
イタリアが致死率9.85% 死者6,820人
スペインが致死率7.04% 死者2,808人
です。これは医療崩壊時に致死率が10%を超えていくと理解するしかないようです。
変異していない現段階でこれなので、慎重に対応しないといけないですね。
できることならワクチンの方向性には頼らないほうがいいかもしれません。n260009

【コメント返信】2
青空さん
こんばんは。
「今に在る」は瞑想と捉える必要はないと思います。
つまり【防御不安】がある意識状態のときだけサポートがいるという理屈ですね。
それから朝お願いして、夜締めるのは、時間が長すぎて失礼になるというのが私の感覚です。
ですので本格的な瞑想をする(防御不安があると自覚できる場合のみ)その前後だけという意味でお話しました。
ちなみに、4日たって場が綺麗になったと思っても、日常的に掃除とシールドを続けていただくことを前提にしています。いまは特に新型コロナのことがあるので誰に対しても同じことをお勧めすると思います。
ご質問の件ですが、私の場合は瞑想だけでなく、何か重要な意思決定時はすべてフィオラや霊団のサポートを依頼して、御礼を言って締めるを繰り返しています。
一番重要なご質問についてですが、8月の出来事はあなたの味方である霊団がそんなことをされるわけがないと私は判断しています。
大きな不運だったか、悪いことがなんらかの原因で起こったということではないでしょうか。
それを掃除に結びつけるのは短絡的ですが、やはりあくまでも「念のため」です。n
【コメント返信】1
skさん
この意味が怪しいブログを私が書き続けているのは、フィオラの指示です。何も問題ありませんのでお気になさらないでください。
しかもskさんの場合はフィオラが話しかけて(あなたがあまりに珍しいタイプで気になったらしく)出自の話をしたので、そもそも私とフィオラの責任です。逆にお気遣いをいただいてしまって申し訳なくも感じています。ですので大丈夫です。
現状を変えたいかどうかに丁寧にご返信くださりありがとうございます。お気持ちはよくわかりました。
【ここから先に書くことをあまり真剣に受け止めないでください。
私は主観そのままで言います。信頼性を高めるためには誰か信頼できる方にダブルチェック、トリプルチェックをしていただくしかありません】
6年越しに再度改めてフィオラに質問を繰り返し、返答されたのは、
あなたはやはり地球出身者”ではない”そうです。ですからフィオラという意識存在は6年経ても2回連続であなたをよそ(地球外)から来た方と判断しました。
今回が地球に降りる初めての方で、カルチャーショックは想像に難くないということらしいです。
これがあなたの罪悪感の軽減に繋がればよいのですけれども、転生を地球上で繰り返しているほとんどの人と違って、地球の自然に触れるのも初めて、地球人のコミュニティルールに触れるのも初めてですから、困惑は自然なことなのだと思います。
あなたの気持ちがわかる、という人はほとんどの場合、わかってはいないのでしょうね。
私nobodyも含めて地球出身者ですから、あなたのお気持ちが全然わかりません。
あなたの感覚がほぼ正確にわかるような方は、あなたと同じようによそから来ていて地球一回目の方だけなのだろうと思います。
しかもこの(人類にとって伸るか反るかの)重大な時期に来てしまったのか、狙って来られたのか、そこもわかりません。
skさんの場合こそ、ご自身の所属する霊団に直接、ここに来るに至った最初の意図や計画を確認し、日常のサポートをお願いしなければならない典型なのではないかと思います。
