
恐怖がヒタヒタと近づいている気がしているのはみんな一緒ですよね。
ヨブ記を無視しないでください。
ヨブ記を無視すると…黒くなりますよ。
という言葉を思い出しています。
ところで昨日の空・雨・傘とかは私の頭の体操で
アマゾンに適当なキーワードを打ち込み、レビューをざっと見て
自分にない角度を探そうとしているんです。
読まれている方には何のメッセージもないので、混乱されてたら申し訳ないです。n230037
【コメント返信】
青空さん
お気持ちはありがたいです。ありがとうございます。
先日の私の態度において
「質問に純粋に答える」という部分に不足があったとお感じなのですね。
そうですね、私はあなたが名前欄に「青空」と書いて「嫌悪」と書いてくださっていたら全然違う対応をしていた可能性はあります。
とはいえ、基本的にはあなたのご質問に「徹底的に」答えようとはしていたんです。
徹底的にやりあいますか? とご質問したのを覚えていらっしゃるはずです。
あなたにとっては
問題の核は
青空さん視点「nobodyは良心的なのか否かを早急に確認する」
私にとっては
nobody視点「怒りに飲み込まれていることにご自身で気づいていただく」
というスタンスの違いが最初の一回目のやりとりからありました。
でも、この話は前に進まないのでもうやめませんか。
もっと重要な話、私は青空さんに
『霊的防御』は必要だと思います。
守護霊様、指導霊様、守護神様、支配霊様、補助霊様、氏神様、産土神様、
霊団の全メンバー、
に依頼して、まず「愛と叡智に満ちた霊以外近づけないようにすること」
その基準に満たない霊や邪気のすべてを排出するようお願いされたほうがよいのではないでしょうか。イメージングももちろん徹底的に行います。
その掃除が終わるまで、瞑想はやめておかれることをお勧めします。
そしてお願い事の最後には必ず、労力への感謝と、
「(最終結果は)主の御心のままに」をお願いします。フィオラはそれがないやり方を認めないのはお話した通りです。
何もなければこんなことはいいません。
念のため、新型コロナの邪気も蔓延するいまだからこそ、ご家族のためにやっておいたほうがいい気がするんです。
それからフィオラの言動に関するご質問ですね。
青空さんに関して、本線のことと、霊団のこと以外を言っていたかどうか。
これ(画面最下部)気づいていました? おそらく気づいていらっしゃらないですよね。
もしもこの意味を青空さんから聞いて来られるようなことがあれば、
お話しようと思っていたことはありました。
でもフィオラの話してよいという許可は今年に入ってからも出てないです。
私はあなたの霊団が、ご家族に害の及ぶことを放置するわけがないと思います。
ですから、いまは掃除をしていただきたい気がしています。n
【コメント返信】
skさん
色即是空おっしゃるとおりです。
フィオラが6年前の時点で、あなたの出自を気にかけていたのだとしたら、
全円の在り方というのは細かいカルチャーショックを乗り越えるためにも
出会う他人の奥に「神」を見通して信頼して取り組んでほしいというような意味合いだったのかもしれません。
漫才で言うとナイツが理想とする
ボケ・ツッコミ・観客 の三角形を成立させることです。
かまいたちが昨年のM-1で取り組んだのもそれでした。
ツッコミの濱家が観客を巻き込んでいきました。
ミルクボーイという彗星に敗れたものの明らかに進化していたのは、
一昨年の彼らに「観客」がなかったからです。
いまskさんが自分・他人に「神」という3点目まで得たらどうなるでしょうか?
