七つの海、好きです。令和最初の曲は美しいものにしたくてこれを選びました。n0010



時間節約のためダイジェスト
06:30 金儲けのために使用しようとしたら能力を失った
12:00 突然キッチンに謎の侵入者が現れた



この方の動画がウケてしまい、参考になったので載せました。
ただすごいなと思ったのは、この方は視力がいいです。私だったらドレスの形状やアクセサリーや小物を詳細に見ることができません。「色」として捉えることがやっとです。視力も聴力も特化した方がいらっしゃいますね。そしてこの方のおっしゃる「守護神」は「守護霊」か「指導霊」の可能性が高そうだと感じています。なぜなら「守護神」は所属する団のリーダー格なので、日常の細々としたことをアドバイスする役回りではないからです。でも絶世の美女というくだりにはこの日のことがあり激しく共感しました。おそらく向こう側では顔をいじれるのではないでしょうか。失礼なこと言ってるかもですが、そのぐらい絶世なんです。n


「手をのばし、贈り物を受けとるがよい」
と、
神の心は呼びかけてきます。


でもあなたは耳を貸しません。心がいらいらと波立っているので、聖なる声の呼びかけが聞こえません。自分の人生の状況を見回し、あちこちアラ探しをしているうちは、神の無条件の愛に包まれていることに気づきません。
しかし、どれほど神からへだたっているように感じたとしても、あなたと神との距離は


思いひとつぶん


だけなのです。
たったいま、この瞬間に、あなたは救われます。


覚えておきなさい、友よ。
たったいまこの瞬間に、あなたは神の声に耳を澄ませるか、あるいは自分で作り出した無用な心理劇の泥沼にはまりこむか、です。たったいま、あなたは幸福になるか、人生の状況のアラ探しをするか、です。自分の思考によく気をつけていて、こうたずねなさい。


「わたしはたったいま、神の無条件の愛に気づいているだろうか」


ひとつ知っておくとよいことがある。絶対に何も信じてはいけない。絶対にだ。信じるということは、まだこれから体験を通して知り、理解していくことについて、あらかじめ確信を持ってしまうということだ。そして、信念はきわめて危険なものである。なぜなら、信念を持った状態では、まだ自分の存在の内面で真実として確立していないものに、自分の人生、自分の態度、自分の信頼をゆだねてしまっているからだ。そうなると、あなたはきわめて影響を受けやすい不安定な状態になってしまう。そして、その影響を受けやすい不安定な状態では、あなたは操られ、呪われ、非難され、さらには自分の命を失うこともあり得る。それもすべて、ただの信念のためにである。


知りたいことは、何であろうと、ただ知りなさい。ただ単純に理解を求め、自分の存在の内面のフィーリングに耳を傾けるだけで、あなたは知ることができるのだ。自分のフィーリングという叡智をいつも信頼することだ。


どんな教師の指示にしたがうのでもなく、自分自身でいることだ。なぜなら、あなたの「神なる自己」についてあなたに教えることができる者など、誰もいないからだ。つまり、彼らが教えることができるのは、彼らの「神なる自己」のことだけなのだ。自分の運命を成就するためには、本当の自分、あなた独自の自分にならなくてはならない。ほかの人間の生き方にしたがって生きようとすれば、あなたはけっして本当の自分にはなれない。あなたが誰なのか、そしてあなたの内面に宿るこの炎は何なのかを理解するただひとつの道は、自分自身の感情的な理解という真実を通してなのだ。


自分であるものをひたすら愛し、自分の内なる神に耳を傾けなさい。その神は、とてもかすかな声で語りかけてくる。


マハルシ 二元性と欲望の根本は外側へと向かう心です。


人は仕事を遂行する間、高次の力に自分自身を明け渡し、そのことを常に心に刻みこんで、けっして忘れてはなりません。そうするなら、いったいどうして得意になることができるでしょう? 彼は行為の結果に関心を持つべきでさえないのです。そうしたときにのみ、行為は非利己的となるのです。

(対話502)


人生の一日一日に目的があります。


テレビはたとえ故障していなくても、スイッチを入れない限り何も起きません。人は自分とテレビとの関係を明確に理解していますから、何も起きなくて当然だと思っています。そこで私があなた方に望むことは、テレビについてのすばらしい知恵のすべてを、もっと広い次元に応用し、「このすばらしい電磁流のスイッチを入れるのは、私の責任です」と宣言することです。


では、自分が本当に愛情深い人間かどうか、どうしたらわかるのでしょうか。あなた方にとって、その答えはあまりにシンプルすぎて、受け入れがたいかもしれませんが、こういうことです。自分の心をよぎるすべての人、自分の目の前に現れる人のすべてに対して、温かい思いやりの心とその人たちの気持ちを理解する心を持つことができたとき、その人は本当に愛情深い人ということができます。


相手は”神の大いなる光”で満ちているのだ、ということをつねに覚えていてください。そうした態度が、人の”存在”が持つ、言葉では表現できない神秘のなかから、愛の贈り物を引き出してくれます。あなたが彼らに贈り物を与え、その贈り物があなたのところに戻ってくるわけです。与えることと受け取ることは同じことです。あなた方はこの目的のためにおたがいを創造したのです。つまり、「本当の私たちは、自分たちが考えているようなものではない」ということを、おたがいに思い出させてあげるためです。



