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マハルシ マーヤーとは何でしょうか? 「心は実在から切り離されている」という知識がマーヤーなのです。心は実在の中にのみ存在し、実在から分離されてはいません。この知識がマーヤーを消し去るのです。


(中略)


心とはただ脳を操作する力でしかありません。


(中略)


もしあなたが自分の存在に気づいていないなら、どうやって自分が存在していることを知るのでしょうか? あなたの存在そのものが実現なのです。自分が存在しない時を想像することはできないでしょう。それゆえ、実現されていない時などないのです。

(対話477)


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すべてのものは、まず速度というものをまったく持たないもの、つまり思考をもとにして、それを速度のあるもの、つまり光へと拡大し、その光を減速することによって創造されたのだ。


思考(静止)→光(速度)→電気→物質→形体←思考(記録装置である魂に保持された感情的な像・感情で描かれている設計図)


あなたがある思考について熟考し、感情的にこれを抱くときには、つねにその思考は光の振動数へと拡大していく。光の粒子の動きを遅くして、それを凝縮すると、エレクトラム、つまりあなた方が電気と呼んでいる、プラスとマイナスの極を持つ電磁場が創造される。思考をエレクトラムよりもさらに減速し、凝縮すると、エレクトラムは物質へと固まるのだ。そして物質は、形体と呼ばれる分子構造、細胞構造へと固まっていく。そしてこの形体は、創造のための理想像として魂が思い描いていた思考によって、ひとつの形に保たれているのである。


神が数々の宇宙を創造したのではない。神は数々の宇宙そのものなのだ。自分の魂の中で宇宙を感じることによって、自分の思考プロセスからそれらを創造したのは、あなた方なのだ。


光の存在であったあなた方は、この場所において、水中にあった気体状の物質の反応によってつくられたバクテリアから、生きた有機体をつくり上げた。これが、あなた方がさまざまな種類の生命体を創造するのに使った「粘土」である。


(中略)


こういったものを創造するのに、あなた方は別に苦労したわけではないことを理解する必要がある。というのも、光の存在であるあなた方には、苦労するための化身というものがなかったからだ。あなた方が創造することを望んだものは、どんなものであろうと、あなた方は単にそれそのものになったのである。


(中略)


自分の創造物を直接体験し、自分の創造性の表現を続けるために、神々が物質でできた自分の乗り物を創造することを決心したのは、食物連鎖がしっかりと定着してからのことだった。


(中略)


思考は浸透性の振動数を持っており、物質を通りぬけてしまう要素である。したがって、光という形の思考であった神々は、花そのものになることはできたが、その香りを嗅ぐことも、その本質を知ることもけっしてできなかったのだ。彼らはあたかも、木々の間を吹きぬけられても、木を感じたり抱きしめたりすることがけっしてできないそよ風のようなものだった。


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質問者 あなたは、何であれあなたの見るものはあなた自身だと言います。また、私たちが見るように世界を見ていると認めています。ここに今日の新聞が、今起こっているあらゆる恐ろしいことを載せています。世界があなた自身であるというのなら、このような不正な行為をどのように説明することができるのでしょうか?


マハラジ いったい、どの世界のことを思っているのかね?


質問者 私たちが住む、共通の世界です。


マハラジ 私たちが同じ世界に住んでいるというのは確かだろうか? 私は自然のこと、海や大陸、植物や動物のことを言っているのではない。それらは問題ではない。果てしない空間、無限の時間、無尽蔵の力もまた問題ではない。私が食べたり、喫煙したり、読んだり、話したりすることに惑わされてはならない。私のマインドはここにはない。私の人生はここにはないのだ。あなたの欲望とその充足、恐れとそれからの逃避は、まったく私の世界ではない。あなたがそれに関して語ることを通して以外、私はそれを知覚さえしないのだ。それはあなたの個人的な夢の世界であり、それに対する私の唯一の反応は、あなたに夢を見つづけるのをやめるよう求めることだけだ。


質問者 戦争や革命は間違いなく夢ではありません。病気の母親と飢えた子供たちは夢ではありません。不正な富とその誤用は夢ではないのです。


マハラジ それ以外の何だというのかね?


