党派性のもとで方式が重要になり人間は無視される


あなたは、混乱や、正確に【あるがままのもの】を意識するとすぐに、そこから逃げだそうとします。しかしここで問題になるのは、経済的、社会的、あるいは宗教的な苦悩を解決する方式を提供している様々な党派です。この党派の存在が最も危険なものなのです。なぜなら、それが宗教的な方式であっても、また左派や右派のものであっても、いずれも、人間ではなく【方式】が重要なものになってしまうからなのです。方式が重要になるということは、その哲学や観念が重要になるということなので、その場合、人間は無視されるのです。その思想やイデオロギーのために、私たちは進んで人類を犠牲にしようとしています。こういうことが、今この世界で起こっています。これは単なる私の解釈ではありません。良く観察すれば、全くその通りだということにあなたはお気づきになるでしょう。


【『自我の終焉 絶対自由への道』J・クリシュナムルティ/根木宏、山口圭三郎訳(篠崎書林、1980年)】
03 2024/04 05
S M T W T F S
25 26 27
28 29 30
HN:
Fiora & nobody