならないのだ。


質問者 マインドを超えていくとはどういうことでしょうか?


マハラジ  あなたは身体を超えているはずだ。そうではないかね?あなたは自分の身体の消化作用、循環作用、排出作用を綿密に追っているわけではない。それらは自動的に行われている。同様に、マインドも注意を呼び起こさずとも、自動的に働くようになるべきだ。マインドが何の欠陥もなく働くようになるまで、これは起こらない。私たちはほとんどの時間、マインドと身体を意識している。それらは絶え間なく助けを呼んでいるからだ。苦痛と苦しみは身体とマインドが注意を引こうと叫んでいるのだ。身体を超えていくためには健康でなければならない。マインドを超えるにはマインドに完全な秩序をもたらさなければならない。混乱をそのままあとに残してマインドを超えていくことはできない。混乱はあなたの足をひっぱるだろう。「自分の問題は自分で片づけなさい!」は普遍の法則のようだ。そして、それは公正な法則でもある。


質問者 あなたがどうやってマインドを超えたのか、尋ねてもよいでしょうか?


マハラジ  グル(師)の恩寵によってだ。


質問者 彼の恩寵はどのような形を取ったのでしょうか?


マハラジ  彼は、何が真実なのかを私に告げたのだ。


質問者 あなたはそれについてどうしたのでしょう?


マハラジ  私は彼を信頼し、それを覚えたのだ。


質問者 それですべてですか?


マハラジ  そうだ。私は彼と彼の言ったことを覚えていたのだ。


質問者 それで充分だったというのですか?


マハラジ  これ以上何をする必要があるだろう?グルと彼の言葉を覚えていることは相当なことなのだ。あなたへの私のアドバイスはさらにやさしいものだ。ただ、あなた自身を覚えていなさい。「私は在る」はあなたのマインドを癒し、それを超えていくのに充分だ。私はあなたを迷わせたりしない。なぜそうする必要があろうか?私があなたから何を欲するというのだろう?私はあなたの幸福を願っている。それが私の本性なのだ。どうしてあなたを惑わせたりするだろうか?一般的な常識でさえ欲望を満たしたいのならそれを思いつづけなさいと言う。もしあなたが自己の本性を知りたいと望むなら、あなたの存在の秘密があばかれるまで、つねに自己をマインドに思いつづけるべきだ。


質問者 なぜ自己想起が真我の実現をもたらすのでしょうか?


マハラジ  なぜなら、それらは同じ状態の二つの側面だからだ。自己想起はマインドの領域内にある、真我の実現はマインドを超えてある。鏡のなかに映っているイメージは、実際は鏡のこちら側にある顔のものなのだ。


質問者 まったくそのとおりです。しかし、目的は何でしょうか?


マハラジ  他者を救うためには、人は救いの必要性を超えていなければならない。


質問者 私が望むのは幸福だけです。


マハラジ  幸せになるために、幸せで在りなさい。


質問者 他者のことは彼ら自身にまかせておきましょう。


マハラジ  あなたは孤立していないのだ。あなたが分かち合うことができない幸福は偽物だ。分かち合うことができることだけが、真に望むべきことなのだ。


質問者 おっしゃるとおりです。しかし、私にはグルが必要でしょうか?あなたの言われることはシンプルで納得のいくものです。私はそれを覚えているでしょう。でも、これがあなたを私のグルにするわけではありません。


マハラジ  重大なのは個人を礼拝することではなく、あなたのすべきことへの帰依の深さと確固たる姿勢なのだ。生そのものが至高のグルだ。その教えに注意を注ぎ、その命令に従順でありなさい。その源を人格化するなら、あなたは外側にグルをもつ。あなたがそれを生から直接得るならば、グルは内側にある。内面の外面であるあなたのグルの言葉を覚えていなさい。自問し、熟考し、それとともに生きなさい。それを愛しなさい。それに合うように成長し、それとともに成長しなさい。それを自分のものにしなさい。それをすべて果たすならば、あなたはすべてを得るだろう。私はそうしてきた。グルと、彼が私に言ったことに、すべての時を捧げたのだ。


質問者 私の職業は作家です。何か私に特別な助言をいただけますか?