ディープラーニング


これだけは知っておきたい3つのこと


ディープラーニング(深層学習)とは、人間が自然に行うタスクをコンピュータに学習させる機械学習の手法のひとつです。人工知能(AI)の急速な発展を支える技術であり、その進歩により様々な分野への実用化が進んでいます。近年開発の進んでいる自動運転車においてもカギとなっているのは、ディープラーニングです。停止標識を認識したり、電柱と人間を区別したりするのも、ディープラーニングが可能にしている技術と言えます。また、電話、タブレット、テレビ、ハンズフリースピーカーなどの音声認識にも重要な役割を果たしています。近年ディープラーニングが注目を集めているのには理由があります。それはディープラーニングが、従来の技術では不可能だったレベルのパフォーマンスを達成できるようになってきているからです。


ディープラーニングの技術は、人間の神経細胞(ニューロン)の仕組みを模したシステムであるニューラルネットワークがベースになっています。ニューラルネットワークを多層にして用いることで、データに含まれる特徴を段階的により深く学習することが可能になります。多層構造のニューラルネットワークに大量の画像、テキスト、音声データなどを入力することで、コンピュータのモデルはデータに含まれる特徴を各層で自動的に学習していきます。この構造と学習の手法がディープラーニング特有であり、これによりディープラーニングのモデルは極めて高い精度を誇り、時には人間の認識精度を超えることもあります。


いかにしてディープラーニングはこれほど優れた成果をあげているのでしょうか。


ひと言で言えば、精度です。ディープラーニングは、かつてない高いレベルの認識精度に到達しています。高い認識精度は、家庭用電気機器の分野ではよりユーザの期待に応えることにつながります。また自動運転車のように安全性が最優先されるべき分野では、認識精度は何より重要な要素であると言えます。ディープラーニングは近年の進歩により、画像認識などのタスクにおいて、人間の認識能力を超えるまでになっています。


ディープラーニングが最初に理論として登場したのは1980年代ですが、近年になって注目を集めるようになったのには2つの理由があります。
1.ディープラーニングには大量のラベル付けされたデータが必要です。例えば、自動運転車の開発には数百万の静止画像と数千時間の動画が必要となります。これまでは、近年のように大規模なデータを入手することが容易ではなかったため、今ほど高いレベルの認識精度を実現できていませんでした。
2.ディープラーニングには高度なコンピュータの処理能力が不可欠です。高性能なGPUは、ディープラーニングに効率的な並列構成になっています。GPUをクラスターやクラウドと組み合わせることで、これまでは数週間を要したネットワークの学習時間を、数時間以下にまで短縮することができました。


ディープラーニングの応用例


ディープラーニングは自動運転から医療機器まで幅広い分野に活用されています。


自動運転:自動車の研究者はディープラーニングを使い、一時停止標識や信号機のようなものを自動的に認識させています。さらに、歩行者検知にも使われており、事故の減少に役立てられています。


航空宇宙・防衛:ディープラーニングは衛星から物体認識を行い、地上の部隊が安全なエリアにいるかどうかを判断するために使われています。


医療研究:がんの研究者はディープラーニングを使い、自動的にがん細胞を検出しています。UCLAの研究チームは、ディープラーニングの学習に必要な高次元のデータセットを作成する高精度な顕微鏡を構築し、正確にがん細胞を見つけ出しています。


産業オートメーション:ディープラーニングは重機の周辺で業務を行う作業者の安全性向上に役立てられています。人や物が機械の危険域内に侵入した場合、これを自動的に検出することができます。


エレクトロニクス (CES):ディープラーニングは、自動の音声翻訳に使われています。例えば、人の声に反応し、人の好みを学ぶことができるホームアシスタントデバイスには、ディープラーニングの技術が活用されています。


ディープラーニングの仕組み


ディープラーニングの多くの手法に、ニューラルネットワークの構造が使われ、そうした背景からディープラーニングのモデルは、ディープニューラルネットワークとも呼ばれています。


通常「ディープ」という表現は、ニューラルネットワークの隠れ層の数について言及しているものです。従来のニューラルネットワークでは隠れ層はせいぜい2~3程度でしたが、ディープニューラルネットワークは150もの隠れ層を持つこともありえます。


ディープラーニングのモデルは、大規模なラベル付けされたデータとニューラルネットワークの構造を利用して学習を行います。これにより、データから直接特徴量を学習することができ、これまでのように手作業の特徴抽出は必要なくなりました。


ディープニューラルネットワークで最もよく使われているのは、畳み込みニューラルネットワーク(CNNまたはConvNet)というネットワークです。畳み込みニューラルネットワークでは学習された特徴を入力データと畳み込みます。この2次元の畳み込み層が、このアーキテクチャを画像などの2次元データの処理に適したものにしています。


畳み込みニューラルネットワークでは、手作業での特徴抽出は必要ありません。画像分類に使う特徴量を探し出す必要もありません。畳み込みニューラルネットワークが画像から直接特徴抽出を行います。関連する特徴量は事前には学習する必要がありません。大量の画像データによる学習を通して学び取られます。この自動的な特徴抽出の仕組みにより、物体認識などのコンピュータビジョンのタスクにおいてディープラーニングのモデルは高い分類精度を持つことになりました。


畳み込みニューラルネットワークは、数十から数百もの隠れ層により、1つの画像に含まれる数々の特徴を学習していきます。層が進むにつれて、より複雑な特徴を学習します。例えば、最初の隠れ層ではエッジ検出など単純な特徴からスタートして、最後の層ではより複雑な特徴、特に認識したい物体の形状の学習へと進んでいきます。


機械学習とディープラーニングの違いとは?


