これは概念上の話なんですが、駅に列車が来て、一時的に重なり、離れていくというこの一連の流れは、もしかしたら霊的な現実として今の地球の状態を説明するのに的を得ているのかもしれません。
上の世界が汚れている、ことに対して対応するのが大神様とその計画だけなら、
掃除機ってどうやってかけるんでしょうか? 上界下界ともに周囲の人への影響を無視して人を吸い込みながら巨大な掃除機をかけるのか、それとも、事前にピカピカの新受け皿を用意して、そちらに移す者をマーキングする時間を設けるのか。
規模の大きい手がこういうことを本気でやろうとしたら、新しい受け皿を先に用意して痛みの少ない粒だけを箸でつまんで移す発想は現実的です。汚れがひどければひどいほど。
悪貨は良貨を駆逐する、で、このまま全員混ぜたまま転生を続けさせても地球にも人類にも未来はない(環境破壊、戦争、生存競争、文明転換不可)と判断されたのであれば、このマーキングとプラットフォーム上の列車、路線乗り換え時間を設けるやり方はありうるように思いました。
葛飾北斎の汚れたら引っ越せばよい式です。正確には引っ越すではなくて、新物件、新計画においても再利用できるもの(再利用できる魂)だけ見極め、それを本当に新居で使うかどうか最後に検討する時間を設けたのかもしれない、ということです。n


サイレン級の強い調子でフィオラが言うには


現在どうしても見過ごせないトンデモクラスの悪事が進行しており、それを”のほほんと”見過ごしている優男? 若旦那? は男としてどうなんでしょう? というようなニュアンスで警告しています。その”のほほん”は日本のことなのか、よくわからないんです。
加害者側は2グループが2国が連携しているようなので、私はおそらく中国と北朝鮮だろうと見ています。北朝鮮が本当の意味で動ける(攻撃行動など)とは考えられないので、北朝鮮が陽動している間に中国が台湾を攻め取る二段階の密約をしているのかもしれないと本気で思っています。そうではないと、フィオラのこの調子はおかしいからです。
しかも今進行しているのであって、これが何年後とかいう話ではありません。
でも去年1月時点での北朝鮮攻撃タイミングもアメリカは結局動かなかったので、あちら側(霊)の人たちがいったいどのくらいの精度で戦争を読んでいるのか私にもわかりません。一度戦争に動き始めれば、被害は戦後の日本人が見たことないような段階に飛んでしまうかもしれません。


この<武力>という点に関して言うとフィオラの考えは、<終身独裁者である中国と北朝鮮の武力行動を「結果として完全に止める、封じ込める」ことが「できた」と判断できる瞬間が訪れるまで、その結果をもたらせていない全てのアプローチは間違っている>という見方です。特に子供の死者が止まらない以上は、その体制を決して認めないという見方のようでした。トランプ氏は北と話して2018年1月~2019年3月まで平和を得たようにアピールしていましたが、これでは「止まった」とは逆立ちしても言えません。正直書けば、北の独裁者は最低でも国外追放、放逐(亡命状態)しなければ完了しません。霊的にはそのぐらいの危険人物・精神異常者(核ミサイルを冗談抜きで日本や周囲に撃つ人物)だと警告されています。そして中国に関しては事が大きすぎたのか、霊界が独自に計画を立ててなんとかするプロジェクトがあるとずっと前に天津爆発の時に言っていて、昨年に「片翼」習の羽が一枚もげたと、計画が進行していると言っていたのですが、本当に物質界の独裁者に効き目があるのか疑問に思ったりもしています。n0001


武力とはホコを止めるための実力


居合とは 人に斬られず 人斬らず
己を責めて 平らかの道


こういう句を残す先輩たちは、人生とはどういう道なのか修練の果てに見つけた方々ばかりなのだろうなと思います。


大神様にとっては、敵対しているAさんもBさんも本来の目的を外れたところで死なれ(中途帰還され)ては困るわけです。お互いのせいにした無力化合戦はやめてもらいたい。殺し合いに発展させずに、戦闘だけをやめてもらうことが霊性の道を続けさせる上では唯一の関門になります。ところが、一方が簡単に勝てると舐められるような状態ではホコは止まりません。武とは、ホコを止めるための実力を「もっている」状態です。力を振り回す準備状態ではありません。「もっている」のに「使わない」ことで「神の子である相手の命を軽んじることを止める」という大神様の意に適う道が武道の本義ではないでしょうか。国家間の武力から私兵の跋扈を防ぐことまで、ホコを止めるための実力が必要とされています。n
(20181029)


