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光の網


今夜書きたいことは、ミステリーです。なぜ答えに辿りついた者は具体的に誰もがわかるような方法論で、地球人全員の覚醒を現実のものとしないのでしょうか。


最も高い可能性が、それが「できないから」ということはご同意いただけると思います。
この最も高い可能性が真実であると仮定して話を進めさせていただきます。


なぜできなかったのか。
1、肯定形でも否定形でも不定形でも指せない特質を持っているから。
2、既に全員が「覚醒」していたから。
3、究極とは在るのであり、創造主の目的は別にあったから。


1番は、実際に辿りついた経験がない限り本当の意味では理解できません。
2番は、多くの方がご納得されると思います。
おそらく3番のご理解をいただける方には、もう何もご説明する必要はないのだと思っています。


私が最初に驚嘆したのは1番でした。「無」と表現した覚醒者たちは嘘を言っていなかったのです。無がまさか「生きている」なんて。これは存在する階層すべての最も外側であり、ここより外には何もありません。絶対静止とはこの無を指します。この日記では「虚空」と呼んでいます。名前はつけられませんので、「無」と表現することの誤解を防ぐためとご理解ください。最も深い意味での真我はこの「虚空」のみです。無限の真の意味も「虚空」だけにあります。


2番のワンネスを思い出す段階では、無限の愛はもちろんのこと、人の本質が一種の「光」であることを思い出すことも含まれます。ただの光ではありません。あらゆる人の「あり方」が根本的に「愛」そのものの感覚をもつ「覚醒め」であることを思い出します。この地球上では、愛という単語がありふれていて誤解されていますが、もちろんそれよりずっとすばらしい感覚です。真我を「大いなる光」と呼びます。稀に真我として大いなる光の生みの親、創造主「皇」を真我と呼ぶ方までお見受けします。


大いなる愛の光、これを大いなる光(純粋な目覚めた意識)または透明な光(仏教)とこの日記では呼ぶことにしています。私が最も尊敬する意識存在が好んで使用していたからです。


3番は、少数の方しかご理解いただけることはないと思います。
なぜ虚空は、現れを創ったのか。夢を見ているのか。その夢の中で、わたしたち(大いなる光)は何を「目的?」にいま創造を続けているのか。創造の源、虚空の顕在化した姿、愛の中心「皇(神の中の神)」の「人間」に対する最高の贈り物がここにあります。
フィオラと私はこれを「炎」と呼んでいます。


私が「個人的(魂)な目的、炎、炎、炎」と発言している理由はこの3番を意図的に何度も何度も子ども時代に見せられているからです。ほとんどの方にとって、この発言は間違いにしか思えないはずだと思います。私自身も間違いである可能性は決して低くないと自分で思っています。ですが、私は私を信じます。フィオラも私に同意してくれています。どのような結果になろうとも、私のような全力のバカは兄弟姉妹に貢献できる、と言って微笑んでくれています。


炎とは、人の間に創造されている真実の光の網です(光の網という形状を書くのはイメージ伝達の方便に過ぎません)。
日本しかヒトという生物を漢字で「人間」と表記しないそうですが、もしかすると私達日本人の先達は密教や仏教においてそれを完全に意図する者たちがいたのかもしれません。


これは魂、大いなる光の世界に創造主より与えられた「個性」がどれほどの愛と歓喜をもたらすかを直知する意識状態です。


個性は、天の宝です。確信ではなく、事実です。
あなたの個性を軽んじる者は、混乱しているだけです。どうか、あなたの個性を、魂の本質を大切になさってください。



勾玉(魂)の中心に空白があります。
空白は勾玉をあなたとつなぐための空白です。
雨が降り、泥水に波紋が生まれ、波紋に波の中心が生まれます。
天とあなたをつなぐ竜巻、聖者の光輪にも中心があります。
中心は常に、それ以外では決して満足できないものです。
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