ただ気を悪くなさらないでいただきたいのですが、私やフィオラにその通信役を肩代わりすることはできません(一般的な知識としての通信のやり方などをご返答することはできます)。時間がかかってもご自身でコンタクトしていただくか、短時間でしかるべきプロの方を探されるかご判断いただくしかないかもしれません。
ただプロの方と実際に会う時には、リスクとデメリットはありますので、そこは熟考しなければならないところです。
これをできないという理由は、通信先が「よそ(地球外)の方」であるということが一番大きいです。
一番知りたいとおっしゃっていただいている詳細なビジョンに関しては、申し訳ないのですが、
「今回nobodyには能力不足で掴めなかった」ということでご理解いただきたいです。
私の視覚は、フィオラのドレスの色を見分けるのが精いっぱいのお粗末なレベルです。
明かせないことになっているというような、フィオラの発言禁止は特になかったです。
お力になれずに申し訳ないです。
フィオラからskさんに何か伝えたいことはあるかは今も継続的に確認していますので、
最後のメッセージは29日に書かせていただくということでお願いします。
skさんが昨年秋頃に色々気になって、いまこういうやりとりをしてくださった上で私の思うことを正直に言いますと、
私はskさんが外の出身者であろうとも、重大なことは本質的には地球出身者と変わらないだろうと思っています。
また、これから物理的に景色が変わるのは、skさんの魂の叫びが限界に達しているためであろうとももちろん感じますので、
・地球人類の霊的な環境変化がいま私たちに要求していること
・skさんの魂の叫びが限界を迎えていること
この二つを両立させる方向しかないのではないかと思っています。n
日本のいいところを再確認および世界に向けて発信する「日本のシリーズ」第7弾、「日本の八月 線香花火 日本のシリーズ7」です。 これまで私は花火の写真を見ても、美しいと感じる写真を目にしたことがありませんでした。いいなあと思えるものもあるにはありますが、どこかその中に恐怖感に近いものを覚えてしまいます。本来、花火って写真で鑑賞するものではないかもしれませんね。ですが私はどうしてもこの線香花火の儚さのような美しさを表現したく試行錯誤した結果、今回の写真集の発表となりました。 職人さんの花火と異なり、家庭用の花火ですと、花火の質や点火のタイミング、風向きや湿度など外的要因の影響などもあり、玉がすぐに落ちたり、蕾→牡丹→松葉→柳→散り菊という理想的な燃え方をするのは10本中3本くらいです。その3本の中でもなかなか納得のいくものが撮影できませんでしたが、玉の形なども含め私なりのこだわりで写真を厳選していますので、線香花火の奏でる光模様を一枚一枚、じっくりとご鑑賞いただけましたら光栄です。 なお、巻末に次回作品の予告写真も収録しています。
線香花火とは。 子供の頃初めて覚えた切なさを象徴する、夏の終わりの儀式だったような気がします。 そんな切なさを思い出させる数々の写真に、ふと脳内が幼少期にタイムスリップしました。 琳々さんの写真は線香花火だけではなく懐かしさを覚える写真が多いです。 心をリセットするのにいいブレイクタイムとなりました!
1枚1枚いろいろな表情を見せてくれる 線香花火に魅了されました。 静かで控えめながら、情熱も感じられましたし、与えられた場所で精一杯命を輝かせようとする人間の一生を見ているようで、懐かしく忘れかけていた大切なものを思い出させてくれました。 大切な人とゆっくりと見たい、素敵な写真集です。心が洗われました。有難うございます。
線香花火の華やかさと終焉の寂しさがとてもよく表されて 夏休みの最初から最後まで 過ごした記憶を凝縮した感じに受け取れます。 線香花火 大好きです!
