
生命(せいめい)の水
人の体内には必要な分量の水が残るようになっています。不要な分はつねに尿として排出され、必要分の水が不足していれば身体は自動的に水を求めるようにできていますから。輸血のできない外科手術を想像してみればわかりますが、一定量の水を失うことは即ち生命維持が不可能になることを意味しますので、生命(いのち)とはこの「生命維持に必要な一個の総体としての水」が維持されていることです。生命(せいめい)の水、が生命(いのち)そのものです。
一個の容器に注がれた水、がつねに補給と排出を繰り返し、生命活動のすべてを循環しながら支えています。今回のウィルス騒ぎで人が死亡するケースは、ウィルスが水に侵入したからではなく、この水の循環そのものが停止したからです。なぜ停止したのでしょうか。
それは水の番人の二人(肺でも腎臓でもなく、肉体の臓器ではない)が「(侵入したウィルス込みで生命を維持するための)指示」を待ったまま停止してしまったからです。
普段からあなたは生命の水にどのような想いを抱き、扱っているでしょうか。
爪や髪を意識して伸ばしていないように、生命の水は顕在意識のおかげで循環しているわけではありません。もっと本能的に重要な部分を占めている深層の意識の指示で循環しています。しかし、顕在意識の声、あなたの声は普段から届いています。
主の御心のままに、いまあなたの水は循環しています。
これからどのようなウィルスが何度形を変えて侵入してきたとしても、あなたの(生命を維持している)水はただ一つです。Fiora
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Fiora & nobody