ディープラーニングは機械学習のひとつの特殊な形と言えるものです。通常の機械学習のワークフローは、画像からマニュアルで特徴量を抽出することからスタートします。そして、抽出した特徴量を使って画像内の物体を分類するモデルを作成します。一方、ディープラーニングでは、特徴量は画像から自動的に抽出されます。また、ディープラーニングは「エンドツーエンドな学習」を実行できます。つまり、ネットワークは生の画像データと、分類など処理すべきタスクを与えられ、自動的にその処理方法を学習していきます。


もう一つの大きな違いは、シャローラーニングがデータの増加に対して性能が頭打ちになるのに対して、ディープラーニングではその性能がデータのサイズに対してスケールする点にあります。 bb ディープラーニングの大きな利点は、データが増えていくにつれ、しばしばその精度を向上させていくことができる点にあると言えるでしょう。


一般的な機械学習では、特徴量と分類器は手動で選択されるのに対して、ディープラーニングでは特徴量の抽出とモデリングは自動的に行われます。


機械学習とディープラーニングから最適な手法を選ぶ


機械学習には幅広い手法とモデルがあり、用途や処理するデータサイズ、解決したい課題のタイプに合わせて選択することができます。一方、ディープラーニングを成功させるには、データを高速で処理するためのGPUだけでなく、モデルを学習させるための大量のデータ(数千もの画像)が必要となります。


機械学習かディープラーニングを選ぶときは、まず高性能なGPUと大量のラベル付けされたデータがあるかどうかを確認して下さい。もしどちらかが欠けている場合、ディープラーニングではなく機械学習が適当と言えるでしょう。ディープラーニングは一般的に機械学習より複雑であるため、信頼できる結果を得るには少なくとも数千の画像が必要となります。より高性能なGPUがあれば、そうした大量の画像の学習に必要な時間はさらに短縮していくことができます。


ディープラーニングモデルの作成、学習方法


ディープラーニングを使用した物体認識には下記の3つの手法がよく使われています。


ゼロから学習する


ディープネットワークをゼロから学習するには、大量のラベル付けされたデータを集め、特徴量を学習しモデル化するためのネットワークを設計する必要があります。この方法は、新しい分野での応用や、出力するカテゴリ数が多い場合には有効ですが、大量のデータと学習時間が必要であることから、使用頻度はそれほど高くありません。通常、こうしたタイプのネットワークの学習には、数日から数週間といった長い時間を要します。


転移学習


多くのディープラーニングの応用では、学習済みモデルの微調整を行うタイプのアプローチとして、転移学習が利用されています。この転移学習では、AlexNetやGoogLeNetといった既存の学習済みのネットワークに対して、そのネットワークでは事前には学習されていないクラスを含むデータを与えて学習させます。その場合、学習済みのネットワークには若干の修正が必要となりますが、ネットワークの学習後には本来の「1000種類のカテゴリへの分類」の代わりに「犬か猫か」といった新しいタスクを行わせることができるようになります。この手法には、ゼロからネットワークを学習させる場合と比較して必要なデータ数がはるかに少なくて済むという利点があり(何百万ではなく数千の画像)、計算時間は数分から数時間程度に短縮されます。


転移学習では、既存のネットワークに対して切り貼りをしたり、新しいタスクに対して拡張を行ったりすることが必要となるため、ネットワークの内部構造にアクセスするインターフェースが必要となりますが、MATLAB®にはこうした転移学習を手助けするためのツールや関数がいくつも揃っています。


特徴抽出


やや一般的ではありませんが、ディープラーニングのより専門的な手法として、ネットワークを特徴抽出器として使用する方法があります。ネットワークのすべての層は画像からある種の特徴量を抽出する役割を持っているため、我々は推論の任意の段階でこうした特徴量を取り出すことが可能です。このようにして取り出した特徴量は、サポートベクターマシンなどの機械学習モデルへの入力として使用することができます。


GPUでディープラーニングモデルを高速化


ディープラーニングモデルの学習には、数日から数週間といった長い時間を要することがありますが、GPUを使うことで処理を大幅に高速化できます。MATLABをGPUと併用することで、ネットワークの学習に必要な時間を減らし、画像分類に必要な学習の時間は数日から数時間に短縮することができます。ディープラーニングの学習においては、MATLABを使うことで、GPUプログラミングの詳細を知らなくてもGPUを使いこなすことができてしまいます。 



「本から学ばない人」と「読書家」の致命的な差
齋藤孝「読書の効用は疑似体験にある」


前回、「スマホを『1時間以上』見続ける人が陥る悪循環」で紹介したように、現代人の多くはネットやSNSを利用しすぎる傾向があります。自分なりにルールを定めて、ネットにのめり込む時間を減らした次はどうするか? 私は皆さんに本を読むことをお薦めしたい。


「沈潜する」時間を持つ


旧制高校の学生が使った言葉で「沈潜(ちんせん)する」というものがありました。自己研鑽すること、自分を磨くことを「沈潜する」と表現したのです。とてもいい言葉だと思います。


忙しい毎日、膨大な情報洪水に流され浮遊するのではなく、「沈潜する」時間を持ちたい。本を読んで著者と一対一で対話する。あるいは自分自身と対話する。作品の本質に迫り、グッと自分の深い部分や心の奥底に沈んで潜っていく感覚です。そこにはネットでの画像や動画の派手さや、SNSで短い言葉が飛び交う喧噪はありません。


