大神様と合理性、この二者はどういう順位になるか


この世の人生を生きている際に必要とされる認識として
1、圧倒的1番に大神様
2、合理性
です。


合理的な思考は重要です。ですが、1番が先にあることにいつまでも気づかないのは、少し鈍い思考ループに入ってしまっている可能性があると私は思います。
1番が先にあることによってこの世のすべての事象への認識が変わり、
・殺人や自殺に対する認識、
・虚偽を発言することへの認識、
・他人の言動をどう見るか、
・自己の成長に関する日々の取り組みへの認識、
これらが直されていきます。


先日若い女性が複数名で練炭による集団自殺をされましたが、そもそも、なぜ彼女たちは「自殺をしてもよい」と「考えていた」のか、自分で自分を殺してもよいと考えていたのか、根本の下地はそこにあります。
この下地に1番が入っていれば、自殺はできませんでした。したくても、できない、んです。
後に残される家族の気持ちを思いやっていれば、というのは机上の空論です。自殺する人は既に視野が極限まで狭くなるほど弱っており、1番が感じられないことに心の奥底で絶望しています。
自分がなぜ絶望しているのかにも顕在意識上では気づいていません。この世に人間として生まれた場合、絶望の根本理由が神を見失っていることであることまで忘れてしまうようにできています。それを地上で見聞きした物理的な条件によるものだと錯覚しています。
なぜそれほど大切なことを忘れさせるのかが答えの一部であり、魂のテストだからということになります。


AさんがBさんとCさんとは友達になれるが、どうしてもDさんとだけは合わないというような人間関係はたくさんあります。
それでもA~Dさんは全員大神様に愛されているし、愛される資格が最初からあるわけです。
AさんにはDさんを愛せる大神様の気持ちはわかりませんし、平等に愛の光で照らす太陽のような代理役を引き受けることもできません。Aさんの視覚は限定的で、精神的にも未熟です。
それでもAさんは、存命中に大神様の本線に入ることができます。
己の限界を認識し、本当に大神様に頭を垂れるなら、です。
もしもDさんへの批判精神にしがみつき、彼(彼女)への神の愛を遮断したいと考えたり、大きな絶対善への道筋を邪魔する障害物、光を遮る影になろうとするなら、Aさんは自分の選択(洗濯)の結果を自分で受け取ることになっていきます。n
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