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マハルシ 誰もが人生のあらゆる瞬間に真我を体験しているのです。


質問者 しかし誰もが望むような形では実現されていません。


マハルシ そうです。現在の体験は反対のもの(ヴィパリータ)、つまり実在とは異なったものです。存在しないものが存在するものと混同されてしまったのです。


(中略)


マハルシ 帰依者から礼拝を受けた神は、彼に揺るぎない帰依心を授け、明け渡しへと導いてゆきます。自己を明け渡した帰依者に神は慈愛を注ぎ、自らグルの姿を取って彼の前に現れます。神であるグルは帰依者を導き、「神はあなたの内に在る。その神こそが真我である」と伝えます。これが心を内面に向け、最終的には実現へと導くのです。





実現するまで努力は必要です。





実現においてさえ、真我は自然に明らかになるべきものです。さもなければ、幸福は完全ではないでしょう。自然にそれが起こるまでは、どの方法であれ努力をしなければなりません。

(対話78)


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真実とは、ある人間にとって真実と見えることでしかない。真実とは、何かについての意見や態度や信念であり、それらが創造的な思考の中で絶対的なものとなったものである。だが、それぞれの人間があることについて持っている意見は、しばしば大きく異なっている。なぜなら一人ひとりが、自分の魂の中に得てきた独自の体験や理解、あるいは誤解にもとづいて、それぞれの意見をつくり上げているからだ。そして、それらの理解や誤解は、この人生だけでなく、すべての過去生から得てきたものである。したがって、ある存在が何かが真実であると信じたとしても、ほかの存在はそう信じないかもしれない。この二人が互いに理解し合うことができないのは、それぞれが相手の人間になったことがなく、同じ体験の蓄積がないからだ。


では、どちらの真実が正しいのだろうか? どちらも正しいのだ。彼らはどちらも真実を語っているという点で正しい。なぜなら、それぞれが、自分の体験と理解に応じて見えるようになった真実を表現しているからだ。だが、もしある人間が、「自分の真実だけが唯一正しいものである」ということを自分の真実にしているとすれば、その人間は限られた理解しか持っていないということである。


この夢の中にいるそれぞれの存在は、自らの体験と必要性に応じて自己を満たしていくために、自分が体験したいどんな真実でも受け容れ、創造していく。それは、自らの進化によって叡智を得るためだ。そして、その体験をするために、自分が信じたいと思うものを支持してくれる真実の源を、それぞれが探し出すことになる。したがって、この天界にどれだけ多くの神々がいようとも、それと同じ数だけの独自の真実があることになる。なぜなら、それぞれの存在が、真実を異なった形で創造する意志と権利と必要性を持っているからだ。


だから、あなたが読んだり聞いたりするある教師の言葉は、それがどんなものであれ、その教師によって知覚された真実である。つまり、その教師が真実をどう見ているか、どう学んできたか、どう創造してきたか、どう体験しているかなのだ。したがって、あなたが十人の教師のもとで勉強すれば、あなたがひどい混乱に陥ることは間違いない。
そのうちのどれが「唯一の真実」を語っているかを見分けようとして、それらをすべて見比べてみると、すべてが真実を語っていることに気づくだろう。


あなたが決めなくてはならないのは、どの程度まで自分がその特定の真実になりたいか、ということである。なぜなら、あなたがどんなものを真実として受け容れようと、それはあなたの人生の中で「体験される現実」となるからだ。


(中略)


あなたが聞いたり読んだりする教えの中で、さまざまな法を教えるもの、つまり人間を限定したり、「在ること」を善と悪に分けたり、神がすべての「在ること」ではなく、ある単一の存在だと教えたりするものは、それを自分の真実として単純に受け容れてしまい、それを世界に与えたいという思いに駆り立てられている存在たちからの教えだ。マスターよ、それは彼らの真実であり、間違っているわけではない。だが、さらに偉大で成長した真実を言えば、


「どんな形であろうと、生命が制限されていると教える者は、ほかの者ほど理解が進んでいない」ということである。





神は制限された存在だろうか?


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質問者 子どもの頃、忘我の境地、完全な幸福状態をたびたび体験しましたが、後にそれは止まってしまいました。インドに来て以来、特にあなたに出会って以来、その状態がふたたび現れはじめています。それでも、どんなに素晴らしい状態であっても持続しません。それは来ては去り、いつふたたび訪れるかもわかりません。


マハラジ マインドそのものが不動ではないのに、マインドのなかにある何が不動でありうるというのだろう?


質問者 どうすれば私のマインドを不動にできるのでしょうか?