静かな無音の空間、ゆったりとした時間の中で他者と出会い、自分自身と出会う。実際、海で潜った人はこの沈潜の雰囲気をよく知っているのではないでしょうか。3メートルも潜ると、もう外界の音は聞こえません。わずかな光が差し込み、かえって太陽の光の存在を強く感じます。沈黙の世界の中で、ゆったりと泳ぐ魚に出合ったりすると、思わず声を上げたくなるほど感激します。


まさにそんな心と精神の中に沈潜すると、今まで聞こえなかったかすかな音や、わずかな光に気がついたり、新たな発見や出会いがあったりする。今の世の中、「沈潜する感覚」があまりにも少ないように思います。人間の精神の深いところへ沈み込み、今まで気がつかなかった自分の無意識の世界、内面の世界を改めて発見する。それが「沈潜力」です。


毎日の1時間を「沈潜する時間」に変えるだけで、世界は大きく変わって見えてくるのではないでしょうか。深い世界に沈潜するということは、時間をさかのぼることでもあります。


過去の偉大な人格に触れ、時代を超えたつながりを持っている人ほど精神が強くなる。今の時代だけを生きていると、ちょっと弱い。例えば、はるか2500年前の仏陀とつながっている人は、人類史上最強のメンターを得たということでもあります。当然それは心が強くなるでしょう。


人間の苦悩は四苦八苦と呼ばれ、生老病死の4つに、愛別離苦(愛するものと別離する苦しみ)、怨憎会苦(怨み憎んでいる者と一緒にいる苦しみ)、求不得苦(求めるものが得られない苦しみ)、五蘊盛苦(肉体と精神が思うままにならない苦しみ)の4つが加わる。


これらはすべて煩悩(執着)から生まれ、その執着をなくすことで苦しみから解放されると仏陀は説きました。人間がなぜ苦しむか? そのメカニズムを説明し、どう生きるべきかを体系的に説いたのが仏陀でした。


その教えを知ることで、迷いの心が少しずつクリアになります。なるほど自分が苦しんでいるのは怨憎会苦だなとか、求不得苦からきているなと冷静に分析できるだけで、苦しみはずいぶん楽になる。


村田諒太が『夜と霧』から得たもの


ボクシング好きならずとも村田諒太選手を知っていると思います。ロンドンオリンピックのミドル級で金メダルを獲得。その後プロとして日本人で竹原慎二さん以来、2人目のWBA世界ミドル級チャンピオンに輝きました。


私はスポーツ全般が好きで、ボクシングもよく観ます。村田選手の試合も見ましたが、日本人には不向きだといわれている大きな体格の階級で世界チャンピオンになったのは、とんでもない快挙だと思います。


その村田前チャンピオンが、影響を受けた本の1冊として『夜と霧』を挙げていました。この本によって練習の辛さや試合の厳しさを乗り越えることができたというのです。


ドイツに住んでいた精神科医のヴィクトール・E・フランクルは第二次大戦中、ユダヤ人として家族とともに捕らえられ、アウシュビッツに送られます。想像を絶する過酷な状況で命を落とす人、精神的におかしくなってしまう人など極限の状況が繰り広げられる。


ナチスの係官がユダヤ人の行列に向かって一人ひとりを指さし、お前は右、お前は左と指示する。片方はガス室で、片方はまだ働けそうな人間だとより分けている。係官の指先一つで自分の生死が決まる。


そんな話が次々に出てくる。全部実話であり、著者は家族の中で唯一奇跡的に生き残った。精神科医として、フランクルはその状況を客観的に克明に描きます。


人間の命とは? なぜ人間はこれほど残虐になれるのか? 同じ環境でも理性を保つ人とそうでない人の違いは? 極限状態の中で問いかけた著者の言葉は、もはや第一級の文学であり哲学書です。


村田さんはその本を読むことで、どんなにつらい練習でも、まだまだ自分は楽なほうだ、恵まれていると感じられたそうです。アウシュビッツの地獄に比べれば減量のつらさも練習のきつさも比ではない。


なるほど、日本人では難しいといわれたミドル級で世界を制した秘密はここにあったのか。私の中で腑に落ちるものがありました。極限状態の著者の体験は、明らかに村田選手の心を打ち、心身共に強くさせたのです。


読書の効用は「疑似体験」にアリ


読書の効用の1つに疑似体験ということがあります。本を読むことであたかもストーリーに描かれていることを自分が体験した感覚になる。


精神的に成長し人格を陶冶するためには、経験を積むことが不可欠です。とはいえ、1人の人間が実際に体験できることは限られています。そこで有効なのが本であり、読書です。読書によって自分が実際に体験していないことも、ある程度追体験することができるのです。


この世には普通の人間がなかなか体験できないことや、体験したら終わってしまうことがあります。先ほどのアウシュビッツでの体験など、私たちができるものではありません。


体験したときは死んでしまうときでもある。死なないまでも体験したら社会的に終わってしまうこともあります。各種の犯罪などはその1つでしょう。ただし人間なら誰しも、何らかの過ちを犯してしまう危険が潜んでいます。それを疑似体験することで過ちの世界の苦しみを知り、過ちを避けることができます。


本を読み、深い沈潜の時間を持つことで、通常ではできない体験をする──。先ほどの村田諒太選手もアウシュビッツという疑似体験を通じて、自分を強くすることができたということです。


疑似体験という言葉を使いましたが、よい文学作品、古典的な名作となると、もはや疑似を通り越して自分の実際の体験のように感じてしまいます。文章や構成にそれだけ説得力がある。ストーリーに必然性があり、描写もリアルに表現されているからです。


