00.35 - Liberi Fatali
03.55 - The Oath / My Mind
08.00 - Waltz for the Moon / Eyes on me
10.40 - The Landing
14.20 - Succession of Witches
15.47 - Fithos Lusec Wescos Vinosec
16.20 - Premonition
18.06 - Don't be Afraid
18.44 - The Extreme
19.03 - Miscellaneous medlies
説明がむずかしいので、このFF8の複雑な伏線の動画を利用してリノア=アルティミシアの囚われていたループの世界がわたしたちの現実に近いということを今日は書いてみます。
「約束の場所」が存在するかというと、存在します。
神がいる地、がそこなんですが、わたしたちはそれに関する記憶を(意図して一時的に)失っています。
また、向こう側に「もう一人の自分」がいることも忘れています。
ゲームで言えば、向こうの自分がプレイヤーであり、こちらのわたしたちは単なるアバターです。
アバターとして取り組むことは事前にプレイヤーとその所属グループによって決められており、それはこちらの世界の状況を変えることではなく、
こちらの世界の状況を利用して、プレイヤー(とそのグループ)を成長させることです。
アバターは年を取り死亡しますが、プレイヤーはそれに影響されません。
死亡時の後悔は、プレイヤーが望んでいた成長がどの程度実現できたかで決まります。
取り組むことは、フィオラが「円環」と呼ぶループの世界に近いものなんです。
この世からあの世に移って(遷移)も同じですし、あの世からこの世に移っても同一の取り組みが続きます。
つまり、「魂の課題」があって、あちら側やこちら側に移動しながら取り組むものの、課題の本質は常に「円環」を成しています。
わたしたちの周囲にいる人物は、わたしたちがそれぞれ抱えている「円環」のための協力者に過ぎず、いわゆる実体ではありません。夢の中に出てきた登場人物の実在性を、夢から覚めた後にはあまり気にしなくなるようなものです。
私もフィオラに「円環」のことを延々と繰り返されるまではその重要性がわかりませんでした。
投げたものは受けたものであり、
受けたものは投げたものである。
この人生は「(私の?)円環」のために起こってくれていて、
わたしたちにはそれぞれ鍵が付いているそうです。
地獄の円環が続いているように苦しんでいる場合は、
本人が既に「鍵」を握っています。
忘れているように彷徨っていても「約束の場所」もいつまでも待ってくれています。
円環の中心の「鍵」に気づき、自ら開くことで成長していくことが目的です。
そのたびに一歩一歩「約束の場所」に近づいていきます。
この過程はプレイヤーとグループが逐一追って協力してくれています。
自身を「円環」と捉えることだそうです。
パターンや、弱点、課題、世界の見方、偶然だと思っていたことを整理してみれば、人生がいったい何を中心にして展開しているか浮かび上がってきます。
ff8と同じ円環です。n140058
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Fiora & nobody