パチンコの釘を打ったのは誰か


生前に、予め、「自分が」釘を打っていた可能性があると思う。
玉に「通ってほしい道」とその玉の反射する癖や性質を予め計算に入れ、全資源を投入して計算に計算を重ね、釘調整していたのだろう。


挫折の定義が、こちら側とむこう側ではまた違うと思う。
むこう側の考えている成功とは、何世にも渡るバランスを見越しているし、外国人と付き合うよりも多様性があるというか視野が広いと言うか、
たしかゲイを差別していた者を次の人生でゲイにしたことがあった。
差別された側の気持ちを直に体験させる必要性を周囲が認めた。
というより、被差別者の気持ちを直接体験することを回避させるだけの「深い学び・愛と叡知」が本人の直前の人生には認められず、指導者たちが死後反省せず「ゲイへの転生から逃れようとした本人をどうしても許さなかった」
こうして、何かしでかした者は、
「公平」だと心から納得する措置を受ける。


わたしたちの人生は、こうして釘が予め打たれている。
神の慈悲か、
ハムスター(自業自得)か、
どちらにしても最も本人の本性が「いま必要としていること」が顕在化している。


わたしたちが実際にいままで通ってきた
釘と釘の間の「道」は、
実際に通る前に、
「通ることを期待されていた」ことが一度ある道なのだ。
だからその道は
「通ることそのものに意味がある」と評価・計算された道だ。
なぜ意味があるのか、
自分で自分に問い直さなければならない。
最も、本人のためになるように計算され尽くした道の
計算内容を本人も意識の中で追わなければならない。
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