大事なことなので、繰り返しますが、SNSを断ち、1時間でいいので別の世界に沈潜してみる。古典や文学作品に当てる。すると、それまで知らなかった世界を知ることになります。それは単なる情報ではない、著者が培った生きた知恵、深い人格です。そのとき初めて、世界はこれだけ広く深かったことを実感するのではないでしょうか。

齋藤 孝 : 明治大学教授
2019/03/06 6:30


このままだと“令和経済”は平成より厳しいワケ


新しい元号が「令和」と決まりました。


4月1日、新元号の告知があった日に、私は大阪で生放送のテレビ番組に出演していました。さっそく、司会者から「令和(時代)の経済のキーワードが何になるでしょうか」と聞かれたので、「変革」と述べました。


これは、変革があってほしいという私の願いとともに、日本が大きなリスクを抱える中で、変革をしなければジリ貧となりマズい状況になるという危機感の現れでもありました。


令和の経済を予測するためには、まず、30年あまりの平成の経済を振り返る必要があります。


平成経済はバブルとその崩壊から始まった


平成の経済は「バブル」の最終期でした。平成元年(1989年)の最後の営業日は、日経平均株価が3万8915円の史上最高値を付けた日です。平成元年の年末頃には「翌年(1990年)には日経平均は4万円台まで上昇」と言われましたが、年が明けると一気に日経平均は下落、その年の前半には2万円台まで落ちました。バブル崩壊の始まりでした。


地価も下落しました。バブルの数年間で、都内の住宅地では地価が4倍程度に上がったところもありました。それが平成に入り一気に元に戻るという急降下をしたのです。銀行は、不動産を担保にお金を貸していたので、「担保切れ」という融資が急増しました。金融界全体で100兆円もの不良債権を抱えてしまったのです。


それでもしばらくは何とか耐えてきましたが、結局、平成9年(1997年)11月には三洋証券、北海道拓殖銀行や山一証券が一気に破綻、翌年には、日本長期信用銀行や日本債券信用銀行などが相次いで破綻するという未曽有の金融危機を迎えました。結局、大手行の再編で、現在の3メガバンク体制になりました。


戦後最長の景気拡大とリーマンショック


金融危機で大きく体力を落とす中、日本経済にとってまたとない幸運が訪れました。米国では、普通なら貸せない低所得者にまで融資する「サブプライムローン」が開発され、その結果、住宅バブルが発生しました。それに伴い、米国経済の約7割を支える個人消費も年率7%台の伸びも記録しました。


また、ほぼ同じ時期に、欧州では通貨ユーロ登場によるバブルが発生しました。それまでは経済的に弱いスペインやイタリアは高金利だったのですが、ユーロが導入されたおかげで、金利が下がり、スペインでは住宅バブルが、イタリアでも高級車の輸入が増加しました。


そのおかげで、輸出国のドイツなども大きな恩恵を受け、EUは実力以上の成長をしました。当時の世界の2大市場である米国とEU経済にバブルが発生したのです。


さらに、そのおかげで中国経済が10%程度の成長を続けたのです。中国にとって米国やEUは大きな貿易相手地域ですから、両地域の成長は、中国経済にもとても良い影響を与えたのです。そのことが、瀕死の日本経済にも恩恵を与えました。日本からの中国への輸出や投資が急増したのです。平成14年(2002年)から19年(2007年)まで、成長率は低かったものの、戦後最長(当時)の景気拡大をしたのです。


しかし、バブルはしょせんバブルですから、バブルの崩壊が世界経済を襲ったのです。平成20年(2008年)にはリーマンショック、その後は世界同時不況やユーロ危機と、世界経済は大きな危機を迎えました。もちろん、日本経済も大きく後退しました。


避難通貨として円が買われたことで円高となりグローバル企業の業績がさえず、また、民主党政権の出現と経済政策の停滞、さらには、平成23年(2011年)3月の東日本大震災などにより、日経平均も一時、7000円台まで落ち込みました。


「異次元緩和」という時限爆弾


平成24年(2012年)12月に自民党政権が復活し、翌25年(2013年)4月からは「異次元緩和」とまで言われた日銀の金融政策が始まったのです。当初2年間で、インフレ率を2%にまで上昇させるということでしたが、なかなかそれはかなわず、緩和を拡大しながら、マイナス金利政策まで導入していますが、結局開始から6年たっても、インフレ目標は達成できていません。


その間、今年の1月まで景気拡大が続いていれば、平成14年~19年までの期間を抜く「戦後最長」の景気拡大となりますが、こちらは、金融緩和という「カンフル剤」の影響とともに、主には、リーマンショック後に成長を続けた米国や中国経済の拡大に支えられた部分が大きいと私は考えています。


異次元緩和開始時135兆だったマネタリーベースは500兆に


そして、何よりも注意しなければならないのは、平成25年(2013年)の異次元緩和開始時には135兆円だったマネタリーベース(日銀券+日銀当座預金)が、なんと現時点で4倍近い500兆円にも達していることです。


それだけじゃぶじゃぶに資金を供給しているのです。


その裏では、政府が発行する国債の半分程度にも上る470兆円以上の国債を日銀が保有しており、さらには、日本企業の株式も大量に日銀が保有しています。非常に大きなリスクを日銀が取っているのです。一方、それをいいことに、政府が国債残高を増加させています。対名目GDP比の財政赤字は約200%と、先進国中最悪です。


