
人が会話をして、表面的には通じているように見えたとしても、実際に意図は通じていないことは多いです。
それは意識が向いている方向がそれぞれ違うからだと思います。
特にいまは大混乱の時ですからそれが顕著なのかも。
自分がどこに向かいたいのか、はっきり自分自身に聞いてみるしかありません。
n180011

省いて省いて洗練の極みからの高い精神性、茶の湯、能 にも通ずる
「花を活ける、活かす」ことに対する哲学
川瀬敏郎の花は、歴史的に見ても本当に素晴らしいと思う。「現代の中では良い」などと言うレベルではない。古の人の花を見たわけではないが、そう感じるし、本当に感動する。花と川瀬氏との一期一会の対話であり、花を通して日本と交わっていると言える。しかし、それは近代的自我の主張などと言う卑しいものではない。「花がそこにある」と言う素晴らしさを寿いでいる。
川瀬敏郎の生け花は、その様式を超え、芸術的、思想的、そして哲学的でさえある。彼も触れていたと思うが、まるで句を詠むかのように花を入れるのである。時には前衛的ともとれる手法で、それは行われている。巻いた段ボールの中心に一輪だけ挿したり、つぼみから枯れていく過程を追った連続写真のような作品もある。保守的と想像される華道界のなかで、そういった作品にどのような目が向けられているのかは知らないが、伝統を全て継承したうえで噛み砕き、昇華するかように表現されているので、妙な奇抜さは感じられない。新しいのに、古い。野心的に見えて、とても自然、そして穏やかなのだ。
器は使われなくては活かされない。そこで川瀬さんの本に出会って器のパートナーの花の美しさ、器と花のとり合わせの妙味に開眼した。
意外なことに、「投げ入れ」の最も基本と なる、切って活けるということに彼は疑問を 持ち始めている。その行為をつづけている 限り、彼の”影”を消せないからだという。 彼の”影”が付された花は「私の花」だが、 彼は遂に鋏を入れることのない「無私の花」 を求め始めた。
活花とは、結局、花を介して自分を主張す ることに等しい。言わば、花は活ける人自身 になっている。そのことからすれば、自分の 影を消すなどという願いは到底叶えられそう にないが、彼が疎ましく思っているのは、お そらく、ひとりでに漂いはじめる作意の幻影 のようなものだ。それは消そうとしても決して 消えることはないだろう。しかし、その幻影 が見る者に感じられるからこそ、川瀬敏郎の 花だとも言える。 彼の花は凛としているが決して出しゃばっ てはいない。むしろ大人しすぎるくらいであ る。その彼をしてそう言わしめている
花と器の相性や花と花と組み合わせの絶妙さ、難しさを強く意識するようになった。 (例えば、芒(すすき)は、比較的いろいろな器が思い浮かぶが、野菊となると、何がいいのかわからなくなる。) この花と器、花と花が生み出す「色の構図」「形の構図」の美学は、絵画・デザイン・写真などすべてに通じる。

ドラッカーは著書「マネジメント」で、“感動”を生み出す仕事を求めている。オーストリアに生まれ、ファシズムを嫌ってアメリカへと渡ってきたドラッカーは、人間を抑圧する思想に未来はないと考えていた。そのため、人間がいきいきと働き、社会に貢献できる組織とはなにか、思索を重ねて「マネジメント」を書き上げた。第1回では、ドラッカーの人生を振り返りながら、その思想の根本に迫る。
1000年に一度と言われる未曾有の大震災と原発事故に見舞われた日本。企業はどうあるべきなのか、未来に向け何を準備すれば良いのか、そのあり方が厳しく問われている。第2回で取り上げるのは「マネジメント」の第1章4節の「事業の目標」。その中でドラッカーはこう語っている。「社会や経済は、いかなる企業をも一夜にして消滅させる力を持つ」。ドラッカーが放った言葉の真意について探る。
第3回は、第5章の「マネジャー」。ドラッカーは、マネージャーの仕事にありがちな問題を指摘した上で、それはマネジャーが自らの責任で解決しなければならないと論じている。マネージャーの役割とは何なのか。そして成果を上げるには、どんな能力が必要なのか。指南役の上田惇生さんが、第5章を読みとくにあたってすすめるのは、「経営者の条件」という著作。その中に書かれている5箇条も取り上げながら、神髄に迫る。
2005年11月、ピーター・ドラッカーは95歳で亡くなった。そんなドラッカーが亡くなる4年前に出版した、マネジメントエッセンシャル版には、日本の読者に向けこんなメッセージが記されている。「自らの前にある機会と挑戦は何か、自らの拠り所、指針とすべき基本と原則は何かを考えていただきたい」。ドラッカーが私たちに投げかけたメッセージとはいったい何なのか。「もしも高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」を書いた岩崎夏海さんを招き、指南役の上田惇生さんと語り合うなかで、日本への提言を読み解いていく。
利益は、個々の企業にとっても、社会にとっても必要である。 しかしそれは、企業や企業活動にとって、目的ではなく条件である。
組織においてコミュニケーションは単なる手段ではない。 それは組織のあり方である。
人は弱い。悲しいほどに弱い。問題を起こす。 手続きや雑事を必要とする。 人とは、費用であり、脅威である。 しかし人は、これらのことゆえに雇われるのではない。 人が雇われるのは、強みのゆえであり能力のゆえである。 組織の目的は、人の強みを生産に結びつけ、 人の弱みを中和することにある。
何が正しいかよりも、誰が正しいかに関心を持つ者を マネジャーに任命してはならない。
イノベーションとは、人的資源や物的資源に対し、 より大きな富をもたらす新しい能力をもたらすことである。
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