3回目(ブースター接種)以降は免疫異常による死亡数の増加に注意してください。Fiora20210920
skさん、こんばんは。
最初に言わせてください。まとまりなく、自分のことで精一杯な自分勝手な人間のつぶやきで申し訳~ それは私の方です。私は偉そうなことは何一つ言えない人間です。
耳が痛いとおっしゃっていたことも、私はそれ以上に「口が痛い」ですから、こちらこそご容赦ください。
以前もskさんに教えていただきましたが、ホ・オポノポノの概要を改めて確認してきました。改めて非常に優れた教えではないのかと感じました。
フィオラが極め付きに強調する点はその
ウニヒピリ(インナーチャイルドと呼ぶべきかは脇に置いて、その御方)に対してどういう態度をとった昔だったのか、どういう態度をとっている今なのか、知識や言葉はぜんぶ忘れて、その御方への態度がどうなのかが”転生の中心”だということです。
「本質」と呼んでいたのはその御方のことなんです。
人は一人で生きているつもりになるものですから、肉体の主は自分であるから、自分は一人でつらい寂しい状況に追い込まれていると感じるものです。
そこにもう一人、いるとは 想定していない のが普通なんです。
恐怖の根源はここなんです。
自分が、一人だと思っているから、偉大な愛とは離れていると思っているから、怖いんです。
いま離れていると思っているから、いま怖い。
だって(偉大な愛そのもの・もう一人が)見えないんだもの。だから私は一人だと思った。何が悪かったのだろう? というわけです。
この”怖い”が言葉やお金を集めようとすると、自分を有利にするための言動や方策に囚われます。一生囚われます。そして何も理解しないまま 遷移 (せんい 死亡して向こう側に移動)します。
”怖い”のまま動き出したら、身につけるものはすべて武装にしかなりません。
”怖い”の根源には”私はきっと今この瞬間 一人ぼっち”があるんです。
では、その御方を理解できないとしても、その御方はいまどこにいるんでしょうか。
いまここに、共にいるんです。
すべてはひとつ とはそういうことなんです。
ということは、
共にいることは変わらないのだから、
AさんとBさんの違いは、その 御方への態度の違い だけなんです。
知識の違いや技術の違いは繰り返される生と死の前には何の意味ももちません。
これからも中途半端な気持ちで生きていくのかなというのは、
これからも中途半端な気持ちで(私は一人で・偉大な愛と離れたままで)生きていくのかなという想像であり諦念ではないでしょうか。
中途半端な気持ちで生きることは問題ではなく、
一人でという部分が本当の問題だとフィオラは言います。
想いも物質も、もちろん世界観も、
すべてはひとつ です。
離れてはいません。でも態度の違いはきっとあるんだと思います。
昔の自分と今の自分でもその違いはありますし、
怖い自分を有利にするための方策・逃避行動によってもその本質が見えなくなり、攪乱されてしまいます。その態度は投影とも言いますね。
本質が理解できたり見抜けなくてもいいから、いまともにあることを大事にしたいです。
海で泳ぐこととそれは似ているのかもしれませんよね。
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