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地上の天使。松丸。



性の対象イムニダ。に雷のような衝撃を受けた。どうでもいい話だけれども。


別の話。
「ステート・オブ・プレゼンス」と呼ぶようなものと、世間一般の「通常の意識状態」の違いは簡単なんです。


通常の意識状態は「肉体があるから私がある」という観念の下地の上になりたつ虚像の城なんです。虚像に慣れ親しんできたため、本当の静けさは忘れ去られています。


本当は、世界は静かなんです。
雑音はありません。


「私」という感覚の源が「肉体があるという観念ではない」ことを見抜いているとき、思考が消え去っていきます。


しーん側
ざわざわ側


の2つがあるとして、ざわざわ側こそ苦しみの源です。
ざわざわの原因は「私」です。「私」がいなければ苦しみはありません。


「私」の前に「ある」があるんです。
それを逆に考えているのが世間一般の通常意識状態です。


「私」がある。逆に「ある」など知るか。
これがエゴです。


「私がある」と考えているから、苦しいんです。
忠実に「いまある気づきがある」ままにさせます。


なんの抵抗もしません。コントロールも諦めます。
違いなどありません。努力は無駄です。


1秒後を求める全ての教えは間違いです。



獲得できるものに、後天的なものに、価値はありません。
どうせ失われるからです。


価値があるのは、いまあるものなんです。


よく考えればはっきりわかるはずです。


いまあるいのちがなければ、他に何があろうと味わえないではありませんか。


いまがなければ、過去も未来も味わえません。


いまに対してどんな「観念」を押しつけても無駄です。
最大の間違いが「神様はわたしを愛していない」です。


この観念からのみ「悪」が発生します。絶望が生まれます。
愛を求める戦略のすべては、愛されていないと信じているからです。


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