忍者ブログ









人間には二種類いて、
1、神は何らかの計算間違いをしているかもしれない、だとしたら現状は…
2、神は一切の計算間違いをしていないかもしれない、だとしたら現状は…
異なる人生観を採用しています。
2番はどんな局面でも凄く強いのですが、なぜならそれが事実だからです。
人間の延長で神を考えると少しくらい計算間違いがありそうですが、神は人間とは全然違うので、間違いはありません。
どういう意味で「間違いがない」かを知るのは後になりますが、生きている間は2番に全賭けしたほうが良いです。私は自分の経験上そう信じています。
盲目的であっても2番を試しに採用して、人生の困難な局面でしがみつくように頼りにすれば、自分を正す灯台の光になります。
2番の採用は、自分の現状の受容と肯定につながります。
言葉で口にするのは簡単ですが、これはとても大きなことです。
つらくなればなるほど、
フィオラがヨブ記の時代だと呼ぶような事態が来るなら尚更のこと
(ヨブは1番を採用して苦しんでいました)
2番が役に立ちます。試すだけの価値はきっとあります。n20200218


神(などというものが存在すること)を信じていない場合は、運命とか、人生の不思議な流れとか、どう言い換えても構いません。
一切の計算間違いがなかったとしたら…現状は一体どう(新しく)見えるのか?
何に気づくべきなのか?
私の取り組むべきテーマは(出会いに連続性があるとしたら)何なのか?
こじつけで良いとしたら、私はどう現状の解釈をこじつけるのか?


たとえば、youtubeが検閲を強め、googleは公正さよりも「誰かの都合」を優先する態度を明らかにする。
当然その誰かはgoogleに集まる情報のすべてを利用しうると想定できます。
その誰かが嫌がることはなんでしょうか。
注目されることです。
注目されかかったら(検索履歴でわかりますから)人々の目を逸らす方法を考えるはずです。
ですからマスコミが一方向にしか動かない兆候を目にした時は既にかなりの時間と資金をかけた工作が行われた後です。
悪の定義は”目をコントロールしようとしている”ことではないでしょうか。
そこで改めてこの社会の現状に計算間違いがなかったとしたら、神仏や霊界、上位者はいまわたしたちに何を望んでおられるのだろうかと思います。n110053
PR
02 2026/03 04
S M T W T F S
1 2 3 4 5
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
HN:
Fiora & nobody
忍者ブログ [PR]