フィオラとダイハード3


ダイハード3という映画をご存知でしょうか。
あの映画の中に、主人公たち二人が大きな爆弾のある部屋に「縛られて」閉じ込められて「まもなく爆弾が爆発してしまう」というシーンがあります。


フィオラはあのシーンと同じような状況を考えなさいと言います。

「あなたにできることは何ですか?」


もちろん映画と同じように脱出しようとしますよね。「絶対にほどけないような縛り方」で、助けも間に合わないとして、「あなたにできることは何ですか?」と聞くんです。


そうなると動けないので、物理的には何もないです。


大パニックです。死ぬのも怖いし、爆発の衝撃や金属が突き刺さる痛みも怖くてたまらない。


「あなたにできることは何ですか?」


もう一つだけできることが常に残されているのだそうです。


それこそが解放の鍵らしいです。


手は動かせません。体も使えない。それでもできること。


まもなく死ぬでしょう。それでもできること。


時間は異常に長く感じると思います。今までにないくらいです。それでもできること。


自己同一化はいつでも「切れる」のかと言うと切れるそうです。


最初は、言ってる意味がよくわかりません。ここが現実の世界であって、白目を剥いても現実逃避なだけでしょう?想像もつきません。


圧倒的な恐怖を乗り越える精神状態なんて手に入りますか?


恐怖を乗り越えるだけではなくて、その解決策はどんな問題をもうまくこなしてしまうらしいです。結果に執着せず。


何かのコンサートが終わって、駅に向かって群衆が歩いているとします。
あなたは反対方向からこの人ごみの間を縫うようにして歩くとします。
どうやったらぶつからないように歩けますか?
人ではなく「隙間」に集中することによってです。
影ではなく「光」に集中することによってです。


私たちはカモフラージュに目がくらんでいるんです。そのルールの中でしか生きられない、体験はできないというガチガチの固定観念に縛られています。


灯台下暗しです。私たちは「自己感覚」と「思考・感情」と「肉体感覚」の帰属を錯覚して消耗しているんです。


「今」「在る」に集中すれば(現れ側ではなく現れない側への集中という点が最重要です)「思考・感情」の嘘は暴かれ、「私」という前提は崩れ落ち、想像していなかった「無」と「愛」の地平線が広がります。


この自分に、ありのままのみんなに、今日をありがとう。
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Fiora & nobody