マハラジ 不動ではないマインドが、それ自身を不動にすることができるだろうか? もちろんできはしない。うろつきまわるのがマインドの本性なのだ。あなたにできることは、意識の焦点をマインドの彼方へと移行させることだけだ。


質問者 どうすればいいのでしょうか?


マハラジ 「私は在る」という想念以外のすべての想念を拒絶しなさい。はじめのうち、マインドは抵抗するだろう。しかし忍耐と根気をもってすれば、それは降伏し、静かになるだろう。ひとたびあなたが静かになれば、あなたからの干渉なしに、ものごとは自発的にまったく自然に起こりはじめる。


質問者 このマインドとの長い闘いを避けることはできるのでしょうか?


マハラジ できる。生を起こるがまま生きなさい。ただ留意し、見守り、あるがままにものごとが起こるのを許して、生がもたらすままに、喜び、苦しみ、自然なことを自然に行う。それもまた道なのだ。


質問者 それなら結婚し、子供をもち、仕事をして……幸せになることもできるのですね。


マハラジ もちろん。幸せになるかもしれないし、ならないかもしれない。あなたの歩調で歩くがいい。


質問者 でも、私は幸せになりたいのです。


マハラジ 真の幸福を、移り変わり過ぎ去っていくもののなかに見いだすことはできない。喜びと苦しみは容赦なく交互にやってくる。真の幸福は自己から来る。そして、それは自己のなかにしか見いだせないのだ。あなたの真我(スワルーパ)を見いだしなさい。それとともに、それ以外のすべてもやってくるだろう。


質問者 もし私の真我が愛と平和ならば、なぜそれはこうも落ち着きがないのでしょうか?


マハラジ あなたの真の存在に落ち着きがないのではない、その反映がマインドのなかに落ち着きなく現れるのだ。なぜなら、マインドは落ち着きのないものだからだ。それは水面に映る月が、風で揺らめくようなものだ。欲望の風がマインドと、マインドのなかの真我の反映である「私」を揺り動かし、千変万化に映しだす。しかしこのような動き、落ち着きのなさ、喜びと苦しみといった観念は、すべてマインドのなかに存在する。真我はマインドを超えて在り、関わることなくただ気づいている。


質問者 どうやってそれに到達するのでしょうか?


マハラジ たった今ここで、あなたは真我なのだ。マインドのことは放っておきなさい。覚めて、巻きこまれず、離れて在りなさい。そうすれば、超然と油断なく在り、来ては去りゆく出来事をただ見守ることが、あなたの真の本性の一側面であることに目覚めるだろう。


質問者 ほかの側面は何でしょうか?


マハラジ 側面は無数にある。ひとつを知ればすべてを悟るだろう。


質問者 何か助けとなることを言ってください。


マハラジ 何が一番必要なのかはあなたが知っているはずだ。


質問者 私は落ち着きがありません。どうすれば平和になれるのでしょう?


マハラジ 何のために平和が必要なのだろう?


質問者 幸せになるために。


マハラジ 今、あなたは幸せではないのかね?


質問者 ええ、そうではありません。


マハラジ 何があなたを不幸せにするのだろう?


質問者 私は欲しくないものをもち、もっていないものが欲しいのです。


マハラジ なぜそれを、もっているものを欲し、もっていないものは気にかけない、というふうにひっくり返さないのかね?


質問者 私は快楽が欲しく、苦痛は欲しくないのです。


マハラジ 何が快楽で何がそうではないか、どうやって知るのだろうか?


質問者 過去の体験からです。もちろん。


マハラジ 記憶に導かれながらあなたは快楽を追求し、不快を避けてきた。今まで成功しただろうか?


質問者 いいえ。快楽は長続きせず、苦しみはふたたび入りこんできます。


マハラジ どの苦しみだろう?


質問者 喜びへの欲望と苦しみへの恐怖、どちらも惨めな状態です。純粋な喜びという状態は存在するのでしょうか?


マハラジ 肉体的あるいは精神的なあらゆる喜びには手段が必要だ。物理的、精神的な手段はともに物質であり、どちらもすたれ、使い果たされる。それらが生みだす喜びは、必然的にその強度と期間に限界がある。苦しみはすべての喜びの背景にある。苦しむがゆえにあなたはそれを欲しがる。だが、喜びの追求自体が苦しみの原因なのだ。それは悪循環だ。


質問者 混乱の構造は理解できますが、出口が見いだせません。


マハラジ 構造を調べること自体が道を示すのだ。つまるところ、あなたの混乱はあなたのマインドのなかにだけ存在している。そのマインドはけっして混乱に抵抗せず、それを理解しようともしてこなかった。マインドが抵抗したのは苦しみに対してだけだ。


質問者 それでは、私は混乱しつづけるしかないのですか?