質問者 夢は分かちあうことができません。


マハラジ 目覚めの状態もまた、分かちあうことはできないのだ。目覚め、夢見、眠りの三つの状態はすべて主観的で、個人的な私事だ。それらはみな意識のなかの「私」と呼ばれる小さな泡のなかに包まれ、そこで起こることなのだ。真実の世界は自己を超えた彼方にある。


質問者 自己であろうと、非自己であろうと、事実は現実です。


マハラジ もちろん、事実は現実だ。私はそれらのなかに生きている。しかし、あなたは事実ではなく、想像のなかに生きているのだ。事実はけっして衝突しない。だが、あなたの人生と世界は矛盾で満ちている。矛盾は偽物の証拠なのだ。本物がそれ自体で矛盾することはない。
例えば、あなたは人々が極度の貧困のなかにいると苦情を訴えている。それにもかかわらず、あなたの富を彼らに分け与えはしない。あなたは近隣で起こっている戦争にはかまうが、どこか遠くの国で起こっている戦争のことは考えもしない。あなたの気まぐれな自我が価値を決定し、「私は考える」「私は欲しい」「私はしなければならない」といった移ろいやすい想念を絶対的なものにしてしまうのだ。


質問者 それでも悪は現実です。


マハラジ あなたの存在以上の現実ではないのだ。悪は誤解や誤用による問題への誤った対処法にある。それは悪循環なのだ。


質問者 その循環の輪を断ち切ることはできるでしょうか?


マハラジ 偽物の輪を壊す必要はない。それをあるがままに、非存在として見るだけで充分なのだ。


質問者 しかし、私たちを服従させ、屈辱や暴虐行為を与えさせるのに充分なほど、悪は現実なのです。


マハラジ 狂気は普遍的なものであり、正気はまれなのだ。しかし、それでも希望はある。なぜなら、狂気を知覚した瞬間、私たちは正気に向かいはじめているのだから。日々の生活のなかで、私たちの狂気に気づかせること。これがグルの機能だ。生命はあなたを意識的にさせる。だが、師はあなたを気づかせるのだ。


質問者 あなたは最初のジニャーニでもなければ、最後のでもありません。遥かなる昔から、人びとは真理を実現してきました。それにもかかわらず、何とわずかばかりの影響しか私たちの生活に与えてこなかったのでしょう! ラーマたちやクリシュナたち、仏陀たちやキリストたちは来ては去っていきました。そして、私たちは相変わらず、汗と涙のなかでもがいているのです。私たちがその人生を見守ってきた偉大な人びとは何をしてきたのでしょうか? 世界の束縛を和らげるために、あなたは何をしたのでしょうか?


マハラジ あなたのつくり出した悪を取り消すことができるのは、あなただけだ。あなたの無神経な利己主義がその根源なのだ。まず、自分の家に秩序をもたらすことだ。そうすれば、あなたはあなたの仕事を終えたことを知るだろう。


質問者 私たちの前に現れた智慧と愛の人たちは、しばしば途方もない代価を支払って、正しさを主張してきました。その結果はどうだったのでしょう? どんなに輝いても流れ星が夜の闇を明るくすることはないのです。


マハラジ 彼らと彼らの仕事を判断するには、あなたが彼らのひとりにならなければならない。井戸のなかの蛙は、空を行く鳥のことを何も知らないのだ。


質問者 つまり、あなたは善と悪の間には、何の壁もないと言われるのでしょうか?


マハラジ そこに壁はない。なぜなら、善も悪もありはしないからだ。あらゆる実際の状況のなかで、あるのはただ必要なことと不必要なことだけだ。必要なことが正しく、不必要なことは正しくないのだ。


質問者 誰が決めるのでしょうか?