一方、金融機関はマイナス金利で疲弊しています。特に地方の金融機関は、有力な貸出先が少ないうえに、余った資金を国債で運用できないということもあり、収益力を大きく落としているのが現状です。


考えるだに恐ろしい“令和経済”のジリ貧


短期的には、米中摩擦などがあり、また、景気循環的にも米国や欧州経済もそろそろ拡大が終わってもおかしくない時期です。中国経済も強力な経済対策を採っているものの、以前のような力強さはありません。そうすると、中国や米国経済に大きく依存する日本経済にも少なからぬ影響が出ます。しかし、その際には、日銀は、もうほとんど打つ手はありません。マイナス金利を「深掘り」しても、金融機関がさらにしんどくなるだけで、効果も大きく期待できません。


そして、もう一つ認識しておかなければならないのは、中国経済が長期的にも成長率を落としていくということです。一人っ子政策のせいで、2011年以降、労働力人口が減少を続けており、そのせいで成長率が鈍化しているのです。今後も鈍化する可能性は高いでしょう。これは日本経済にも影響を与えることは必至です。


こうした環境の中、令和が始まるのです。


気分的には、新しい元号や来年の東京オリンピックで気分を大きく変えたいところですが、平成の時期に、世界の中での経済の地位を大きく落とした日本経済が、リカバリーを果たすのはそれほど容易でないことは想像に難くないことです。


10月には消費税導入も控えています。もちろん、AIやロボットの発達など、明るい材料もありますが、人口減少や高齢化はますます進みます。多少の犠牲を伴う、徹底的な「変革」が待ったなしで必要なのではないでしょうか。


日本の医者が"効かない薬"を処方する理由


米国には「ムダな医療」を列挙したリストがある。医学会が「不必要と思われる医療行為」を自ら発表しているのだ。一方、日本ではこうした動きはみられない。医療経済ジャーナリストの室井一辰氏は「日本こそ、ムダな医療を解消するメリットは大きい」という――。
※本稿は、室井一辰『続ムダな医療』(日経BP)の一部に加筆、再編集したものです。


多くの人が医療機関に怒りを感じている


私は20年近く、医療や生命科学などの世界で取材と情報発信を続けてきました。私のこうした立場は家族や友人、知人には知られており、ときおり病気の相談を受けてきました。


2019年になってからも「病院を3カ所ほどハシゴして診断がつかないが、どうすればいいのか」「臓器に腫瘍があるそうで、今度手術だという。どう判断すれば」などの話を受けたばかりです。


いろいろ話を聞いていると、想像以上に多くの人が散々な目に遭っている。さらに言えば、医療機関に怒りまで感じていることがある。そう気がつかされてきました。


身近な人が病気になると、いまではまず、インターネットを使って医学的な知識を深めようとする場合が多い。インターネットにはあらゆる情報があふれています。ですが、玉石混淆の膨大な情報の海の中から、正しいものを見つけるのは困難を極めています。


日本語の医療情報は、基本的な情報は多いのですが、専門性の高い、本当に悩む人にとって役立つ情報は乏しいのです。結局、疲れ果て、私のところに相談に来ている。基本的に、そういう流れで話を受けることが多くなります。そうした国内外の情報充実度の格差に問題意識を持っていました。

2019.4.20
小宮 一慶
PRESIDENT Online


「ムダな医療」を列挙するリスト


そんな中で、2013年、私は米国で、「チュージング・ワイズリー」という、世界的にも一目置かれる医学会が「ムダな医療」を列挙しはじめる動きに気がつきました。ウェブから確認できて、250項目ほども掲載されるリストが項目を増やし続けていたのです。その内容は微に入り細をうがつ、一般向けにも参考となるものなのに、専門性の高い内容でした。


「日本では有用な情報を得ることが難しいのに、これだけ突っ込んだ情報が医学会から出されているのは衝撃的だ」。疑問のないまぜになった好奇心が募り、それから私はムダな医療について考える日々を続けてきました。


では、そもそも医療のムダとは何でしょうか。日本の医療のムダを考える上で、まずここでの定義を確認しましょう。


一つは、デメリットがメリットを上回るような医療行為が行われている場合はムダと言えます。ある意味ではすべてのムダな医療行為に当てはまることです。


たとえばCT検査の問題を考えていただくといいでしょう。検査によって得られる情報の価値よりも、放射線被ばくによる発ガンリスクの上昇の方が問題視されるような場合。こうしたケースはじつは数多くあります。さらに、検査後の診断が誤ってしまうと、患者は不必要な精密検査や治療を強いられます。一見すると有用に思える検査も、場合によってはデメリットが大きくなり、結果としてムダと考えられるのです。


抗生物質は「ウイルス」には効かない


さらに、2番目は、メリットがそもそもないケースです。メリットよりデメリットの方が大きいので、ある意味において1つ目と重複しています。ですが、ここでは分かりやすく考えるためにあえて分けています。たとえば、細菌にしか効かない抗菌薬を、ウイルス感染の治療に使うようなケースです。この場合、抗菌薬を使うメリットは皆無となります。


よく勘違いされるのですが、抗菌薬、いわゆる抗生物質は、細菌に効果を発揮するものでウイルスには無効です。抗菌薬を必要以上に使うと、耐性を持つ細菌を増やす恐れもあり、海外では「スーパーバグ」という名で問題視されています。日本でも院内感染による死亡の原因が、スーパーバグである事例も多数発生し、社会問題になっています。抗菌薬を多用して院内感染が広がると、ムダな医療が患者を苦しめたとも解釈できます。