かえってわかりにくかったらすみません。
フィオラはあなたについてこう言ってました。
『人との約束、人からの期待、表面的な時の流れを認識することはできていますが、
その流れの中において自らをどこに位置づければいいかわからない。
そのひとつひとつに重要性を感じられない。どこか他人事に感じる。
言わば、あなたは海中にいて、海面のほうを見上げています。
海面には表層の海流があり、浮遊物があり、あなたへの期待が「流れて」います。
それらの流れはわかる。浮遊物もわかる。人との時間の約束事もわかる。
与えられている役割と期待もわかる。
でも重要性とリンクしない。心の底の価値観にかすりもしない。
いったい「私はどこに座ればいいのか、どこに座れば誰の邪魔にもならないのか」わからない。 なんのために「ここにいるのか」よくわからない。
だれのために「ここにいつづけているのか」わからない。
ピアノを暗譜している者が、「いま奏でられている曲そのもの」になっている途中で、
「わたしはなぜこれをひけているのかわからない」と感じるようになり、
数瞬後、自然に曲が止まります。
あなたはいま曲が止まりかけているのではないでしょうか』Fiora
だそうです。
私の印象ですが、skさんは非常にお気遣いをしてくださる方です。
でももしも疲れてしまって、ご自身で奏でたいと思うような曲が見つからなくなってしまったのなら、
海面や表層の流れから、ご自身の「情熱の源」がどこにあるか少しだけ視線を変えていただきたいような気もします。
他人の期待には本質的な価値はありません。
本質はいつも、自分がどうしたいかですからね。
バーソロミューがよく言っていたことに
「責任」という概念(霊的にはパワー因子と翻訳されていました)がありました。
人生における「責任」というのは、
気に食わなかったら、作り直す責任は、100%自分にのみあると理解している。
ということです。
これ簡単そうでいて、意外とむずかしくて、重大なポイントだと私は思います。
今日のこれも雑談ですからね。
フィオラが言っていることが的外れだったかどうかだけ今度教えていただければと思います。
n
オーロラ舞うアラスカの森に自力で建てた家に家族で住み、時にはエスキモーのクジラ漁にも参加。 豪快なアラスカ暮らしを御堪能あれ! ● 「クジラとイヌピアックエスキモーの伝統」より エスキモーのウミアック作りを手伝ったその年の春、バローのクジラ猟のベースキャンプに行くことになった。 「60秒で用意しな!」クジラを仕留めたとの一報が入るや否や、滞在先の家のユニスおばちゃんが叫ぶ。 早くしろと叫ぶおばちゃんにせかされスノーマシーンの後ろにまたがった。 仕留められたクジラはすでに氷の際まで運ばれてきていたが、それから人力で体重数十トンもの北極クジラを引き上げるのだ。 氷上には30人ほどの人たちが集まってきており、やがて100人くらいの人に膨れ上がった。 氷上に上げられたクジラはまるでビルが横たわっているかのような大きさだ。 それから丸一日、北極海の氷の上でクジラの解体を僕も手伝うことになった。 気が付けば着ている物は上から下までクジラの血と油でべとべと。
スイッチを入れれば灯りがともり、蛇口をひねれば水が出るといった基本的なことから自分で 構築しなければならない絶望感にも似た辛さなど、過酷な状況が紹介されていますが、 ふと思うと筆者はその辛ささえも楽しんでいるような気がします。 アラスカの大自然やそこで暮らす人々や動物とのかかわりも楽しく読めましたし、うらやましくも 感じられました。
読み進める中で最初に感じたのは、写真が印象的という事でした。 特に、印象的な写真だけではなく、文章の内容を分かりやすくシンプルに説明してくれる写真も多い事も気に入ったポイントの1つです。
自然の美しさ、豊かさが、なかなか普通では味わえないような場所なんだと改めて実感できました。 その変わり、自然の厳しさも、通常の生活では考えられないような環境なんだとも思いました。

本書を読む前の基礎知識として、 マイクロバイオータ=細菌叢 マイクロバイオーム=細菌のゲノム情報の総称 腸内フローラ=腸内細菌叢 を知っておくと良いと思います。 私が本書に興味を持ったきっかけは、NHKスペシャル「人体」です。 難病や重度アレルギー患者に17種類のクロストリジウム菌を投与したところ好転 & 食物繊維がクロストリジウム菌の餌であり、Tレグ細胞(免疫細胞)の増殖に寄与する物質を産生することが判明 という内容でした。 そこでクロストリジウム菌という菌を知り、てっきりこれが善玉菌の一種なのだと勘違いしましたが、本書にはクロストリジウム・ディフィシルという命を奪う菌の存在が書かれています。 疑問に思い調べた結果、クロストリジウム菌だけで約100種類もの菌があり、働きも異なるとのことでした。 100兆もの細菌が人体には住んでおり、その叢の組成をめぐり日々、菌同士がせめぎ合っていること、抗生物質が有用な常在菌まで駆逐してしまう危険性を孕んでいること、多くのことを学べる本でした。 とくにこれから出産を控えた方に読んでほしい一冊です。 本書はこれまでの生物学や抗生物質の誕生から現在、二十一世紀病などを様々な科学者・研究者のデータをもとに変遷を追いながら体系的にまとめた一冊で、よくぞここまで幅広くまとめたな、と感心させられてしまいます。 有益な本です。
