こういう動画を見ていますが、一番有名な登山道であるキリスト教をそれほど重要だと私は見ていません。重要なのは山頂(=神=良心神)だけであり、登山道が広く踏み固められているかどうかではないと思うんです。でも同時にキリスト教が他の道より劣っているとも思いません。また劣っている点がもしあったとしてもそれはイエス・キリストのせいではなく、信者の方たちの態度のせいだとシンプルに感じています。どの宗教でもそれは一緒です。
イスラム教のコーランに関しては「聖戦」に関する教えを心から軽蔑しています。ユダヤ教のエルサレムに関する「現地民追い出し許可」をもらったという主張についても。
登山ルートで言うと私の考え方は、山頂だけを見据えたまま「直線で」登頂しようとする者こそ単純明快で良い、です。意外とこれも多数派の一つではないでしょうか。素人の暴論かもしれませんが宗教など不要だと本気で思っています。必要なのは「神」です。n






神との関係だけが重要で


この言葉は思われているよりもずっと大事なことではないかと感じました。肉体を抜け、ここを離れていく直後にそれがわかるぐらいですから、肉体という薄い1枚の壁を隔てて、(霊、が何を求めていたか)本質を地上を生きている内に掴みたいと思いました。






これ、ほんとうです。人間はこれをやらないけど、向こう側の上位存在はこれをやります。人間界の常識と天界の運営方針は大きく違います。こちら側のはしゃぎすぎた人々とは違い、無限の愛と無限の喜びは想像を絶する「歓喜の世界線=光の劇団」を露わにします。彼女の伝えられたことの意味を何度も見返したくなります。n






ピアノのレッスンを始めて25回目とか最初の3年とかいう人の演奏なんて聞きたくないでしょう?


いい台詞です。n
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無題
nobodyさん、こんばんは。お久しぶりです。
月日が経つのは早いもので、もう秋になりましたね。

今日は先ず、ずっと気になっていたことを。
お父様のご病気のことですが、その後、お加減はいかがでしょうか。大変遅くなりましたが、お父様の一日も早いご回復をお祈りしますと共に、心からお見舞い申し上げます。
季節の変わり目ですし、nobodyさんもお体にはくれぐれもお気をつけ下さいね。

実はですね、私の父が病気で亡くなりました。
父は、去年倒れてから亡くなるまでの間、一度も意識が戻ることはありませんでした。
いつ、何が起きてもおかしくない状態とお医者さんに言われていましたので、三月の葬送の歹義場を読んだ時、ドキッとしました。
葬送の歹義場が終わって半月後に亡くなったんです。文字にすると大きなものに直面しそうな気がしてなかなか言えずにいたんですが、タイミング的なこともあり、nobodyさんには伝えようと思っていました。
五月の日記のお父様のことで「激情にかられる」の言葉に涙がでました。もう少し書きたい気もするんですけど、nobodyさんの日記を(タイトルが見える画面を)身近な人に一瞬見られたことがあり、個人的なことが書きにくくなってしまいました。

nobodyさんの日記のおかげで少しは救われていたような気がします。いつもありがとうございます。
またコメントしますね。   

青空 2018/10/17(Wed)23:48:55 編集
Re:無題
青空さん、こんばんは。お久しぶりです。またお話できてうれしいです。


>nobodyさん、こんばんは。お久しぶりです。
>月日が経つのは早いもので、もう秋になりましたね。


今年はいろいろ異常で、それでも本当にあっと言う間でした。


>今日は先ず、ずっと気になっていたことを。
>お父様のご病気のことですが、その後、お加減はいかがでしょうか。大変遅くなりましたが、お父様の一日も早いご回復をお祈りしますと共に、心からお見舞い申し上げます。
>季節の変わり目ですし、nobodyさんもお体にはくれぐれもお気をつけ下さいね。


ありがとうございます。そしてご心配をおかけいたしました。父は病状が良くなることはないものの、自分なりにこの残された時間と向き合おうとしている様子で、楽しみを見つけようとしているようです。急性増悪さえ起こらなければ余命数か月ということもないようですので、年はなんとか越せるものと思っています。
5月3日のことでした。フィオラは泣きべそをかいている私に「(父子ともに)必ず、直すから」と言ってくれました。でもそれはどうやら肉体を直すという意味ではなく、「(神との)関係性を、必ず直す」という意味だったようです。向こう側の人は肉体の治療を治療とは言わないことを知りました。


>実はですね、私の父が病気で亡くなりました。


そうだったのですね。ご尊父様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
青空さん、教えてくださりありがとうございます。


>父は、去年倒れてから亡くなるまでの間、一度も意識が戻ることはありませんでした。


昨年、末期がんだった知人が同じように意識が一度も戻らずに亡くなりました。亡くなる8日前に私の前に姿を見せてくださいました。30年前くらいの若い頃の姿で髪も真っ黒で、何か横向きに作業されていました。その場にいてくださったのはたった5秒間でした。フッと消えられて、しばらくして訃報が届きました。


>いつ、何が起きてもおかしくない状態とお医者さんに言われていましたので、三月の葬送の歹義場を読んだ時、ドキッとしました。
>葬送の歹義場が終わって半月後に亡くなったんです。文字にすると大きなものに直面しそうな気がしてなかなか言えずにいたんですが、タイミング的なこともあり、nobodyさんには伝えようと思っていました。