ちょっと体を悪くしていて、夏らしい写真、映像が見たくてDLしました。 派手さはない儚さが良いですね。 体調が回復したら実物にトライしたいと思います。
線香花火の短い生涯のなかで 力強く そして 優しく 目に飛びこんでくる。 やはり この 美しさにわ 魅了される 線香花火 灯してみたくなるよ~
盛大な打ち上げ花火も、好きですが 夜の闇にひっそりと激しくも儚く美しい 線香花火が大好きです。 初めはチリチリと小さくどんどん上に上がって行き、やがて玉となりパチパチ音を立てながら散っていく火花…やがてどんどん小さくなり消えていく。そして美しく終焉を迎える。人の一生のようにも見えませんか。

紫式部「源氏物語」
今回は、4月に放送され、好評を博した「源氏物語」をアンコール放送します。 源氏物語はこれまで、様々な関連本が出されています。様々なまとめ方があり、登場人物ごとに紹介したり、全体像を図鑑のようにまとめたりしています。しかしあまりにも長い物語であるため、ポイントを絞って要約することがなかなか出来ない作品でもあります。ですので今回は、的確なポイントを設定することに苦心しました。 例えば、光源氏とは一体どういう男なのか?を知りたいと思った場合、本やネットなどで調べると、イケメンでセレブで女を全力で愛することが出来て・・などなどが書かれていますが、何だか分かったような分からないような、非現実的な感じすらしてしまいます。 そこで第1回では「コンプレックスを抱えたさびしい男」としての側面に光をあて、光源氏が、愛に何を求めていたのかを探ることにしました。 源氏物語は、決して甘い恋愛物語ではありません。人生の現実を鋭く描いた、骨太な人間ドラマです。そこで現代に生きる私たちにも共感できる心理描写にスポットを当てて、テーマを絞り込みました。全4回、全て現代性のある切り口を心がけています。 また番組では、テキストの内容をさらに分かりやすくすると共に、テキストにはない情報も数多く取りあげています。最大の見所は、新しく司会を勤める伊集院光さんのテンポ良く鋭い突っ込み。難解な源氏物語がぐっと身近に感じられると思います。お楽しみに!
聡明で美しい光源氏は、天皇になるはずの能力と血筋を持った男だった。しかし母の身分が低かったことから源氏という臣下の地位にされてしまう。そのため光源氏は、不遇感から強い上昇志向を持つようになり、それが天皇の后など身分の高い女性との禁断の恋に結びついていく。第1回では、光源氏のコンプレックスにスポットをあてる。さらに、単なる恋物語ではなく、政治小説としての側面も解説、源氏物語の全体像を明らかにする。
源氏物語には様々なタイプの女性が登場する。年上インテリ女性が抱える苦悩が描かれた六条御息所。愛されながらも子供がない悲しさを感じる紫の上。晩年には母親としての幸せを手に入れる明石の君。男から愛されることを選ぶか、それとも母として生きることを選ぶか。物語の女たちは、悩みながら生きる。人生、全てを手に入れることはできず、何かをあきらめなくてはならない・・。第2回では、女にとっての、あきらめの意味を探っていく。
人生の後半、光源氏は政治の表舞台で栄華を極める。しかしこのあたりから光源氏にも老いが目立ち始め、若いときと違って、女を自由に出来なくなる。新たに迎えた妻・女三の宮は、源氏よりも若い柏木の子を宿してしまい、ひそかに思いを寄せていた玉鬘も寝取られ、長年連れ添った紫の上までもが別れたいと言い出す。第3回では光源氏の晩年を描く。そして世間的な体面を気にしながらも、女に執着する男の未練と弱さを見つめていく。
光源氏の死後、物語はその息子や孫たちが主人公となる。彼らは、幼いころから恵まれた環境に育った。そのため父と異なり、野心を持つことが出来ず、生きる強さに欠けていた。女を全力で愛することが出来ない男の恋は、互いのすれ違いを生み、新たな悲劇へと発展してしまう。最終回では「宇治十帖」を中心に、夢見ることを忘れてしまった草食系男子たちの心の奥底を見つめるとともに、現代の恋愛事情との共通点を探っていく。
