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咲き誇る大輪の花は真実の感覚を暗喩しています。


1,神(創造主)または神界を愛している
(忘却している場合は2番のみ)
2,自分(現時点の自己像)を愛している
(他人を嫌いな自分を受け容れること)


大切な条件はこの2点だけ。1番の必要性が思い出せない場合は、2番の自己受容のみを徹底します。他人に責任転嫁せずにありとあらゆる点で「自分の中の過ちや罪悪感を見たくないと感じている自分をゆるす」こと。外側が間違っていると感じているのは、すべて責任転嫁です。


「入口(思考を潜ませない今この瞬間)」と「深度(意識の深度)」は別です。この日記の覚醒の定義は下記の3つを満たしたものだけを想定しています。


1,一瞬たりとも怖れや怒りを感じることがない
2,一瞬たりとも絶対的幸福感以外感じない
3,意識的な選択が一切ない


真実の根源は「ひとつ」で、これをこの日記では「虚空」と呼びます。絶対的に静止しています。「全てを包括する意識の究極的、潜在的な可能性」であり、その一時的表現が私たち純粋な目覚めた意識になります。私たちは本質として虚空ですが、現在は一時的にかたちがあり、動くものとして創造の表現を続けています。


・スクリーン(無=存在・意識・至福)←全員の本当の形なき姿「虚空」
・映像(愛の顕現神)←私たちは分化した愛の神「皇」の一部「個の神」


この創造の喜びをわたしと、一(いつ)なる者Fioraは炎(ほのお)と呼んでいます。無限の愛・無限の歓喜・無限の自由を感じている意識状態です。
深度は脇において、同じ海を指す場合に「大いなる愛の光」という表現も多用しています。


特殊なことばかり書いてるかもしれませんが、特殊な経路など一切必要ありません。
それよりも愛を最優先する人物か、「なんだかんだで二番にしてしまう人」なのか、霊性を思い出すにはそういう違いのみだと思います。
わたしも昔は愛=やさしさだと思っていましたが、愛とは自分の尊厳も兄弟姉妹の尊厳もひとつながりで大切にする「デフォルトの」あり方です。


私が8歳の時、俗に言う至高体験がありました。
突然『全てが一つ』だと感じ、全てが肯定され、それまで自分だと思っていた自我が消え、
『無限の愛・無限の歓喜・無限の自由』に包まれました。


その時初めて本当の意味で無限とは何かを知りました。


60トンの金の延べ棒があったとします。これを全て今差し上げますと言われたら普通は大喜びします。宝くじに当たったのと同質の喜びです。ですが、人間が本当の意味で求めているものは、これではないこともその時知りました。


世界の背後にこの上なく優しい真実は、実在しています。
大いなる愛。大いなる歓喜。大いなる自由。嘘みたいな現実がそこにはあります。


私はその8歳時の至高体験を数十回繰り返し体験してきました。
感覚は常に同じで、『無限の愛・無限の歓喜・無限の自由』でした。


12歳の時点で『虚空』があらゆるものの超越と浸透であることを思い出しました。
『無と有を超越する実在』こそ、人の本質であることを思い出しました。「気づき」ではありません。言葉では表現できないという意味の「気づきではない」ではなく、実際に「気づきではない」です。


人の本質とは『虚空』とでも呼ぶべきもので、無限で永遠不滅の純粋な覚醒です。無限という意味は果てがないだけではなく、それが誰にでも目に見えるかたちで『いまここ』に浸透しているということです。無限というのは『いまここ』です。今あなたがどのような苦境に立っていようとも、今その場所その状況に『純粋な覚醒』つまりあなたが浸透しています。


人間とは、虚空が「人間のフリ」をしている一時的状態に他なりません。全ては、この虚空の「中」で起きており、空間の中で物質が生起し消滅しています。これは眠る時に見る夢に等しく、本当はこの虚空だけがあり、他にはどんな実体もありません。


夢を見ている私たちにとっては非常にリアルに見える世界なのですが、他人というのは存在しません。この世界はあなた(虚空)一人だけしかいません。親も子もいません。自分が自分から逃げるフリをすることはできますが、自分から逃げることは結局できません。どこにも分離はないからです。誤解し続けることもできません。


今は「夢」を見ている途中なのです。


全員救われることが約束されている、だから未来は大丈夫なのだ、ではなく、元々わたし達は「分離したことが一度もなかった」事実を疑いようもなく思い出し、今までもこれからも未来永劫大丈夫なのだと悟るのです。


花はつぼみから満開となり枯れます。ところが純粋な覚醒はいつも満開なのです。


永遠に『咲き誇る大輪の花』なのです。


私が見たものは全て主観的な事実です。あなたを騙すどんなメリットも私にはありません。あなたが私の書くことを信じる必要もまったくありません。そのスタンスを最初にご理解いただきたくお願い申し上げます。


このブログで扱う用語の定義について予めご説明しておきます。


至高体験(悟りの一瞥)とは一時的な覚醒を意味します。持続時間は数分~数日です。
覚醒(悟り)とは名前のない唯一不二である『虚空』に在ることです。これが出来ている人物が完全覚醒者(悟りを啓いた者)です。つまり全員原初から完全覚醒者です。この地球では70億人の全員が完全覚醒者です。私たちにできることは覚醒していないフリを今することだけです。このフリを忘れた場合、最初から覚醒していることに気づいてしまいます。


