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諸外国には理解できない日本の軌跡が一つあります。
それは、明治維新のような「わけのわからない変革」です。


今の日本人がアレを再現できるのかわかりませんが、
アレには必須となる条件が幾つかあります。


一つは黒船来航時の「脅迫・恫喝」のような日本全体を巻き込む危機感のスタート地点です。
エンジンの始動する一瞬があったんです。
今の日本は7月15日にそれが始まった可能性があります。


わたしが最も危険だと思うのは


人殺しを、
許容することです。


安易な考えで許容することも、深遠な考えで許容することも危険です。
安易でも、深遠でも、国家・個人の別を問わず、人殺しの許容は破滅につながります。


冤罪が起こったときもそれが死刑執行後ならやり直すことはできません。


こちらが殺されるかどうかは問題ではありません。
こちらが殺してしまう可能性をもつことを許容するかどうかが問題の核心だと思っています。


米国の銃規制問題が生きた証拠です。


対して日本国憲法は、それが誰によって造られたものであろうと
憲法9条を設定していたことで、日本が米国の侵略戦争に参加させられるのを抑止することにことごとく成功してきました。
それで日本は70年間、どこかの国に攻められたでしょうか?
国際テロの標的になったでしょうか?
北朝鮮の拉致問題が起こったことは現状の憲法のせいではありません。
どんな知識人の主張よりも、この70年間の実績に価値があるんです。


織田信長の一銭斬りの頃、
犯罪抑止のために裁判も刑務所もなしで、すべての犯罪者を死刑にしました。


それで問題は解決した「ように見えました」。
ですが、今までの歴史を見れば、
安易な死刑制度はかえって問題を悪化させ、子々孫々に堂々巡りの負の遺産を残すだけでした。


一人の母親が苦労して生んだ命を、男だろうと女だろうと誰も奪うべきではないんです。


人殺しをしない、
死刑を認めない、
これらによって膨大なコスト増加が考えられます。
ですがそのコストを許容すべきです。


一緒に生きていく、
それ以外のマトモな選択肢はこれらからの人々には残されていないと思うんです。


日本が近隣の中国や韓国やロシアに対してとる態度にも同じことが言えます。
恨みを残したら負けです。


米国は人殺しを肯定しすぎているように感じます。
イラク戦争を教訓に、日本は米国の侵略戦争には二度と加担しないことを
いまはっきり示す時なのではないでしょうか。
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