「源氏物語」こぼれ話 番組担当のNプロデューサーです。「源氏物語」のアンコール放送、いかがでしたでしょうか。 バブル絶頂期の学生時代、ディスコ(懐かしい響き・・)では壁にへばりついているだけで、ぼんやりとお立ち台を眺めることしか出来なかったこの私にとって、大胆きわまりない光源氏様はあまりにも縁遠い存在でした。そのため今回のシリーズでは、源氏の魅力だけでなく、その弱さにも注目する内容にしたいと思い、制作をスタートさせました。 私は最初に番組のコンセプトを決める立場なのですが、それを実際に形にするのはもっと大変です。そもそも源氏と私たちとでは、暮らしている世界が違いすぎます。「帝(みかど)になれない」ことにコンプレックスを抱く人というのは、そうめったにいるものではありません。しかし自分が冷遇されているという割り切れない気持ちならば、理解できるはず・・そのように考え、現代人にも共感出来るよう、説明の言葉を選びながら解釈を加えていきました。 巨大長編をわずか100分で説明するのは無謀とも言える企てでしたが、無理な要求に応えて下さったディレクターなどの番組スタッフ、そして何より講師役の三田村先生に感謝しております。 アンコール放送は、年間2回(変更の可能性もあります)の予定で、8月シリーズは再び新作になります。どうかお楽しみに。
◯「源氏物語」ゲスト講師 三田村雅子
想いは届けられるか 日本最高峰の「古典」といわれ、世界の中でも高い評価を占めてきたのが『源氏物語』です。今から千年も昔に書かれたものなのに、作品の密度、構成、面白さ、美しさのどれをとってもこれを超えるものはなかなか出てこない、奇跡のような作品です。 これから四回にわたってみなさんに『源氏物語』のお話をしていくわけですが、そのイントロダクションとして、『源氏物語』の本のかたちについて一つ、内容の「特別なこだわり」について一つご紹介しようと思います。 これほどの大古典ですが、『源氏物語』はその初めには小さくて簡便な升型本と呼ばれるかたちで書き始められたようです。当時、紙はたいへん貴重でなかなか手に入らないものでした。紙をたくさん使う大型の書物は仏典・漢籍・漢詩文・勅撰和歌集などに限られていました。文芸の中で物語や日記の地位は低く、手軽な小型本として流通しました。 ちょうど私たちがよく読む文庫本や新書本くらいの扱いでしょうか。権威的な書物は大判で縦長の「大本」といわれるかたちで流通していたのに、物語はずっと軽い扱いだったようです。 その小さな本が「桐壺」「帚木」「空蟬」「夕顔」「若紫」と一冊一冊タイトルを付けて読み切りのように流布していったのでしょう。面白ければ続編が要求され、読者による紙の供給もあったでしょうが、面白くなければそこで終わってしまうという、読者と作者の強い結びつきの中での真剣勝負でした。今でいえば少女漫画の連載のような、読者の熱気と期待に支えられた執筆だったのです。 『源氏物語』は藤原道長がスポンサーになってできたという、よくある解説を信じておられる方も多いと思いますが、紫式部が道長の要請によって宮仕えに出たのは、『源氏物語』の評判が高くなり、無視できなくなってからの出来事であり、その当初はスポンサー抜きの綱渡りだったのです。『源氏物語』のスリリングな挑戦は、お雇い作家となる前の少数の読者にかたちづくられました。その当初の文学仲間こそ、『源氏物語』を共有し、熱狂し、勇気づけた存在だったようです。『紫式部日記』によると、それらの友人を作者は宮仕え後に失ってしまいますが、当初の大胆な志を忘れず、その原点を常に振り返って書くことを続けようとしています。 道長によって後援された『源氏物語』は、やがて、中宮彰子のための豪華な本造りに結実しますが、権威的な装飾本に作者は疎外されたようなさびしい思いを洩らしています。「こころみに物語を取りて見れど見しやうにもおぼえず(これは私の『源氏物語』ではない—)」。豪華な本ではなく、差別された、小さく、粗末な、軽い本にこめられた作者の野心と夢をぜひ汲み取っていただきたいと思います。 その小さな本は、愛をめぐる物語として描かれました。しかし、稀代の色好み光源氏による手当り次第の恋の冒険の物語だとお考えだとすれば、それは違います。『源氏物語』は愛の成果を羅列する物語ではなく、愛のすれ違いや空転、誤解、伝えることの難しさを、微に入り、細を尽くして語る物語です。