マハラジ 油断なく在りなさい。問いかけ、観察し、調べ、混乱があなたや他人に何をし、どう作用するのか、混乱について何ができるのかをすべて学びなさい。混乱について明らかにすることで、あなたはそれを一掃する。


質問者 自分の内側を見つめるとき、私のもっとも強い欲望は己の記念碑、自分を永続させる何かをつくり出したいのだということが見てとれます。私が家や、妻や、子供を思うときでさえ、それは永続する確固たる自己の証明となるからです。


マハラジ では、記念碑をつくるがいい。どうするつもりかね?


質問者 それが永遠のものであるかぎり、何を建てるかは問題ではないのです。


マハラジ あなた自身、何ひとつ永遠のものはないと知るだろう。すべては衰退し、朽ち果て、崩壊する。記念碑を建てる土台そのものが崩れ去っていくのだ。永続するような何を築くことができるというのだろう?


質問者 知的に、言葉の上では、すべてがはかないものだと気づいています。しかしそれでも、私のハートは永遠なるものを求めています。何か永続するものをつくりたいのです。


マハラジ それでは永続する何かをつくるがいい。そのようなものを何かもっているかね? あなたの身体もマインドも長続きはしない。どこかほかを探すべきだ。


質問者 永遠なるものを求めてきましたが、どこにも見いだすことはできませんでした。


マハラジ あなた自身が永遠なのではないだろうか?


質問者 私は生まれました。そして死んでいくでしょう。


マハラジ あなたが生まれる以前、あなたが存在していなかったと言えるだろうか? そして死ぬときになって、「私はもはや存在しない」と言えるというのだろうか? あなた自身の体験からも、あなたが存在していないと言うことは不可能だ。ただ、「私は在る」と言えるだけだ。他者もまた、「あなたは存在しない」と言うことはできない。


質問者 眠りのなかでは、「私は在る」という感覚はありませんでした。


マハラジ そんな決めつけたような言葉を吐く前に、目覚めの状態を一度注意深く調べて見るがいい。目覚めの状態は、マインドが空白になった隙間でいっぱいだとすぐに気づくだろう。完全に目覚めているときでさえ、あなたが覚えていることがいかにわずかかということに注意を払いなさい。眠りの間、あなたに意識がなかったとは言えないはずだ。ただ覚えていないだけなのだ。記憶の隙間がかならずしも意識の隙間であるとはかぎらない。


質問者 深い眠りの状態を記憶することはできるのでしょうか?


マハラジ もちろん! 目覚めている間の不注意な時を取り除くことが、眠りと呼ばれる長い放心状態の間隔を徐々に除去するだろう。あなたは自分が眠っていることに気づくようになるだろう。


質問者 しかし、永久なるもの、存在の永続性の問題はまだ解かれていません。


マハラジ 永久性とは時間の運動から生まれた、ただの概念にすぎない。時間もまた記憶に依存する。永久なるものと言うことで、あなたは無限なる時間を通して、変わることのない確かな記憶を表している。あなたはマインドを永遠のものにしたい。だが、それは不可能だ。


質問者 では、永遠とは何なのでしょうか?


マハラジ それは時とともに変化しないものだ。一時的な、はかないものを不滅にすることはできない。不変のものだけが永遠なのだ。


質問者 あなたのおっしゃることの意味は概してなじみ深いものです。私はこれ以上の知識は欲しくありません。ただ平和が欲しいのです。


マハラジ 求めさえすれば、欲するすべての平和は得られる。


質問者 私は求めています。


マハラジ ひたむきに求めなければならない。そして統合された生を生きなさい。


質問者 どうすればよいのでしょうか?


マハラジ あなたのマインドを落ち着かなくさせる、すべてのものからあなたを引き離しなさい。平和を乱す、すべてのものを放棄しなさい。もし平和が欲しいのなら、それを受けるに値するものとなりなさい。


質問者 もちろん、誰もが平和を受けるに値します。


マハラジ それを妨げない者だけが受けるに値するのだ。


質問者 いったい、どのようにして私は平和を妨げているというのでしょうか?


マハラジ 欲望や恐怖の奴隷となることによってだ。


質問者 たとえそれらが正当と見なされたときでもでしょうか?


マハラジ 無知や不注意から生じた感情的な反応はけっして正当化されない。清らかなマインドと澄んだハートを探し求めなさい。あなたに必要なのは、静かに油断なく自己の本性を探求することだけだ。これが平和へのただひとつの道だ。


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