ではどんな見方か


「砥石」と、「砥石活用度」です。この世で出会うどんな人間も大神様の扱うチェスの駒のような道具に過ぎません。本人がどんなに嫌だと思う人物であっても、大神様どころか深層の人々が見るところでは本人にとっての「砥石」であり、本人の態度による「砥石活用度」が0~100%のどこに位置するかを見ているぐらいだと私は思っています。活用度が低いというのは、相手のせいにしていて、自分の責任の受取拒否を起こしているということです。事実相手のせいかどうかはどうでもいい話で、相手のせいにする率が低ければ低いほど砥石活用度は逆に上がります。この世界ではマスクデータであるだけで、大神様が実在するので、人間関係はこれしか残りません。神との関係を成長させ、砥石を有効活用したか否か、それしか後に残らないのです。n0038


今まで出会った全員(嫌な人も含む)に、大神様だけは別の見方をしている


海面が嵐で荒れているように、表層の動きと、深層の静寂は同じ海なのに別世界です。どんな人生でも表層が荒れない人などいないのですが、それでも深層を無視すると入り込んでしまうのはドツボの世界のみです。深層が表層を見るときの見方はあまりに次元が違い、あまりに多面的、細部まで完璧に見ているため、非の打ちどころや逃げ場は表層(1階)の住人にありません。裁判をするまでもなく、「大神様の意に近づけなかったすべての責任は、本人が負う」のです。その情報の開示が後に回されただけの話なので驚きはどこにもありません。
手癖の悪い人たちの本性を暴く時に、「監視カメラの存在を周知すること」は邪魔にしかなりません。「監視カメラは存在しないと思わせること」が本性(または実力)を暴くためには必須です。それは手癖の悪い人たちだけではなく、自分のことを善人(向こう側の価値観では、大神様の意向を地上世界でも体現できるという自信がある人)だと思っている人たちにも当てはまります。そこで契約書を交わし、監視カメラの存在を意識から伏せ、本線に乗ります。そして7~8割が契約を忘れ現地調達の「変な価値観(→地上で最適化された価値観とも言えます)」に染まります。7~8割が本線から外れてしまっているという意味で捉えてしまっていいのかはわかりませんが、毎年神社に参拝するほとんどの日本人が契約無視と言われているということは、「大神様の主宰する本線」には心の持ちようとして、日々の態度としての条件があるのかもしれません。n


西暦2000年代に生まれた人たち


今まで一度でも生まれたことのある霊たちの中で、最も生まれたい時代をアンケートしたらおそらく「今、できれば2000年代」に生まれたかったとなるのではないでしょうか。なぜなら人類が今後50年で滅亡に舵を切りそうなタイミングで己の力を尽くすことができるからです。
戦国時代や明治維新の比ではありません。国家ではなく、人類が、滅亡しそうなんです。不謹慎ですが力を尽くしたい時代としてはこれ以上のタイミングはないでしょう。
生まれるまでは、です。
生まれた後はあまりの苦労と混沌に逆の気持ちになるかもしれません。n
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