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眠り
(1)心は生きている
(2)忘却の内に沈んでいる
ケーヴァラ
(1)心は生きている
(2)光の中に沈んでいる
(3)縄に結びつけられた桶が井戸の中に沈んだような状態
(4)桶に結ばれた縄で引き上げることができる
サハジャ
(1)心は死んでいる
(2)真我の中に融け去った
(3)海の中に流れ込んでアイデンティティを失った河のよう
(4)ひとたび海に流れ込んだ河がもとに戻ることはできない

(対話187)


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体の死は、眠りに入るのに似ている。スピリットが魂を呼びよせると、魂は「シール」、あるいは「チャクラ」と呼ばれている体の中のエネルギー・センターを通りながら上昇していく。魂とは記憶であるが、それは、頭の中心に位置する最後のシールである第七シール、すなわち脳下垂体と呼ばれる部分を通って体の細胞組織から離れていく。魂がここを通過するとき、しばしば風の音を聞きながらトンネルを通過するような感じとして体験される。トンネルの向こうに見える光が、あなたの存在の光、あなたの存在のスピリットである。魂が体を離れると、体はその役目を終え、その存在は自由な「魂としての自分」になる。これはほんの一瞬の間に起きることで、痛みはまったくない。


死の瞬間、すべては光り出し、恐ろしいほど明るくなってくる。なぜなら、この天界から去る瞬間、あなたは物質の濃密さから抜け出し、光の存在に戻るからだ。そこでのあなたは強力なマインドと感情だけの存在で、光の体があなたの体となる。そして、自分の光の体を通して受け容れた思考によって、その電気的な状態が変わるのである。そこからは、あなたは七つの天界のうちのひとつに行くことになる。あなたがどの天界に行くかは、この天界にいたときに感情的に表現されていた態度によって決まるのである。


「気づき」あるいは「意識の理解レベル」にも、七つの段階がある。その七つの理解とは、「生殖と生存」、「恐れと苦痛」、「力」、「感じる愛」、「表現する愛」、「すべての生命の中に見える神」、そして「私は神である」だ。


この天界、この天国は、「見せる天界」と呼ばれている。なぜならここでは、自分の創造的な力、そして感情という形で表現している自分のどんな態度であろうと、それらを物質の中に見ることができるからだ。この天界は、七つの中でただひとつ、暗闇がその上をおおっている天界であり、光の音楽を耳にできないただひとつの天界でもある。ここに生まれてくる存在たちは、偉大なる「知っている状態」から生まれてきながらも、結局は、社会意識のプログラミングを受けて「何も知らない状態」へと追いやられてしまうのだ。それがここで起こることである。そして、この天界で先に進むのがしばしば非常に困難なのも、やはりこのためである。


私はこれから、ある天界のことを話そう。もしあなたがその天界を見れば、その場所はあなたの内面に深い悲しみをもたらすことだろう。そこは、意識の第一レベルと第二レベルで自分を表現している。たくさんの存在たちがいる天界だ。そこは平野のような場所で、平らである。そこには何があるのだろうか?そこでは山々や川、草や花や空を、光の形で見ることはできない。何十億という存在が、その光の化身のまま横たわり、無限に続く列をなしているのが見えるのだ。彼らはそこに、眠っている状態で横たわり、自分たちは死んでいるという幻の中に生きている。なぜなら彼らは、死後の生は存在しないということを頑なに信じているからだ。彼らの思考は、今でも生きていて、磁気を発し、強く律動し、活発なエネルギーを持っているにもかかわらず、彼らは自分が死んでいると思い込んでいるのだ。本当はまだ生きているにもかかわらず……。このことを憶えておいてほしいのだが、どんなことであろうと、われわれが何かを固く信じれば、われわれはそれが真実であると確信してしまうのである。そして、われわれが真実として知っていることは、どんなことであろうと、現実へと変容するのだ。われわれの創造性と意志は、それほどまでにパワフルなのである。


そこにいる存在たちの多くは、自分が死ぬと、救世主が戻ってくるまでは、自分は死んだ状態のままでいると教えられた。そして恐れと、神の愛から切り離されてしまうかもしれないという気持ちから、その教えを真実として受け容れたのだ。こうして、死ぬ直前の最後の瞬間に、彼らは自分が復活を待つ場所に行くのだということを信じていたのである。したがって、このレベルには、自分よりも偉大だと信じている誰かによって復活させてもらうのを待っている存在たちが、どこまでも列をなして並んでいる。われわれは彼らを目覚めさせようとしたことがある。その結果、少数の存在が目覚め、起き上がった。だが、彼らのほとんどは、悪魔のようなものが現れ、自分たちを誘惑して起こそうとするとも教えられていたのだ。そして、このことも、彼らは真実として知ってしまっているのだ。そのため、誰が起こそうとしても、彼らは目覚めるのを拒むのである。自分が生きていることに気づき、眠りから目覚めるまで、あと何千年もかかってしまうかもしれない。きわめて残念な教えである。


