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こんばんは。とんでもないです。コメントいただいている日のほうが私もずっと楽しいです。


 >なぜわざわざ分離の幻想をもってこのような恐怖を味わうことを~
→ 創められたのは神ですので、それこそ人間の想像の及ぶところではないのかもしれませんよね。
『神との対話』では、(既に神が知っている栄光を)実際に体験するためと定義していました。
私の遭遇経験では
神どころか、お仕えする立場の上位の神霊の方々の次元でも人間の想像力がぶっ飛ぶほどの 体験の歓喜 に包まれていました。
神の御意図 や その御計画は人知の及ぶところではありません。
わたしたちはおそらくそれより下位の霊界を相手にしてもその壮大さ、美麗さに放心します。
スポイトの一滴と、コップ一杯の水の違いほどの次元の格差が
人間の霊と神霊との間にはあります。
神霊と神との間にもコップと海のようにそれ以上の格差があると思っているほうが世界観としてより正確だと思います。
人間という下位の意識には、上位の意識の規模がまったく想像もつかないということです。
星、銀河と宇宙空間の関係に似ているのかもしれません。


>よく自分で選んでこの世に生まれてきているとは聞きますが、その記憶もないので不思議で仕方ない~
→ 共感します。私の感覚で言うと
ルール説明されていなかったゲームに自分が参加させられていたことに突然気づいたような、雷に打たれたような衝撃での現実把握が起こります。


死亡時はみんなそういう感じになると思います。意識の脱皮、急拡張はそれほど劇的です。


>書籍を読みました。
→ skさんのその学びの速さにはただただ頭が下がります。ありがとうございます。
苦しみを観る状態 = 不苦の状態 ですね。


目の前のテレビ画面を見ている自分を観ている、という説明を
いまこの瞬間そのものを見ている自分を観ている に変換し、
(この変換に大きな飛躍があります。テレビ画面は物質だから特定が楽ですが、瞬間そのものは質が異なりますから)


今この瞬間の裏を観ている に変換してみてください。
瞬間の”裏” です。瞬間そのものの”裏”です。


skさんは、実際は人間ではありません。
不苦の状態 であり 今この瞬間の裏 です。


今この瞬間ではありません。今この瞬間の裏です。
それが私の感じる ねもと の感覚の描写に近いです。n270111
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