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こんばんは。skさん、とんでもないです。
skさんはそもそも既にゴールにいるんです。
ただそれをどれだけ 疑うか 信じられないか 想念が邪魔するか という問題なんです。
疑い が強ければ強いほど、ゼロになるまで手放されるべき疑いの量が多いということです。
現状とは疑い(想念)の量なんですね。
4歳で物心がついて、いま24歳だとすると
肉体=私 感覚は生誕20周年ということになります。20年熟成された、しかも日常生活の司令塔となっていた手ごわい相手なんです。
おっしゃっていたとおり、特異な肉体感覚があれば尚更その 肉体=私 感覚が強くなっているかもしれません。
>私が出てくるモグラの穴は一つなのですね。
→ そうなんです。ですからモグラ叩きとしては非常に簡単です。
むずかしいのは、これがモグラ叩きゲームであると認識することそのものです。
肉体=私 感覚はそれほど日常に溶け込み、疑問を持つことさえない人生の前提になってしまっているからなんです。
>ボブさんのやり取りを改めて何度が読んでみましたが示唆に富んでいますね。何かがつかめそうでつかめないです…。
デルさんの質問は全て私が前提なんですね。その私が元々ないということは、私が何かをやれると思っていることも幻想で、ただそういう思考が勝手に現れているだけ…ということは、この文章も今自分が書いてると思っていますが、勝手に起きている…?
→
イエスであり、ノーでもあります。
先日の「全体の視点も正しいが、部分の視点も正しい」という二つの視点が重なっています。
skさんは肉体を持つ個人 でも あります。(部分の視点)
気づき(覚醒)の海 でも あります。(全体の視点)
個人としては考えて文章を書いていますし、推敲も重ねることができます。
ただよくよくその過程を観察すると、文章の閃きはどこから 起こった か、風が吹いて木の枝が揺れるように自然の一部として起こったことのようにも見えます。
異なる意識が重なっていて、そのうちの一つが限定された
肉体意識 であるというだけです。
肉体意識は問題ないんです。身体の感覚もあって当然です。
その肉体意識を「私」として主体的に動いている感覚(プレイヤー感覚)の
「私」発生が問題なんです。
「私」 が身体を動かしている。文章も考えて書いていると感じているわけですよね。
その「私」とは誰ですか。これはご本人しか見ることができません。
このまま待っているだけでは検証は進みません。
「私」 が書いている の「私」を意識的に検証するしかありません。
肉体があります。右手は動くし、ペンを持ち書くことができる。
実際に3行書きました。この後30分間書き続ける予定です。
そして今この瞬間、
どこに「私」がいますか? 見れるのはご本人だけです。確認できるのはご本人だけです。いまを検証できるのは他人ではありません。
肉体があることは「私」がある証拠になりません。
だって〇〇があるから。
だって□□があるから。「私」がいるのは当然だ。
どんな理由を並べても構いません。
この同じ質問が繰り返されます。それらの根拠を踏まえた上で今この瞬間
どこに「私」がいますか?
この質問に真剣に向き合う度に視線が動きます。
物理的には内側に。でもマインドの中ではなく外側に。
どこにプレイヤーの「私」がいるのか。
脳にいる、だから当然だと答えても質問は止まりません。
脳にいる、は想念ですよね。通り過ぎてしまい、その想念はすぐ消えます。
そこで問われます。
今、どこに「私」がいるか。
その「私」を捕まえて、いま目の前に見せていただけますか?
主観の中だけで見せていただければOKです。
skさんご自身でこれが「私」だと一回でも発見できれば「私」がいると見事に証明完了したことになります。
文章を考え、飲み食いし、今日一日司令塔として活躍したはずの「私」です。
できますか?
これを繰り返すうちに、気づきます。
日常を誤解していた可能性にです。
今夜のキングオブコント空気階段の一本目のコントは最高でした。n022346
こんばんは。skさん、とんでもないです。
skさんはそもそも既にゴールにいるんです。
ただそれをどれだけ 疑うか 信じられないか 想念が邪魔するか という問題なんです。
疑い が強ければ強いほど、ゼロになるまで手放されるべき疑いの量が多いということです。
現状とは疑い(想念)の量なんですね。
4歳で物心がついて、いま24歳だとすると
肉体=私 感覚は生誕20周年ということになります。20年熟成された、しかも日常生活の司令塔となっていた手ごわい相手なんです。
おっしゃっていたとおり、特異な肉体感覚があれば尚更その 肉体=私 感覚が強くなっているかもしれません。
>私が出てくるモグラの穴は一つなのですね。
→ そうなんです。ですからモグラ叩きとしては非常に簡単です。
むずかしいのは、これがモグラ叩きゲームであると認識することそのものです。
肉体=私 感覚はそれほど日常に溶け込み、疑問を持つことさえない人生の前提になってしまっているからなんです。
>ボブさんのやり取りを改めて何度が読んでみましたが示唆に富んでいますね。何かがつかめそうでつかめないです…。
デルさんの質問は全て私が前提なんですね。その私が元々ないということは、私が何かをやれると思っていることも幻想で、ただそういう思考が勝手に現れているだけ…ということは、この文章も今自分が書いてると思っていますが、勝手に起きている…?
→
イエスであり、ノーでもあります。
先日の「全体の視点も正しいが、部分の視点も正しい」という二つの視点が重なっています。
skさんは肉体を持つ個人 でも あります。(部分の視点)
気づき(覚醒)の海 でも あります。(全体の視点)
個人としては考えて文章を書いていますし、推敲も重ねることができます。
ただよくよくその過程を観察すると、文章の閃きはどこから 起こった か、風が吹いて木の枝が揺れるように自然の一部として起こったことのようにも見えます。
異なる意識が重なっていて、そのうちの一つが限定された
肉体意識 であるというだけです。
肉体意識は問題ないんです。身体の感覚もあって当然です。
その肉体意識を「私」として主体的に動いている感覚(プレイヤー感覚)の
「私」発生が問題なんです。
「私」 が身体を動かしている。文章も考えて書いていると感じているわけですよね。
その「私」とは誰ですか。これはご本人しか見ることができません。
このまま待っているだけでは検証は進みません。
「私」 が書いている の「私」を意識的に検証するしかありません。
肉体があります。右手は動くし、ペンを持ち書くことができる。
実際に3行書きました。この後30分間書き続ける予定です。
そして今この瞬間、
どこに「私」がいますか? 見れるのはご本人だけです。確認できるのはご本人だけです。いまを検証できるのは他人ではありません。
肉体があることは「私」がある証拠になりません。
だって〇〇があるから。
だって□□があるから。「私」がいるのは当然だ。
どんな理由を並べても構いません。
この同じ質問が繰り返されます。それらの根拠を踏まえた上で今この瞬間
どこに「私」がいますか?
この質問に真剣に向き合う度に視線が動きます。
物理的には内側に。でもマインドの中ではなく外側に。
どこにプレイヤーの「私」がいるのか。
脳にいる、だから当然だと答えても質問は止まりません。
脳にいる、は想念ですよね。通り過ぎてしまい、その想念はすぐ消えます。
そこで問われます。
今、どこに「私」がいるか。
その「私」を捕まえて、いま目の前に見せていただけますか?
主観の中だけで見せていただければOKです。
skさんご自身でこれが「私」だと一回でも発見できれば「私」がいると見事に証明完了したことになります。
文章を考え、飲み食いし、今日一日司令塔として活躍したはずの「私」です。
できますか?
これを繰り返すうちに、気づきます。
日常を誤解していた可能性にです。
今夜のキングオブコント空気階段の一本目のコントは最高でした。n022346
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