どれほど愛していてもその想いが伝わらない、肝心のところで伝えきれない想いを抱えながら、孤独の中に生きる人びとの物語です。 「桐壺」帖の桐壺更衣と桐壺帝の別れのシーンも、どこまでも更衣に執着し、溺れる帝を描きながら、更衣が最後に発した言葉にもならない言葉に、物語は最後までこだわります。届けようとして果たせなかった更衣の願い「いとかく思ひたまへましかば(こんなになると思っていましたら—)」という言いさした言葉はそのまま遺されて、以後この場面を反芻する帝の心の中で大きなものとなっていきます。物語はその詳細について語りませんが、沈黙の中で更衣が何を言いたかったのかの推定は読者の想像にゆだねられているのです。 六条御息所と葵の上の物語も息づまる神経戦です。光源氏が私のことを葵の上を取り殺した犯人と疑っているかもしれないと推し量った御息所は、光源氏の思いを知るために洗練の限りを尽くして弔問の手紙を贈りますが、光源氏の冷ややかで突き放した返事にすべてを悟って身を引きます。その後の光源氏の未練、御息所の未練についても物語は筆を尽くして描き出します。あやにくな関係の中で、相互に相手を思いながら、その想いを交わすことのできないコミュニケーションギャップをめぐって、物語は何度も筆を割いています。 御息所に取り殺されたと考えられた葵の上についても事情は同じです。出産後初めて外出する光源氏を見送る葵の上のまなざしは、初めて光源氏への執着を見せているようにも考えられるのですが、そのまま彼女が発作で命を落としてしまうと、あれは御息所が憑いていたからだと思われてしまうのです。 愛があるから想いが伝わるのではなく、どこまでも想いがすれ違ってしまうという愛の不可能性をめぐって物語は書き続けられていきます。 物語が大事にしたその一つ一つのずれときしみを取り上げながら、そのすれ違いを超えてさらに求められていくものを考えてみました。お楽しみいただければ幸いです。
※第3回ゲスト・林望さんの 「謹訳 源氏物語」(祥伝社)より抜粋
第一巻(p.11)3行目〜6行目
桐壺の更衣は帝のご寵愛だけが頼りであったが、まわりじゅう敵ばかりで、あれこれあげつらう人も多く、またその身は病弱でいつ命が絶えぬものとも限らない。そういう日々を送りながら、かくてはいっそ帝のご寵愛などないほうがよかった、とまで考え込んでしまうのであった。(桐壺)
第一巻(p.259)4行目〜13行目
この子は、そこに何人もいる女の子たちとは比べ物にならぬ。このまま成長して娘時分にもなったら、どれほどの美形になるだろうかというようなかわいらしい容姿をしている。髪は扇を広げたかのように肩にかかってさらさらと揺れ、どうしたわけか、顔は泣いてこすったと見えて赤くなっている。 「どうしたの。またそんなに泣いて。喧嘩でもしたのですか」 と、尼君が尋ねると、女の子は尼君を見上げた。その面差しを見ると、すこし似ているところがあるので、<はああ、あれは母と娘かもしれぬ>と源氏は見当をつける。 「雀の子をね……犬君がね……逃がしちゃったの。伏せ籠の……なかにね……入れておいたのに」 と、女の子は、さもさも悔しそうにしゃくり上げる。(若紫)
第二巻(p.274)4行目〜15行目
そう思った瞬間に、源氏の心はもう理性をかなぐり捨てて、そっと藤壺の御帳台のなかへ身を滑り込ませると、その衣の褄を引っ張った。そのとき、かそけき衣擦れの音が耳を穿った。 それが源氏だということは、紛いようもない。さっと匂った袖の香にそのことを悟った藤壺は、想像を絶して疎ましいことに思い、そのまま突っ伏してしまう。源氏は、<せめて自分を見るくらいのことはしてほしいのに>と、胸は痛み、辛くも思って、無理にも藤壺の体を引き寄せようとした。 すると藤壺は源氏の摑んでいる上の衣を滑り脱いで、そのまま躙り退いた。けれども、源氏の手は、衣の褄ばかりでなく、女の髪も捉えている。藤壺は、身動きが出来ない。 <ああ、なんて情ない身なのでしょう>と、藤壺はこうなるべき前世からの因縁を思い知らされて、深い悲しみを覚えた。(賢木)
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