雑談です。
カメラ視点が分割されていて、後で合流するこの構図は、この世とあの世の構造に近いです。
こちら側では個人視点に(視野がカットされた状態で)見えているんです。
他人のカメラ視点まで同時に視聴・録画されていたことに、後で視野が急拡大して思い出します。
私たちは確かに一つのカメラの個人視点を追っていたが、
その文脈は大きな視野で計算されていたものだったと。
その視野の根源の根源に神がいます。
ですので、人生で何かに迷った上で決断を下す際、
本当に問われるべきことは、
その結論を
神(最も偉大な存在)に向かって提示していることに本当に後悔がないのか?
です。
これらの超自然の知識を得る者は大勢いますが、
ショーン・ボルツ氏のこの例はトップレベルの具体性があると思います。
ここまですごい明瞭な即時的予言は聞いたことがありませんでした。
私たちがここから学べることは、
「祈りというのは向こう側に筒抜けである」ということ。
逆に、私たちの活動は「見えにくい」のだろうと推測しています。
念をこめて祈りを捧げると所属している霊団や近しい関係者には電話のように届きます。
想いを籠めれば籠めるほどクリアに通じるのではないでしょうか。
SNSも含めて、
通信環境には2種類あるわけです。
こちら側の連絡網と
あちら側の連絡網です。
この混合とどう向き合っていくかを自分で決めることが大切だと思うんですね。n092335
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Fiora & nobody