最後に3番目は、デメリットが大きすぎる場合。こちらはメリットをデメリットが大きく上回るという意味では1番目と重なりますが、この場合はムダという言葉のニュアンスがより強いと考え、2番目と同じように分かりやすさの観点から、別にしています。


たとえば、良かれと思っておこなった医療が、結果として患者に無視できない負担を強いるような場合です。典型的なのは延命治療。患者が口から食事をできなくなったとき、本人が希望していないのに胃に管をつないで、栄養液を定期的に注入して生きながらえさせるようなケースがあります。人間の尊厳が置き去りにされたまま、命をつながれる高齢者は日本でも多いのです。場合によっては、デメリットしかないのではないかと思える部分もあります。


「何もされないのは心配」とムダな医療を求める


なぜムダな医療が生じるかというと、なにも医療従事者が患者を貶めるためにやっているわけでは、もちろんありません。


一つは、医療従事者が知っていてやっている場合があり得ます。健康に大きな影響が及ばない範囲で、収入を増やそうという経営的な目的、万が一病気を見逃したら問題になるといったリスク回避で行われる可能性があるのです。


また、もう一つは、医療従事者が知らずに行っている場合もあるでしょう。医療は日進月歩。これまで必要とされていた医療が、不必要となるケースさえあり得ます。そうした進歩を知らずに、無用な医療が行われることもあります。ある病気に、これまで使われていた薬が効果を示さないと新たに判明することはよくあるのです。医療従事者も膨大な情報を常にウォッチできるわけではなく、これは仕方ない部分はあると考えています。


一方、患者側も安心材料としてムダな医療を求めることがあります。医療従事者は無用と思っていても、患者が何もされないのは心配だと、求めてくるのです。それに応えざるを得ない問題もあるでしょう。ただそんな医療の中には、メリットよりもデメリットが大きいこともあります。結果として、ムダになっているわけです。


こうした要因が組み合わさって、医師が無意味な薬を処方することがあります。「念のため」「求められるから」などの"言い訳"がつけられて。


日本の医療全体を統率する仕組みが乏しい


より構造的な問題もありました。専門家が良く言えば自由自在に、悪く言えば無手勝流で医療を行える「お手盛り医療」が当たり前になりやすい環境があったためです。


2011年、世界的な医学誌として知られる『Lancet(ランセット)』誌で、東京大学教授の橋本英樹氏らが、日本の医療の特徴を次のように解説しています。「自由放任主義的なアプローチを取ることを医療政策の基本方針としてきた。その結果、医師や病院などの専門家集団のガバナンスが弱く、説明責任が十分果たされてこなかった」。


その上で、日本の医師の診療について「医師が専門学会や病院ではなく、出身大学の医局に帰属意識をもつ傾向がある。医師の診療パターンは、出身大学の医局・教授の流儀によって特異的に形作られる傾向がある」と指摘しています。


日本の医療全体を統率する仕組みが乏しく、個々の集団が独自に医療のやり方を決めるという仕組みは、地域に合わせた医療を提供する意味ではよいですが、無益な医療を是正しづらい仕組みにもなり得ます。ムダな医療が甘受されやすい構造と私は考えています。


また、日本では半世紀以上「国民皆保険」を保ってきました。一般に医療に自由にアクセスできる点は良いのですが、過剰な受診につながりやすく弱みともなってきました。患者の負担が低く抑えられたために、受診のハードルが異常に低く、過剰な医療が生まれやすい土壌につながったのです。


退院させるべき高齢者を長期にわたって入院させていた


典型的にこうした構造の副作用が出たのが、「社会的入院」だと考えています。


日本では、昭和の時代、社会的入院と呼ばれる必要性が乏しい入院を続ける患者を大発生させたことがありました。1973年から9年間、70歳以上の高齢者の医療費を無料化したことが発端となりました。高齢者の医療や福祉を充実させて、健康な人を増やすだけであればよかったのですが、副作用は大きすぎました。過剰な医療行為が野放しになり、なかでも退院させるべき高齢者を長期にわたって入院させるケースが横行してしまったのです。


1985年には入院の長期化を問題視した国は、都道府県ごとに人口当たりの病院のベッド数を規制することにしました。ですが、必然的だったのだと思いますが、駆け込み需要を生み出してしまい、病院のベッド数をかえって20万床も増やす結果になったのです。


現実としては、入院を増やすと、医療機関の経営にとってはキャッシュフローが安定します。現金収入が増えれば、当面はつぶれづらくなります。これが平成から令和の時代まで引きずる過剰な入院患者を抱える日本の問題につながりました。


精神疾患に対して「安易に薬を出す」構造


患者側の負担がないという経済的な要因が大きいですが、「医師や病院などの専門家集団のガバナンスが弱い」という弱点も影響したと考えます。入院の必要性について専門家集団が統制を利かせる仕組みがあれば、もっと歯止めが利いた可能性はありました。これは象徴的な出来事だと考えていますが、高齢者に限らず、かつては今よりも医療費の自己負担は低く抑えられていました。そうした構造的な欠陥はムダな医療の温床となったと考えます。


結果として、ちょっとした頭部の外傷で、子供に対して放射線の強いCT検査を行ったり、精神疾患に対して安易に薬を処方したり、医療機関の間の情報共有が乏しいままに、ムダなドクターショッピングを引き起こしたりする、日本らしいムダな医療のまん延も招いてきたと想定しています。


