もしこの日記にテーマというものがあるとしたら
それは「わたしは在る」について書くこと、または「私の不在を見ていること」について書くことです。


同じ「存在・意識・至福」について書いていますが、この意識が見える映像をどこへ運んでいくのかはわかりません。
意識が在ることが自覚できるだけです。


「私」というイメージの核、
それがもたらす「努力」や「決意」という行為の概念の核、
川の流れのような「想念」「思考」の流れの核、


これらが侵入できない場所へと
自己否定ではなく「自己像否定」「同一視否定」を自覚します。
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