出産を控える人々は必読。 義務教育の必読書に指定すべき一冊。 自分のカラダの中に百兆もの生き物が棲んでいて それらが、私たちの誕生から成長、体格、性格、病気にまで 大きく影響し、見方によってはすべてを支配し それはまさしく「共生」の世界。 抗生物質はもちろん、除菌だってとんでもない。 カラダを石鹸で洗うから体臭が発生する。 さらには、健康な人の腸内微生物のコロニーを 他人に移植することで病気を治すことができる。 性格改善も可能かも知れない。 もうビックリ、驚き、自分のカラダの中の生態系
体内の100兆個もいる微生物のことを、これまであまり知ろうとしていなかったことが後悔されます。もっと細菌を労ろうという思いになりました。それから、もう少し食物繊維の摂取にも気を配ろうと。

この40年間でくりかえし「銀河鉄道の夜」を翻訳してきたパルバースさんは、賢治の愛した美しい高原で物語の世界へ想像をふくらませる。 「銀河鉄道の夜」を賢治が書いた動機は、最愛の妹トシを失った悲しみからだったとパルバースさんはいう。生と死をテーマに描いた「銀河鉄道の夜」の奥深い世界に迫る。
大震災を経験した今、私たちはいかにその悲しみを乗り越え、希望を見出していったらいいのだろうか。 悲しみから前を向くためにヒントとなるシーンが「銀河鉄道の夜」にある。 どんな状況にあっても、けっして私たちは無力ではないというメッセージを、死の前まで「銀河鉄道の夜」を書き続けた賢治の生き方に見出す。
閉塞感が覆い始めている日本。そうした時にこそ、私たちはこの世界で決してばらばらではなく、すべてがつながっていると考えるのは有効ではないか、とパルバースさんは語る。森羅万象のつながりをみつめつづけた賢治。その思想は「銀河鉄道の夜」にも貫徹している。 「鳥を捕る人」や「さそりの逸話」など「銀河鉄道の夜」の不可思議な世界を読み解きながら、その奥にある「つながり」の思想を探っていく。
現代の日本に賢治が生きていたら幸いへの道筋を、どう語るだろうか。賢治の世界をみつめ続けてきた鎌田東二さんは言う。「歌え、踊れ、そして笑え」。農民に文化や芸術を教えた賢治は、体の底からあふれてくる感情こそ大切だと考えていた。一方、パルバースさんは、「銀河鉄道の夜」に描かれたどこまでも行けるジョバンニの切符は、すべての人の心の中にあるという。賢治が教えてくれるもっとも大切な精神は「自由」であると。 二人の対談を通して、「ほんとうの幸い」のありかを探る。
男性・40代
カムパネルラの死と、モデルになっているという賢治の妹の死との関係が、いまひとつ分かりませんでした。「永訣の朝」では、妹の死が何が原因であったかは語られていませんが誰かを救うために妹のトシが亡くなり、それをカムパネルラの死で表現した、ということなのでしょうか。
匿名 さま
妹のトシは、病死しましたので、カムパネルラの死に方とは違います。従って、二人の死を比較することは無理でしょう。しかし、妹の死は、明らかに賢治が『銀河鉄道の夜』を書いたきっかけとなったと思われます。そこで、この小説と「永訣の朝」の詩がつながっています。二つの作品のテーマが一致しているわけです。すなわち、悲しみを乗り越えることやこの世からあの世へ行こうとすることなどです。両方の作品は、「旅」を描いています。
男性・60代
「銀河鉄道の夜」は、若い頃に読み切れずに投げ出してしまった、私にとって因縁の名著でした。番組を拝見しても、宮沢賢治の世界は凡才にはやはりハードルが高いように思われます。登場人物を少年にするなど童話の形をとってはいますが、大人にも容易には理解できない現実を超越した作品のように思われます。
(男性・70代)
童話の本として世に出ていますが、童話のレベルをはるかに超えて存在する本だと思っています。
匿名 さま
わたしは43年にわたって宮沢賢治の作品を読み続けていますが、彼は童話作家だと一度も思ったことがありません。確かに不思議な動物や一見非現実的な存在(山男など)が登場しますが、これらの「人物」は賢治にとっては、あくまでもリアリスティックであって、決して幻想的なものではありません。賢治の作品は、年齢性別問わず読まれていますね。
ポコニャンさん(女性・30代)
銀河鉄道の夜には、キリスト教的な背景が感じられるエピソードがいくつも でてきますが、なぜ宮澤賢治はそのような設定にしたのでしょうか? 他にも、作品自体がキリスト教の宗教観がずいぶん入っているからかなんだか共感できません。
ポコニャン さま