マハラジ  執筆は才能と技術の両方だ。才能を成長させ、技術を発展させなさい。望む価値あることを、正しく望みなさい。人びとの間を行くとき、群衆のなかでも自分の道を見いだすように、自分の方向を失わずに多くの出来事からあなたの道を見いだすのだ。もしあなたが真剣ならば、やさしいことだ。


質問者 何度となくあなたは真剣であることの必要性を話されました。しかし、私たちは単一の意志をもつ者ではありません。私たちは欲望と必要、本能と衝動の集積です。それらは互いに混ざり合い、ときにはあるものが、あるときは別のものが支配し、しかも長続きしません。


マハラジ  必要というものはない。欲望だけだ。


質問者 食べ、飲み、自分の身体を保護すること、生きることは?


マハラジ  生きようと望むことは基本的な欲望だ。他のすべてはそれに依存している。


質問者 私たちは生きています。なぜならば、そうしなければならないからです。


マハラジ  私たちは生きている。なぜなら感覚的存在を切望しているからだ。


質問者 普遍的なことがらは、間違いのはずがありません。


マハラジ  もちろん間違いではない。その時と場所においては間違ったことなど何もない。しかし真実に関心を持ち、実在に関心を持つならば、あなたはすべてを、あなたの人生そのものを疑わなければならない。感覚的必要性、知的体験を主張することによって、あなたは真理の探究を安楽の追求へと狭めてしまうのだ。


質問者 私は安楽ではなく、幸福を探しているのです。


マハラジ  マインドと身体の安楽を超えて、あなたはどんな幸福を知っているというのだろう。


質問者 何かほかにあるでしょうか?


マハラジ  自分で見いだしなさい。あらゆる衝動を疑いなさい。どんな欲望も正当化してはならない。身体的、精神的所有物を解き放ち、私利私欲を離れ、発見に対してオープンでありなさい。


質問者 ただ聖者や賢者のそばで生活することだけで解放へ導き、ほかに何の手段も必要ないというのが、インドの霊的な伝統の一部です。なぜあなたは、人びとがあなたのそばで生活できるようにアーシュラムを組織しないのでしょうか?


マハラジ  ある組織を設立したとたん、私はその囚人となる。実際問題として、私はすべての人に開かれている。共有の屋根や食事が人びとをより歓迎するわけではない。「近くに生きること」とは、同じ空気を呼吸するという意味ではない。それは信頼し、したがい、師の善意を無駄にしないことだ。グルをつねにあなたのハートのなかに保ち、彼の教えを覚えていることが、本当に真実とともに生きることだ。身体的距離の近さが重要なのではない。あなたの全人生を、師への信頼と愛の表現にするがいい。これが真にグルとともに生きることだ。



トランプ大統領当選から一年を振り返る


実現できた公約


★最高裁判事に保守派を指名
出だしからトラブル続きのトランプ政権にとって、最初の明確な勝利の1つが連邦最高裁判事の人事だ。共和党が多数派を占める上院はオバマ政権が指名した穏健派判事の承認を先延ばしにしていた。銃の所持を認める「合衆国憲法修正第2条を尊重する」判事の登用を公言していたトランプは、その空席に保守派のニール・ゴーサッチを指名。4月に上院で承認された。


★パリ協定からの離脱
かねてから地球温暖化は作り話だと訴えてきたトランプは、気候変動対策の新たな国際的枠組みであるパリ協定についても、アメリカ経済の成長を阻む規制だとの批判を展開。今年6月に正式に離脱を表明した。脱退が実現すれば、パリ協定に参加していないのは世界第2位の温室効果ガス排出国アメリカだけになる。


★環境規制を緩和する
カナダからテキサス州のメキシコ湾岸に原油を運ぶ「キーストーンXLパイプライン計画」を、オバマ政権は環境への影響などを理由に却下していた。しかし、この方針の撤回を公約に掲げていたトランプは就任早々に計画を推進する大統領令に署名。環境への悪影響はなく、多くの国内雇用を生み出す施策だと主張するが、米環境保護局(EPA)は異議を唱えている。


