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とんでもないです。私も素直とは程遠いので、少しでも素直になるようにします。


私は子供の頃、キリスト教の 原罪 という言葉が好きではありませんでした。
人が生きているだけでいったいどんな罪があるというのか想像もつきませんでした。罪悪感を抱かせて宗教が人をコントロールする一種の洗脳かとも思いました。
でもあの教えはそういうことではなく、人生で何に遭遇しても、他人や出来事のせいにするのではなく、 自分の中の陰(オン)に向き合い続けること が


魂の中にいる決定的に重要な内在の神 に
生命(いのち)を満たしていることになる とフィオラを通じて言われた気がして少し楽になりました。


自我を中心にすると、あなたとわたし、で二人です。
ところが内在の神(良心の神)を仮定でも想定して誰かに向き合うとき、
あなたもわたしも 一人。という感覚に近くなる気がするんです。


年末までに書きたいことはいっぱいあるので、少しずつ続きを書いてみますね。
こちらこそ、いつも読んでくださってありがとうございます。おやすみなさい。n130031
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