マハラジ 状況が決定する。あらゆる状況は正しい反応を要求してくる挑戦なのだ。反応が正しいとき、挑戦はかなえられ問題は消える。反応を誤ったとき、挑戦はかなわず問題は未解決のまま残る。あなたの未解決の問題が、あなたのカルマを構成しているのだ。それらを正しく解決し、自由になりなさい。


質問者 あなたはいつも、私を私自身へと連れ戻します。世界の問題の客観的な解決法はないのでしょうか?


マハラジ 世界の問題は、それぞれが自分の欲望や恐れでいっぱいの、無数のあなたのような人びとによってつくり出されているのだ。あなたの個人的、社会的な過去から、誰があなたを解放できるというのだろうか? そしてあなた自身が、幻想から生まれた欲望から自由になることへの切迫した必要性を見ないかぎり、どうやって世界の問題を解決するというのだろうか? あなた自身が助けを必要としているかぎり、どうしてあなたに本当の助けができるだろうか?


質問者 いったいどのような形で古代の聖者たちは助けたのでしょうか? どのようにしてあなたは助けるのでしょうか? 少数の人たちは、疑いなく恩恵を受けています。あなたの指導と手本は、大きな意味を彼らにもたらすかもしれません。ですが、いったいどのような形で、あなたは人類に、そして生命と意識の全体性に影響を与えるというのでしょうか? あなたは、あなたが世界であり、世界はあなただと言われました。あなたはどのような影響を世界に与えたのでしょうか?


マハラジ どのような影響をあなたは期待するのかね?


質問者 人間は愚かで、利己的で、残酷です。


マハラジ 人間はまた、賢く、愛情にあふれ、親切でもある。


質問者 どうして善が広まらないのでしょうか?


マハラジ 私の真実の世界では、それは広まっている。私の世界では、あなたの呼ぶ悪も善の召使いであって、それゆえ必要なものなのだ。それは吹き出物や熱が身体の不純物を取り除くようなものなのだ。病気は苦しく危険でさえあるが、正しく対処すれば治るものだ。


質問者 あるいは殺してしまいます。


マハラジ ある場合には、死が最適な治癒法なのだ。人生は死より悪いものかもしれない。外見がどうであれ、死が不快な体験であることはまれなのだ。それゆえ、死んだものをではなく、生きているものを憐れみなさい。ものごとのなかにある善と悪の問題は、私の世界には存在しない。必要なことが善であり、不必要なことは悪だ。あなたの世界では快楽が善で、苦痛が悪なのだ。


質問者 何が必要なのでしょうか?


マハラジ 成長することが必要なことだ。より成長することが必要なのだ。良いことをより良いことのために放棄することは必要なことだ。


質問者 何が最終目的なのでしょうか?


マハラジ 最終目的ははじまりのなかにある。あなたはあなたがはじめたところで終えるのだ──絶対なるもののなかで。


質問者 では、なぜこんなにも困難があるのでしょう? 私がはじめたところに帰り着くためなのですか?


マハラジ 誰の困難だろうか? どの困難だろうか? あなたは生長し、繁茂し、巨大な森林とまでなった種子を哀れむだろうか? あなたは人生の厄介ごとから救うために幼児を殺してしまうだろうか? 人生の何が間違っているというのだろう、永遠の人生が? 成長のための障害物を取り除きなさい。そうすれば、あなたの個人的、社会的、政治的、経済的問題はみな、ただ消え去るだろう。宇宙はその全体性において完全であり、部分が完成に向かうための努力は喜びの道なのだ。未完成を完成のために進んで犠牲にしなさい。そうすれば善と悪についての話はもうなくなるだろう。


質問者 それでも、私たちはより良いものを恐れ、より悪いものにしがみついてしまうのです。


マハラジ これが私たちの、いまにも正気を失わんとする愚かさなのだ。


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