(CNN) スウェーデン南西部のトロールハッタンで22日、刀のような刃物を持った男が学校に侵入し、教員1人と生徒1人を殺害した。男は駆け付けた警察に射殺された。
事件が起きたのは小中学生が通う学校で、死亡した2人のほかに、教員1人と生徒1人が重傷を負って病院に運ばれた。
警察などによると、現地時間の同日午前10時ごろ、「覆面姿の20代の男が学校に侵入し、刃物で子どもや大人を襲っている」と通報があった。
男はまず学校前で教員を襲い、次いで校舎に侵入して教室の扉を次々にノック。扉を開けた生徒を刃物で刺し、このうち1人を死亡させた。校内のあちこちに血痕が残っていたという。
通報で駆けつけた警官は男に銃弾2発を発砲し、1発を命中させて取り押さえた。男は病院で死亡した。
男がソーシャルメディアに極右思想を示すものを掲載していたとの報道もあり、警察は男が極右組織の関係者だった可能性もあると見て捜査している。
AFP通信によれば、男はこの日の朝、事件前に生徒と一緒に記念写真を撮っていたという。生徒から提供されたという写真には、覆面をして黒いヘルメットをかぶり、刀のような刃物を構える姿が写っている。
地元メディアの報道によると、男は黒のトレンチコートを着てヘルメットをかぶり、刀を所持。襲撃前には生徒たちと記念写真を撮っていたという。目撃者は地元テレビに対し、「ハロウィーンのいたずらか何かかと思った」とコメント。男は20代前半で犯罪歴はなかった。



【10月22日 AFP】
ある女性は、兵士らに拉致されて軍事基地に連れていかれ、縛り上げられて2か月にわたり繰り返しレイプされた。別の女性は15歳の妹とともに拉致され、5夜連続でレイプされた。また別の女性は12歳の娘と一緒に森に連れて行かれ、2人ともレイプされた。


「南スーダン」の画像検索結果
21か月に及ぶ南スーダン内戦では、既に戦争犯罪や人権侵害の報告が多数なされているが、女性や少女たちが性奴隷として拉致されている事実は、憂慮すべき新たな側面だ。被害女性の中には、秘密の「レイプキャンプ」で他の数百人の女性と共に無期限で拘束されている人々もいる。


ナイジェリアのボルノ(Borno)州チボク(Chibok)で2014年4月、イスラム過激派組織ボコ・ハラム(Boko Haram)に拉致された少女たちや、イラクでイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」に性奴隷として連れ去られたヤジディー(Yazidi)教徒の女性たちのことは、よく知られている。だが、南スーダンでは、拉致され繰り返しレイプされて奴隷のように働かされている女性や少女たちの数が、一つの州だけで数千人に上るとみられ、そうした女性らの悲惨な現実は、今まで明らかにされてこなかった。


AFPが北部ユニティ(Unity)州で行った数々の聞き取り調査の結果、政府軍の兵士や彼らと同盟関係にある民兵が最近、攻勢を強めた際に、女性の拉致とレイプを組織的に行っていたことが明らかになった。


調査は政府軍に焦点を絞って行ったが、南スーダンでは政府軍と反政府勢力の双方が、特定の民族を標的とした殺りく行為や、敵対勢力の支配地域での少年兵徴集や子どもの殺害、レイプや拷問を繰り返し、住民を追放して一帯を「浄化」することで敵対勢力を排除している。


■組織的な拉致とレイプ


ヌヤベナさん(30歳・仮名)の経験は典型的だ。子どもたちと暮らしていたラブコナ(Rubkona)郡の村は今年4月、兵士の襲撃を受けた。男性と少年は撃たれ、家々は略奪・放火され、女性や少女は連行された。ヌヤベナさんは、隣接する2つの村で拉致された40人のうちの1人だった。5人の子どもたちと引き離されたことについて語り始めると、ヌヤベナさんの目には涙があふれた。


女性らは、マヨム(Mayom)郡に連れていかれた。ヌヤベナさんは、政府軍のスーダン人民解放軍(SPLA)側と同盟関係にあるブル・ヌエル(Bul Nuer)部族の民兵組織の拠点で拘束された。2013年12月以来、反政府勢力との戦闘を続けているSPLAは、今年4月から7月にかけ、この民兵組織と共同で攻勢を実施した。国連(UN)の調査官らは8月の報告書でこの攻勢を「焦土作戦」と表現している。


南スーダンでは、国土の広範囲が戦闘と洪水によって立ち入りが難しくなっており、ユニティ州は援助隊から「情報のブラックホール」と呼ばれる状況に陥っている。ある人権問題調査員によると、多くの女性が拉致されたマヨム郡は「何が起きているのか、誰にも分からない」状態にある。


また、ある軍事専門家の推測によれば、攻勢の最中に拉致された女性は「数千人」に上る。同調査員は「女性の拉致は組織的に行われているようだ。(拘束期間は)1日か、それ以上、あるいは永久に続くかもしれない」と語った。


逃れることができた人々は、自身の経験を、感情のない静かな声で回想する。悪夢にうなされ、まだ捕らわれの身であると思い込み、恐怖におののいて目覚める人々もいる。


ヌヤベナさんは、拉致された後、日中は略奪してきた物や食事を運んだり、水くみや農作業をさせられたりしていた。日中は常に見張られ、夜になると他の女性たちと一緒に縛られた。「兵士はセックスをしたくなるとやって来て、私たちの縄をほどいて連れていった。終わったら私たちを元の場所に連れ戻し、再び柱に縛り付けた」。ヌヤベナさんは、両肘を後ろで伸ばして縛られていた姿勢を再現しながら語った。一晩に4人の男にレイプされるのは日常茶飯事だったという。


労働を拒んだり、レイプに抵抗したりした女性たちは姿を消した。「朝になって、彼女たちがいなくなっていることに気付くんです」。4月に彼女と一緒に連れていかれた40人のうち10人が、そのようにしていなくなったという。


■「壊れた少女は使い捨てに」


ヌヤツアチさん(仮名)の場合、5月にラブコナ郡の村が襲撃に遭った際に、10代の未婚の娘3人が拉致された。2人はまだ行方不明だが、17歳の娘はめい3人と一緒に逃げてきた。


戻ってきた彼女らは「とても弱って、痩せ細って」いたという。「体は衰弱し、あまりにも多くの男たちと性交渉をしたせいで体液が流れ出ていた」と、ヌヤツアチさんは説明した。これは、特に暴力的なレイプ被害に遭った場合に、膣と膀胱または直腸との間に穴が開いて失禁を引き起こす「瘻孔(ろうこう)」の典型的な症状だ。


中には、出血して性交渉ができなくなるまで繰り返しレイプされた末に、解放されたり、殺されたりした女性らもいた。「壊れた少女たちは、使い捨てにされる」とヌヤツアチさんは語った。
(c)AFP/Tristan MCCONNELL
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