『銀河鉄道の夜』にはキリスト教の精神が確かに感じられます。キリスト教と仏教における犠牲の心や限りない献身は、賢治のとても大事なメッセージだったからです。賢治は、キリスト教に深い関心を持っていました。盛岡高等農林学校1年生の賢治は、あるアメリカ人宣教師から聖書の教えを習いました。その宣教師の名は、ヘンリー・トッピング(1857−1942)でした。(なぜか、日本のサイトなどには、「タッピング」となっています。) 賢治は、このトッピング師を「タピング」と改名し、彼や奥さんや息子のウイラード(1899−1959)を描く文語詩「岩手公園」を書きました。 蛇足ですが、わたしは最近、トッピング夫妻に興味を持つようになり、ちょっと調べています。彼らは1895年に初めて日本の土を踏み、盛岡へ行って、盛岡バプティスト教会で聖書を教えたり、日曜学校を開いたり、当時日本にあまりなかった幼稚園を開園しました。主人のHenryも奥さんのGenevieve(1863−1953)も日本語を自由自在に使いこなせるようになりましたが、ヘンリーは、盛岡の市民が「なかなかキリスト教に改宗せず」、だいぶ悩んだようです。晩年、二人とも自己信念の貫く平和主義者となり、戦時中日本に残った数少ないアメリカ人でした。東京の築地にも神戸にも住みました。一人の娘メーリは、1893年に一歳でなくなりましたが、日本育ちの娘ヘレンと息子のウイラードは、両親の仕事のあとを継いで、宣教師となりました。ウイラードのほうですが、戦時中、アメリカに戻り、米海軍日本語/東洋言語学校で日本語を教えました。 話は賢治に戻りますが、賢治にとっては、トッピング師との出会いはきっと大切だったと思いますが、長生きしたトッピング夫妻は一度も賢治のことにはふれませんでした。改宗なんかはまっぴらごめんだった賢治は、一生日本人の魂を釣り出すトッピング師には、賢治のような日本人は雑魚だったに違いありません。
「一、午后(ごご)の授業」より
「ではみなさんは、そういうふうに川だと云(い)われたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊(つる)した大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指(さ)しながら、みんなに問(とい)をかけました。 カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。 ところが先生は早くもそれを見附(みつ)けたのでした。 「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」 ジョバンニは勢(いきおい)よく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。
「四、ケンタウル祭の夜」より
ジョバンニは、せわしくいろいろのことを考えながら、さまざまの灯(あかり)や木の枝(えだ)で、すっかりきれいに飾(かざ)られた街を通って行きました。時計屋の店には明るくネオン燈がついて、一秒ごとに石でこさえたふくろうの赤い眼(め)が、くるっくるっとうごいたり、いろいろな宝石が海のような色をした厚い硝子(ガラス)の盤(ばん)に載(の)って星のようにゆっくり循(めぐ)ったり、また向う側から、銅の人馬がゆっくりこっちへまわって来たりするのでした。そのまん中に円い黒い星座早見が青いアスパラガスの葉で飾ってありました。 ジョバンニはわれを忘れて、その星座の図に見入りました。 それはひる学校で見たあの図よりはずうっと小さかったのですがその日と時間に合せて盤をまわすと、そのとき出ているそらがそのまま楕円形(だえんけい)のなかにめぐってあらわれるようになって居(お)りやはりそのまん中には上から下へかけて銀河がぼうとけむったような帯になってその下の方ではかすかに爆発(ばくはつ)して湯気でもあげているように見えるのでした。またそのうしろには三本の脚(あし)のついた小さな望遠鏡が黄いろに光って立っていましたしいちばんうしろの壁(かべ)には空じゅうの星座をふしぎな獣(けもの)や蛇(へび)や魚や瓶(びん)の形に書いた大きな図がかかっていました。ほんとうにこんなような蝎(さそり)だの勇士だのそらにぎっしり居るだろうか、ああぼくはその中をどこまでも歩いて見たいと思ってたりしてしばらくぼんやり立って居ました。
「六、銀河ステーション」より
するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云(い)う声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊(ほたるいか)の火を一ぺんに化石させて、そら中に沈(しず)めたという工合(ぐあい)、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫(と)れないふりをして、かくして置いた金剛石(こんごうせき)を、誰(たれ)かがいきなりひっくりかえして、ばら撒(ま)いたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦(こす)ってしまいました。 気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座(すわ)っていたのです。車室の中は、青い天蚕絨(びろうど)を張った腰掛(こしか)けが、まるでがら明きで、向うの鼠(ねずみ)いろのワニスを塗った壁(かべ)には、真鍮(しんちゅう)の大きなぼたんが二つ光っているのでした。 すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩(かた)のあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。 それはカムパネルラだったのです。
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Fiora & nobody