ある程度、因果関係というのは「やる前から予想がつく」ものが多いです。
やっぱりダメだったか…
というとき、事前に予想がついていたから「やっぱり」と口に出てしまいます。
高名な鉄舟先生の「嘘をつかない」という第一の方針は、人生の中央通りに等しい大きな法則です。
あるものをあるとし、ないものをないとする。
そう見えるものをそう見えるとし、そう見えないものをそう見えないとする。
これが中央通りです。
犯罪者の経歴を集めてみればわかってくるのは、最初は小さな嘘からどんな大きな犯罪も始まるということです。
逆に言うと、最初の「小さな嘘」さえ「本人が」見逃さなければ、本人は道を踏み外すことはないということなんです。
他人の嘘を見抜けるかどうかは脇に置きます。
何より見抜くべきなのは、自分のつく嘘です。その動機です。n150046

鉄舟「修身二十則」
(鉄舟が満13歳の時に自身に課した人生訓)
一 嘘を言うべからず候
二 君の御恩は忘るべからず候
三 父母の御恩は忘るべからず候
四 師の御恩は忘るべからず候
五 人の御恩は忘るべからず候
六 神仏ならびに長者を粗末にすべからず候
七 幼者をあなどるべからず候
八 己れに心よからざることは、 他人に求むべからず候
九 腹を立つるは、 道にあらず候
十 何事も不幸を喜ぶべからず候
十一 力の及ぶ限りは、 善き方につくすべく候
十二 他をかえりみずして、 自分のよきことばかりすべからず候
十三 食するたびに、 稼穡(※)の艱難を思うべし、 すべて草木土石にても、 粗末にすべからず候
※かしょく・・・種まきと収穫、農業
十四 ことさらに着物を飾り、 あるいはうわべをつくろう者は、 心に濁りあるものと心得べく候
十五 礼儀を乱るべからず候
十六 何時何人に接するも、 客人に接するように心得うべく候
十七 己の知らざることは、 何人にても習うべく候
十八 名利のために、 学問技芸すべからず候
十九 人にはすべて能不能あり、 いちがいに人をすて、 あるいは笑うべからず候
二十 己れの善行を誇り顔に人に知らしむべからず、 すべて我が心に恥ざるに務むべく候
もののふ(武士)というものは、 出所進退を明らかにし、 確乎として自己の意志を決した以上は、 至誠もって一貫するのが、 真の武士でまた武士道でもある。
晴れてよし 曇りてもよし 富士の山 もとの姿は 変わらざりけり
人は至誠をもって四恩の鴻徳を奉答し、 誠をもって私を殺して万機に接すれば、 天下敵なきものにして、 これがすなわち武士道である。
一国を治めるものは、 まず手近く自身からしなければならない。 親子兄弟一族の治めがついて、 さしつかえがないというに至ったならば、 この秘法はたちまちに万機に応じることができる。
剣法を学ぶ所以は、 ひとえに心胆練磨。 もって、天地と同根一体の理を果たして、 釈然たる境に、 到達せんとするにあるのみ。
およそ大凡人たるものは、 誠忠が肝要である。 ゆえに時変に接しては 死を見ること帰するがごとき 確固たる心胆を動かさぬように 鍛練が第一である。
道は千載不滅だよ。 いかなる大敵でも、 道には勝てぬ。
人である以上は、 なにびとに限らず 人の本分を尽くさねばならない。 人間である以上は、 他の動物と異なる 人間らしい道を歩まねばならない。
心身ともに忘れ、 自ずから天地万物、 一筆に帰するの妙。
無刀とは、 心の外に、 刀が無いこと。 敵と相対するとき、 刀に拠ることなく、 心を以って心を打つ、 これを無刀という。
自然は教師なり、 自然を眺めて学び、 自然に即して考える。
人のこの世の中に処するには、 必ず大道を履行しなければならない。
宇宙と自分は、 そもそも一体であり、 当然の帰結として、 人々は平等である。 天地同根、 万物一体の道理を悟ることで、 生死の問題を越え、 与えられた責務を果し、 正しい方法に従って、 衆生済度の為に尽くす。
諸行無常のならいにて、 因果は車の輪のごとく、 密接不離のものである。
人には必ず信心という大磐、 すなわち宗教心が第一である。
(明治維新のときに、当時の日本にこういう人物がゴロゴロしていたのかと想像すると圧倒されますn)

北朝鮮への帰国事業から考える
彼岸には「楽園がある」という大嘘が蔓延し、「着の身着のまま」で帰っておいでと吹き込まれました。到着した帰国者の想いは単純で「ダマサレタ!」それだけでした。
各国の思惑にも複雑な「裏」はなく、日本側はただ「厄介払い」したかっただけでした。韓国は「冷戦の論理」から帰国事業に猛反発し、北朝鮮は「韓国への優越性を宣伝」したかっただけ。どの「裏」にもダマサレタ人々の人権を守る意識は欠片もありませんでした。
彼らを守れるものが当時あったとしたらそれは、
「自分で考え、自分で裏を読み、自分で警戒する」というごく当たり前の心構えだけです。それしか家族を守る方法はありませんでした。家族の一人にそのような警戒心が欠けていれば、自分が警戒し家族を引き留めなければ助けることはできませんでした。
これを考えたくなったのは、この世とあの世の構造に似ているからです。
彼岸は、正確な情報がありません。あるのは基本的には噂の類です。
◆ですから「最悪を想定した準備が必要」です。
結果的に「着の身着のまま」で良かったとしたら、あとで杞憂だったねと笑い話にすれば良いだけなのですから。手ぶらで岸を渡るのは勇気ではありません。n
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Fiora & nobody