⊕
話しても受け入れられないことで心が狭くなる、私も同じです。
特にワクチン関係の話はデリケートですよね。
ワクチンの楽観派と懐疑派は、楽観派にも楽観派の社会的事情があります。
私はフィオラにコロナ遺伝子から製造したワクチンを打ってはいけないと「断定」されなければ、滅茶苦茶迷っていたように思います。それでも家族に強制する権利はなく、それを痛感するような事もありました。
KMバイオロジクス(熊本)が開発中の不活化ワクチンでは、200人近くの治験でただの1人も重篤な副反応の報告がなかったそうです。
ですからやはりファイザーとモデルナのmRNAワクチンで919人(厚労省発表)副反応で死亡していることを「不自然」に感じるのはおかしくありません。今までは対コロナ専用ワクチンの比較対象がなかっただけで、改めて見てもワクチンの致死率としては不自然です。
この不自然さに対して、国産のワクチンや代替治療薬が安定するまで「様子を見る」という結論に達する人が一定数いることを誰が責められるでしょうか。
私が最近気になっているのは、楽観派がワクチンが期待通りの効果を発揮していないという種々のデータ(2回接種後も感染が止まらない・3回目のブースターが必要と公式に認めるなど)を軽視もしくは意図的に無視しているように見える点です。彼らは重症化は防げるという一点のみを盾にしようとしていますが、ワクチンを打つことによるリターンだけが低下している中で、巨大なリスク(今後10年スパンでの健康)が残り続けていることを正しく評価できているようには見えません。
いまの社会の空気は「赤信号みんなで渡れば…」に近い印象があります。
既に渡った、接種済みの方が大勢いるので信号の色がどうだったかなどと話題にすることさえ難しくなってきました。
地球環境の危機に瀕している人類にとって、このコロナ騒動が大きな視点での善につながる可能性はまだあると思います。
ワクチンに対してどのようなスタンスでも(既に打っていても、頑なに拒否していても)
このコロナ問題を乗り越えるために全員で協力していきたいですよね。n240540
話しても受け入れられないことで心が狭くなる、私も同じです。
特にワクチン関係の話はデリケートですよね。
ワクチンの楽観派と懐疑派は、楽観派にも楽観派の社会的事情があります。
私はフィオラにコロナ遺伝子から製造したワクチンを打ってはいけないと「断定」されなければ、滅茶苦茶迷っていたように思います。それでも家族に強制する権利はなく、それを痛感するような事もありました。
KMバイオロジクス(熊本)が開発中の不活化ワクチンでは、200人近くの治験でただの1人も重篤な副反応の報告がなかったそうです。
ですからやはりファイザーとモデルナのmRNAワクチンで919人(厚労省発表)副反応で死亡していることを「不自然」に感じるのはおかしくありません。今までは対コロナ専用ワクチンの比較対象がなかっただけで、改めて見てもワクチンの致死率としては不自然です。
この不自然さに対して、国産のワクチンや代替治療薬が安定するまで「様子を見る」という結論に達する人が一定数いることを誰が責められるでしょうか。
私が最近気になっているのは、楽観派がワクチンが期待通りの効果を発揮していないという種々のデータ(2回接種後も感染が止まらない・3回目のブースターが必要と公式に認めるなど)を軽視もしくは意図的に無視しているように見える点です。彼らは重症化は防げるという一点のみを盾にしようとしていますが、ワクチンを打つことによるリターンだけが低下している中で、巨大なリスク(今後10年スパンでの健康)が残り続けていることを正しく評価できているようには見えません。
いまの社会の空気は「赤信号みんなで渡れば…」に近い印象があります。
既に渡った、接種済みの方が大勢いるので信号の色がどうだったかなどと話題にすることさえ難しくなってきました。
地球環境の危機に瀕している人類にとって、このコロナ騒動が大きな視点での善につながる可能性はまだあると思います。
ワクチンに対してどのようなスタンスでも(既に打っていても、頑なに拒否していても)
このコロナ問題を乗り越えるために全員で協力していきたいですよね。n240540
PR
HN:
Fiora & nobody