これが、苦痛があるただひとつの場所だ。あのような考えを固く信じ込み、それを絶対的な「知っている状態」にしてしまった存在たちの天界である。そこには、見わたす限り、眠った状態で横たわる兄弟たちの姿がある。ほかのすべての天界は、壮大な生命そのものだ。


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質問者 ある人は、宇宙は創造されたと言い、またある人は、宇宙はつねに存在し、絶えず変容しつづけていると言います。ある人は、宇宙は永遠の法則に支配されていると言い、またある人は、因果律さえ否定しています。ある人は、世界は実在すると言い、またある人は、世界はどのような存在ももたないと言います。


マハラジ いったいどの世界についてあなたは尋ねているのだろうか?


質問者 私が知覚する世界です、もちろん。


マハラジ あなたの知覚する世界は実に小さな世界だ。それは完全に私的なものだ。それを夢と見なして放っておきなさい。


質問者 どうして世界を夢として見なすことができるでしょう?夢とは長く続かないものです。


マハラジ あなたの小さな世界が、どれほど長続きするというのかね?


質問者 つまるところ、私の小さな世界も全体の一部分です。


マハラジ 全体世界という概念も、あなたの私的な世界の一部ではないだろうか?宇宙があなたのところにやってきて、あなたは宇宙の一部だとは言いはしない。全体があなたをその一部として含んでいるという考えをつくり上げたのは、あなたではないだろうか?実際に、たとえどんなに想像と期待で飾りたてていても、あなたが知っているのはあなたの私的な世界にすぎないのだ。


質問者 もちろん、知覚は想像ではありません!


マハラジ それ以外の何だというのだろう?知覚とは認識ではないだろうか?何かまったく知られていないものを感じ取ることはできるだろう、だが知覚することはできない。知覚は記憶をともなうものだ。


質問者 仮にそうだとしても、記憶がそれを幻想にするということはありません。


マハラジ 知覚、想像、期待、不安、幻想はすべて記憶に基づくものだ。それらの間にはほとんど境界線さえなく、互いに溶けこんでいる。すべては記憶の反応なのだ。


質問者 それでも、記憶は私の世界の実在性を証明してくれます。


マハラジ どれだけあなたは覚えているだろうか?先月の三十日にあなたが何を考え、何を話し、何をしたか、記憶に基づいて書きだしてみるがいい。


質問者 確かにそこには空白があります。


マハラジ それほど悪くはない。相当量をあなたは覚えているはずだ。無意識の記憶が、あなたの住む世界をなじみ深くさせるのだ。


質問者 私の生きる世界が部分的で、主観的であることは認めます。あなたはどうなのでしょう?あなたはどのような世界に生きているのでしょうか?


マハラジ 私の世界はあなたの世界と同様だ。私は、私の知覚する世界であなたと同じように見、聞き、感じ、考え、話し、行動する。だがあなたにとってはそれがすべてで、私にとっては、それはほとんど無に等しい。世界が私自身の一部であると知っているため、あなたが食べた食事に注意を払わない以上に、私もそれに留意しないのだ。用意されてから食べる間、食べ物はあなたから分離して在り、あなたはそれに留意する。ひとたび飲みこめば、それに対してはまったく無意識になる。私は世界を食べてしまったのだ。だからそれについて考える必要はもはやないのだ。


質問者 それでは完全に無責任になるのではありませんか?


マハラジ どうして無責任になれるだろう?私とひとつとなったものを、どうして傷つけることができるだろうか?その反対に、世界のことを考えずとも、何であれ私がすることは世界への恩恵となる。身体が無意識にそれ自身を正しく調整するように、私も絶え間なく世界を正すよう活動している。


質問者 やはり、あなたは世界の途方もない苦しみに気づいているのでしょうか?


マハラジ もちろん、あなた以上に気づいている。


質問者 それでは、あなたは何をするのでしょう?


マハラジ 神の目を通して見、すべてはこれでいいということを見いだすのだ。


質問者 いったい、どうしてすべてがこれでいいなどと言えるのですか?戦争、搾取、国と民との悲惨な争いを見てごらんなさい。


マハラジ それらの苦しみはすべて人間のつくり出したものであり、それらを終結させるのは人間の力の内にある。人間を自らの行為の結果に直面させ、そのバランスを取らせるよう要求することで神は助けている。カルマ(因果応報)が公正さのために働く法則だ。それは神の癒しの手なのだ。


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