教えてくださってありがとうございます。どんな局面も、人生のどんな場面も、神に捧げられている大事な場面なのだから、自分以外の誰かを葬送する時にできれば意識的でいてくださいという願いが籠められていたのかもしれないと思います。人が旅立った家族に望むことは、主の御許にたどり着けて、いま安らかでいることです。旅立ちの前でも後でも変わりません。ご尊父様が無事に帰り着き、いま地上からは想像できないほんとうの平安に包まれていることを信じます。多くの方が見守っていますからきっと大丈夫です。


>五月の日記のお父様のことで「激情にかられる」の言葉に涙がでました。


私は、ほんとうに恵まれています。青空さんのようなやさしい方に見守っていただけてよかった。かたちある人間は、「生きている時の関係性」がすべてです。神は生前も死後も関係性を問い続けなければなりません。でも、家族となった人は一期一会で、ほんとうに戻ってこなくて、いまから過去の態度を改めることもできません。向こう側で再会できるとしても、後悔の対象はそういうことではなくて、生きている時になぜもっと、深いところから向き合えなかったのだろうと、きっとみんながみんな後悔しています。後悔の瞬間には、相手に求めず、自分に求めればよかったと、本気で悔いるものなのですね。


もう少し書きたい気もするんですけど、nobodyさんの日記を(タイトルが見える画面を)身近な人に一瞬見られたことがあり、個人的なことが書きにくくなってしまいました。


そういう時のお気持ちよくわかります。どうか無理をなさらないでください。でも、青空さんが「こうして、こう書いて」という一言の要望を書いてくださるのはいつでも歓迎ですので、匿名でもそう書いてくだされば、双方向の日記のままでいられると思います。名前欄を空白にして、本文欄のみに個人的なこと以外を書いてくださることをお待ちしますね。


>nobodyさんの日記のおかげで少しは救われていたような気がします。いつもありがとうございます。
>またコメントしますね。


とんでもないです。こちらこそいつも救われていました。私は青空さんが今後コメントを避けて使われたとしても、いつも読んでいただいているものとしてこれからも書き続けますので、どうぞやりやすい方の読み方をなさってください。
青空さん、ありがとうございました。私はあなたに会えてよかったです。
【2018/10/18 03:19】
無題
nobodyさん、こんばんは。
昨日の返信ありがとうございました。
返信の最後の段を読んで、最後のお別れみたいでさみしくなりました。
筆不精で、ちょっとかっこつけたいのに文章が下手だから、なかなかコメントできないんですけど、私はnobodyさんとの交流を、いつも、とても楽しみにしています。だから、これからも何かあったときはよろしくお願いします。

昨日コメントしてから、特に何かを特別考えている訳でもないのに、やっぱり父のことを話したからか、泣きたくなりました。辛いときは泣くのを我慢しているときってあると思うんですが、もっと自分の涙に寄り添えるようになりたいです。
神との関係にはまだまだで、これからも私なりに少しづつでも強化していきたいです。心折れそうで気が遠くなったりもしますが、いつか愛の扉が開きますように。

nobodyさん 本当にまたコメントします^^


青空 2018/10/19(Fri)00:10:57 編集
Re:無題
青空さん、こんばんは。
お返事を予想していませんでした。ありがとうございます。


>nobodyさん、こんばんは。
>昨日の返信ありがとうございました。



とんでもないです。


>返信の最後の段を読んで、最後のお別れみたいでさみしくなりました。



ごめんなさい、そういうつもりではなくて、青空さんがもっとも気楽なやり方で読み続けてくださることを望んでいました。私も、知人に知られて書きにくくなってしまう時の気持ちはよくわかるものですから。かたちは変わってもいつでもお待ちしてます、と言いたかったんです。


>筆不精で、ちょっとかっこつけたいのに文章が下手だから、なかなかコメントできないんですけど、私はnobodyさんとの交流を、いつも、とても楽しみにしています。だから、これからも何かあったときはよろしくお願いします。



もちろんです。こちらこそよろしくお願いいたします。そんなふうにおっしゃっていただけるのはとても嬉しいです。深夜営業の路地裏の屋台のような、しかもそこを通るのは一晩に一人とか、ここはそういうブログだと思います。でもつける灯りはその分ほんの少しだけ暖かいものだったらいいなと願っています。いつでもいらしてください。


>昨日コメントしてから、特に何かを特別考えている訳でもないのに、やっぱり父のことを話したからか、泣きたくなりました。辛いときは泣くのを我慢しているときってあると思うんですが、もっと自分の涙に寄り添えるようになりたいです。



きっとあると思います。そして青空さんが自分の涙に寄り添えるようになりたいとおっしゃってくださることが私はすごく嬉しいです。動けないとき、息もできないほど哀しいときがやって来ることもあると思います。どうかご自分を自由にさせてください。オズの魔法使いのブリキの樵はなぜ自分からキーキー音がしているのか自分ではわかりませんでした。一度立ち止まる必要がありました。


>神との関係にはまだまだで、これからも私なりに少しづつでも強化していきたいです。心折れそうで気が遠くなったりもしますが、いつか愛の扉が開きますように。



青空さんは素敵な方ですね。本当にそう思います。こういう言葉を贈っていただく度に路地裏の深夜屋台をやっている私には勿体ないぐらい嬉しくなります。そのお気持ちはすべて青空さんの中から生まれた青空さんの光の扉です。その扉は内開きなのかもしれません。(自分の涙を)招き入れる意思をもって開ききるまでは扉として機能しないタイプです。


>nobodyさん 本当にまたコメントします^^



はい、お待ちしています。おやすみなさい。
【2018/10/20 03:01】
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