米国で同時発生的に起きた「ムダな医療の発表」


そんな問題意識を抱えつつ、日本での情報過疎を嘆いている中で、2013年、私は米国で「同時発生的に起きていた一つの動き」に気がついたのです。世界的にも権威のある医学会が、自らムダな医療を発表し続けるという動きでした。


たとえば、ガンの分野では、世界的にも影響力の強い米国臨床腫瘍学会。消化器の領域でも同様に影響力の大きな米国消化器学会、精神では世界の診断基準を示している米国精神医学会。さらに、米国心臓病学会、米国産科婦人科学会、米国小児科学会など。世界に一目置かれる医学会が「不必要と思われる医療行為」を自ら発表していたのです。いったい何が起きているのかと、私はこの活動に引き込まれました。


震源地は米国のフィラデルフィアにある、公的な団体、米国内科専門医認定機構財団(ABIMファウンデーション)という組織でした。ここが米国の医学会を束ね、ムダな医療を発表していく「チュージング・ワイズリー・キャンペーン」という活動を進めていたのです。


「腰痛にMRIは必要ない」「経口避妊薬に身体検査は不要」


必要性が疑われる医療行為を「5つのリスト」として公表していました。「子供にCTを取ってはならない」「精神疾患に安易に薬を出すな」「腰痛にMRIは必要ない」「爪水虫に飲み薬を使うな」「経口避妊薬を出すときに身体検査は不要だ」など、専門的な指示を出していました。


見ていくほどに、私には「衝撃のリスト」という表現がふさわしいほどの影響力の大きなものに感じられました。そうして5年後の2018年9月には米国の本部であるABIMファウンデーションにまで取材に行くに及びました。


取材を経て、米国に存在している、日本と共通した、ムダな医療をめぐる問題意識に突き当たったのです。日本に存在している構造的な欠陥は共通していないものの、ムダな医療をなくそうと国家レベルで動こうとしていたのです。


米国では医療行為の「価値」に目を向ける動きが強まっていたのです。「バリュー・ベースド・メディシン」、すなわち価値に基づく医療と呼ばれる動きです。医療行為が実際に利益を生むかどうかを重視されるようになっています。


この分野をリードする研究者で、チュージング・ワイズリーに関する論文も複数発表している、米ハーバード大学公衆衛生学教授、メレディス・ローゼンタール氏は「医療行為の価値を高めようと政府や保険会社などが動いている」と語っています。


そうした大波の波頭にチュージング・ワイズリーが姿を見せており、私はそれを見つけていたのでした。米国ならではの医療保険事情の変化、医療費の逼迫(ひっぱく)、医療制度の変革などの動きから学ぶこともありました。なぜ米国医学会が自ら一見首を絞めるかのような動きを見せているのか。取材では、世界的な医学誌であるLancet誌においてムダな医療が大々的に論じられ、その撲滅に向けた対策が提案されていることも確認しました。そうしてチュージング・ワイズリーの背景にある謎を解いていきました。


日本は「ムダな医療」解消による伸びしろが大きい


医療費全体の規模を見ると、日本よりも米国の方が圧倒的に大きいものです。ですが高齢化の進行度合いは日本の方が深刻です。国際連合のデータによると、2010年の段階での65歳以上の全人口割合は、米国が13.0%に対して日本は22.5%と大差。なお、2020年の見通しでも、米国が16.6%に対し、日本は28.2%です。依然として大幅に日本の高齢化の問題は深刻になっています。


チュージング・ワイズリーには、すでに550項目ものムダと考えられる医療行為が列挙されています。示されるムダな医療は年齢が高い層に関わるものも多いです。日本の方が、ムダな医療を解消した場合の伸びしろは大きい可能性もあります。


前述の通り、国際的な潮流としては、医療の価値を高めていくことも求められています。一例を挙げると、米国では、医師が生み出した価値に基づいて、医師の給与をコントロールする仕組みが始まっているのです。ここでも日本が遅れを取るべきではないでしょう。


患者は医療を疑ってもいい


先に紹介したLancet誌では、ムダな医療を生み出す要因に、医療従事者側の要因として「科学的な根拠は、実際の診療の経験と食い違っていると考えがち」「医療従事者の数字音痴」などとあるほか、患者側の要因として「医療が正確だと考えがち」「医師の専門性に疑いを持たない」「患者側が責められるのがいやで医師に質問しない」という説明がなされています。患者は医療を疑ってもいいのです。むしろ、疑うべきだといってもいいかもしれません。そこから、自分自身の問題として医療について考えることを当たり前としていくことが重要です。


良かれと思って行う医療にも、落とし穴が潜みます。日本も手盛り医療の問題を解きつつ、ムダな医療に別れを告げ、医療の価値に目を向ける。そうした時期に来ているのではないでしょうか。


チュージング・ワイズリーに示されている、医療行為を「賢く選ぶ」ための具体的なリストは、拙著『続ムダな医療』(日経BP)をご覧いただければ幸いです。2014年刊行しました『絶対に受けたくないムダな医療』(日経BP)と、あわせて約550の「ムダな医療」のリストを掲載しています。また、2019年には、より易しくチュージング・ワイズリーを解説した入門編としての新書『世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術』(洋泉社)もお出ししています。ご自身、または身近な人の健康、あるいはこうした領域についての知識を深めるためにご活用ください。

プレジデントオンライン
室井 一辰
2019/04/24 09:15


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