宇宙は人一人に対し一つの可能性しか与えないほど非能率的ではありません。


偉大な知恵に満ちたこの宇宙において、特定の学習ないしカルマを完了させ、知恵を学ぼうと望む魂は実に多く、あなたのニーズに合致し、そして実際にあなたと出会える相手もたくさんいます。宇宙は人一人に対し一つの可能性しか与えないほど非能率的ではありません。しかしどのような場合でも、あなたが人生のこの時期における適切なパートナーに出会った時には、それと認めることができるものです。我々の視点からみれば、ある意味では、この時点においてこの惑星上に転生しているあらゆる人々があなたの『ソウルメイト』なのですが、あなたが人生にある大きな目的ないし使命を持って生まれてきている場合、特定の相手をパートナーとして持っている可能性は高いでしょう。そのようなパートナーの人生の使命は、あなたのそれと完全に編みあわされているのです。その意味で、二人はソウルメイトであるといえましょう。ソウルメイトは、エネルギーの振動やエネルギー交換のレベルや結びつきの深さや高い理想がぴったり合うという点から、たがいを認めあいます。またこの瞬間に、またこの先において、自分の本当の姿はどのようなもので、どこへ向かっているのかという点にも、それは反映されます。ひとたびレッスンを学びカルマを終えると、二人の関係はとりあえず静止状態に入るかもしれませんが、しかし人間関係には終りということはないのです。結ばれたきずなは永遠に残るからです。あるいは、その後もともに新しいレッスンを学ぶため、この人生を通していっしょに歩むことを選択する場合もあるでしょう。そうするかどうかはまったく各自の自由です。我々の視点からみれば、別れというものは存在しないのです。
(中略)
人間関係は物質世界を越えて存続し、一方が物質世界を去っても続きます。たがいが物質世界にいた時とあまりかわらないのです。これは神との関係についてもあてはまり、人間の恋愛関係は神聖なるものとの結びつきに最も近いでしょう。恋愛においては神聖なるものを相手の個人性の内に経験するからで、神との関係がどれほど甘美なものになりうるかという、いわばプロローグなのです。神との関係においては神と一つになる前にさまざまな一体化を経験することになりますが、人間どうしの恋愛はその最初のステップなのです。


地獄に降りる蜘蛛の糸


4つ要素があります。


0、糸の先にあるもの
1、蜘蛛の糸
2、怪物(避けたいもの)
3、回避行動(受取拒否)


簡略化したい場合は2番と3番のみを用いて、回避行動(受取拒否)そのものが糸(意図)切りになっていることを理解していただきます。
2番の怪物は、あなたが特に嫌がるものの姿カタチを纏わせます。オーダーメイドの嫌がらせです。その時0番の(意図)をあなたは知りません。
どんな物事や過去に当てはめてみても構いません。回避行動(受取拒否)がどのような結果につながったか、自分で確かめてみるのです。1番、2番、3番を”みる”際に0番をどう感じていたかがどのように影響しているかも含めてです。Fiora
(20181124)


あらすじ

釈迦はある日の朝、極楽を散歩中に蓮池を通して下の地獄を覗き見た。罪人どもが苦しんでいる中にカンダタ(犍陀多)という男を見つけた。カンダタは殺人や放火もした泥棒であったが、過去に一度だけ善行を成したことがあった。それは林で小さな蜘蛛を踏み殺しかけて止め、命を助けたことだ。それを思い出した釈迦は、彼を地獄から救い出してやろうと、一本の蜘蛛の糸をカンダタめがけて下ろした。
暗い地獄で天から垂れて来た蜘蛛の糸を見たカンダタは「この糸を登れば地獄から出られる」と考え、糸につかまって昇り始めた。ところが途中で疲れてふと下を見下ろすと、数多の罪人達が自分の下から続いてくる。このままでは重みで糸が切れてしまうと思ったカンダタは、下に向かって「この糸は俺のものだ。下りろ。」と喚いた。すると蜘蛛の糸がカンダタの真上の部分で切れ、カンダタは再び地獄の底に堕ちてしまった。
無慈悲に自分だけ助かろうとし、結局元の地獄へ堕ちてしまったカンダタを浅ましく思ったのか、それを見ていた釈迦は悲しそうな顔をして蓮池から立ち去った。


類似の物語

スウェーデンの女流作家セルマ・ラーゲルレーヴが1905年に書いた『キリスト伝説集』(岩波文庫)の「わが主とペトロ聖者」が類似した話となっている。わが主(イエス)が地獄に向けて放った天使につかまって上がってこようとしたペトロ聖者の母親が、一緒につかまって上がってこようとした人々を振り落としたために、天使は母親を放してしまい、結局また地獄へ落ちてしまう話となっている。なお、ケーラスは日本で『カルマ』を再版する際に『聖ペテロの母』に依拠したと思われるエピソードを加えている。
イタリアとスペインには「天国に居るシエナのカタリナが地獄に居る母親を天国に引き上げようとするが、母親は自分にしがみ付いた魂に悪態をついたため地獄に戻され、カタリナは天国よりも母の居る地獄へ移った」という内容の民話が伝わっている。
山形県、福島県、愛媛県には、『地獄の人参』という話が伝承されている。ストーリーは「あるところに欲張りな老婆がいて、その報いで地獄に落ちた。地獄の責め苦に耐え切れず、閻魔大王に『何とか極楽に行かせて欲しい』と頼んだところ、『何か一つでも良いことをしたことはないのか』と問われる。そこで老婆は、隣人(旅の僧)に腐ったニンジン(薬用のオタネニンジンの切れ端)を恵んだ話をする。閻魔大王はニンジンを出し、それにすがって極楽へ行くよう命じるが、蜘蛛の糸の話と同様、最後は亡者を追い払おうとして地獄へ転落する」というものである。これが古来の伝承か、あるいは芥川の小説が翻案されて作られた新たな説話かは不明である。この話は『まんが日本昔ばなし』でアニメ化されている。


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