★不法移民を強制送還
不法移民はアメリカから「出ていけ」と繰り返していたトランプ。強制送還の対象者は全ての不法移民1100万人以上から犯罪歴のある約80万人に絞られたものの、当局に身柄を拘束され国外追放されるケースは増加している。特に注目されるのは、15歳以下で入国した不法移民の強制送還を免除するオバマ時代の救済措置の行方。トランプはこの措置の撤回を発表したが、議会では協議が続いている。


★自由貿易と距離を置く
トランプは自由貿易推進の要であるTPP(環太平洋経済連携協定)やNAFTA(北米自由貿易協定)を否定し、保護主義を通じた貿易赤字の解消とアメリカ人の雇用拡大を公約に掲げた。就任からわずか数日後には、TPPを離脱する大統領令に署名して関係各国を驚かせた。NAFTAについても再交渉が続いており、11月半ばから第5回会合が行われる予定だ。


実現できなかった公約


★オバマケアを撤廃する
トランプはバラク・オバマ前大統領が遺したオバマケア(医療保険制度改革法)を「大災害」と酷評し、今年1月の大統領就任初日に見直しに向けた大統領令に署名した。だが本当の関門はその後。議会共和党の代替法案作成が難航するなか、トランプは「これほど複雑な問題だとは誰にも分からなかった」と語った。結局、共和党内から造反者が出て代替法案は上院で否決され、今後の道筋は見えないままだ。


★メキシコ国境に壁を建設
不法移民対策としてメキシコとの国境に壁を建設し、その費用をメキシコに負担させるという勇ましい公約は支持者を熱狂させた。だが就任直後に壁の建設を命じる大統領令に署名した後も、事態は動かず。民主党との予算折衝は行き詰まり、4月には国土安全保障省のジョン・ケリー長官(当時)も「大陸を横断する形で壁、あるいは物理的な障壁を建設する可能性は低い」と認めた。


★クリントンを訴追する
選挙期間中、トランプの支持者たちは対立候補ヒラリー・クリントンの私用メール疑惑をやり玉に挙げ、「彼女を収監しろ!」とシュプレヒコールを上げた。トランプも昨年10月のテレビ討論会で「私が勝利したら、あなたの状況を調べる特別検察官を指名するよう司法長官に指示する」と発言。だが選挙後は「アメリカはクリントンに『恩義』がある」とトーンダウンし、訴追の話は立ち消えに。


★イスラム教徒の入国禁止
トランプは就任早々、イスラム圏7カ国の出身者のアメリカ入国を一時停止する大統領令に署名した。だが全米各地で抗議デモが相次いだ上、複数の連邦裁判所に執行停止を命じられて計画は頓挫。ただし、その後署名した新たな大統領令の一部は執行が認められ、イスラム圏6カ国からの移民は米国内に住む人物・団体との「真正の関係」を証明することを求められるように。


★あらゆる人に減税を
トランプは個人の所得税率と連邦法人税率をそろって引き下げる大型減税を掲げ、「あらゆる人々、特に中間層が減税の恩恵を受けられるだろう」と豪語していた。実際、9月には約30年ぶりとなる抜本的な税制改革案を発表したが、恩恵を享受できるのはごく一部の富裕層に限られるとみられ、批判の声が上がっている。


★無駄遣いと休暇を減らす
選挙期間中のトランプはオバマがゴルフばかりしていると批判し、「自分が当選したらホワイトハウスをめったに留守にしない」と語っていた。だが就任以降、彼がゴルフ場で過ごした日数は既に70日以上。家族による「無駄遣い」も目に付く。妻メラニアと息子バロンは6月までニューヨークで暮らしており、ワシントンとの往復の旅費や警備費に巨費が投じられた。ニューズウィーク日本版編集部


対して私が当初思っていたのは
これで米国は隙だらけ、米国人はやはり何考えているかわからないな…すごい
いま思っているのは
思ってたより気骨のある人だった、米国人はやはり先見の明があるな…すごい

キム・ユジョンおもしろい。7年前ハン・ヒョジュに手を握られてたあのトンイの子役がこんなにすごい役者に成長するなんて信じられない。才能に満ちているだけでなく、演技がとても瑞々しい。





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