というのが本質的な話で、実際には人としての完全覚醒とは「一瞬たりとも怖れや怒りを感じることがない、一瞬たりとも絶対的幸福感以外感じない、意識的な選択が一切ない」状態をこの日記では想定しています。人生において、あらゆる陰に直面しない限り、そこに至るのは簡単ではないと思います。nobodyはそれとは程遠い普通人です。


フィオラが使う独特の語彙も記録しておきます。
フィオラとはnobodyの背後に顕れた意識存在です。
※個人化した魂”星”については、虚空の一時的創造形態と解釈ください。私達の本質が虚空そのもののため、全員不死です。


愛=わたしはあなたとともにある。
第一の扉(だいいちのとびら)無条件に今自分を許すこと。今ありのままの(怖れや誰かへの怒りや嫌悪を抱えている)私を愛しているか?
源球”皇”と愛のリンクを回復する最初の扉。
円舞(えんぶ)星を再確立し、つねに愛(全体)の呼びかけに応えるというフィオラが最重要視するあり方。存在するすべて、宇宙全階層のグランドデザイン。中心に源球”皇(愛)”がありその周囲を無数の”星(個人化した魂・人間及びあらゆる意識存在を含む)”が衛星のように回転している。ヒトの肉体とも相似しており、星(魂)は丹田、皇(愛)は胸中心奥に位置する。自分の受容の貫徹。丹田(へそ上4センチ)星から生きるあり方。わたしは愛されるに値しないという、あらゆる攻撃の根源になる思い込みを手放しているあり方。
止観(しかん)わたしだけが止まっている。思考のみない状態でもわたしは生きているか?発覚にとどまる。


フィオラのよく用いる九字
陰(オン)人と人の集まり。不快感。感情。物質界の存在理由。
白(しろ)虚空。生きている無・ありつづける無。潜在的可能性。純粋な覚醒。創造のキャンバス。より高く、安定しているもの。覚醒の最高境地。
皇(すめらぎ)源球。愛。神のなかの神。原理。世界樹。祝詞の対象。
星(ほし)魂の本質。個性の波。惑星のような球体の形状でへそ上4センチに位置。
炎(ほのお)無限の愛・無限の歓喜・無限の自由。
竜(りゅう)12チャクラ(竜巻)竜の道。
窓(まど)意識の焦点。世界=観測。
橋(はし)内と外の架け橋、呼吸。
砦(とりで)防衛意識。攻撃は全てここから生まれる。悪人はいないが、砦がある。


唯一不二である『虚空』も名前ではありません。カタチもありません。概念が及びません。始まりの前にあり、終わりの後にある、原初の可能性であり、世界、宇宙、全ての唯一不二である絶対的実在のことです。この実在以外には世界には何も存在しません。たくさん存在するように見えるでしょうが、それは幻です。実在は一つだけです。山頂の無とはこの虚空のことです。無と呼ぼうが、空間と呼ぼうが、豊満(ブーマン)と呼ぼうが、概念が届かず名前がつけられないので変わらないのです。


虚空を見つけようとされている方へ。鍵は最初から一人一人の中にあります。外部の人やモノや状況に頼る必要は全くないことを最初にお伝えさせていただきます。なぜなら、あなたが虚空だからです。あなたが認めなくてもあなたの周囲も全て同じ虚空です。他人に見えるのは全員あなたの別の側面です。


更新は毎夜0時です。この日記で扱う画像など素材に関して何か問題がございましたらご連絡ください。その他この日記をご訪問くださった方は何かありましたらいつでもご遠慮なくお声がけください。コメントは承認なしで即反映されます。本文のみ記入しての匿名投稿でもまったく構いませんのでお気軽に。


一期一会と言います。
ご訪問くださり、本当にありがとうございました。
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お礼

nobody様

ブログへのコメントありがとうございました。

自分のブログは、更新している時でもあまり人が来ないブログです。

現在は、アカウントが消されないようにたまにリンクを貼って更新しているだけでした。

そんなブログですがお礼をいただき、こちらこそ感謝しています。

自分の場合も、誰にも話すことが出来ない経験を長いあいだ自分の中にしまっていた経験があります。

と言っても、今でも話を出来るようなひとはまわりにはいないのですが(笑)

kosumosu 2013/01/08(Tue)21:05:36 編集
Re:お礼
kosumosu 様
遊びに来てくださりありがとうございます。
kosumosu 様の目の確かさをいつも尊敬していました。ぜひここを訪れる方にもkosumosu様の記事の数々を見ていただきたいので、リンクをお願いに改めて伺います。
【2013/01/09 22:20】
申し訳ありません。

相互リンクについてですが、実は自分のブログは放置状態と話したように、自分でも滅多にブログにログオンしていない状態です。

そんなブログなので、nobodyさんのようにどんどん記事を更新されているブログにリンクを貼らせていただいくと失礼が増えてしまいそうなので相互リンクはお断りさせて下さい。

今の所、この手の事柄に対する興味がまったく無くなってしまいました。

申し訳ありません。

kosumosu 2013/01/09(Wed)19:38:29 編集
とんでもないです
kosumosu様^^
こちらの勝手なお願いですので、こちらこそお手間をとらせてしまい申し訳ありませんでした。

ただ、私はkosumosu様の記事の価値を信じておりますので、私が言葉を変えて、ここを訪問される方にほんの少しずつでもお伝えしていくつもりです^^
本当にありがとうございました。
【2013/01/09 22:16】
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