忍者ブログ

有線電話の普及など後れた国は日本のように「電信柱&電線」って多くないんですね。
そういうケーブル類はだいたい地下に敷設されているか、アフリカのように携帯電話が直接普及しましたのでそれほど必要ありませんでした。


電線は美観を損ないます。「主観的に美を感じていない状態」に陥ります。


比較すれば一目瞭然です。すっきり具合が違います。


張り巡らされた電線は、想念に似ているような気がします。


そして想念は基本的に「私を守る」ためにがっちり編み上げられています。


外そうにも、「私」が防御を必要とする怖れと、不正直さと、妬み、恨み、怒り、などを心の底に隠していればいるほど、「防御の陣」を崩すことはできません。


これら(不正直さ、妬み、恨み、怒り)があるということは
魂のオーラにホニャララが突き刺さっているということです。


誤解の源は、
「私」が防御を必要としているのであって、
「真我」は一切の防御を必要とはしていない、という点です。
ですから防御行動の主体は一人だけです。70億人の地球人は関係ありません。
地元に一人だけです。


真我はいつもすっきりな空で、私が電線だらけなんです。


電線の一本一本に対処しても無駄になります。
私に対処しなければならないんです。


私を出現させてから対処するのではありません。
私を出現させないことに対処するわけです。


私出現阻止、のみが取り組むことのできる分岐です。


私とは概念です。
今この瞬間は概念ではありません。


すっきり空 VS ざわざわ電線


これは一秒かからない切り替えです。誰でもできます。


コツは色々ありますが、コツ自体よりも、今までの癖である
「私を現しちゃう癖(私が継続的にいるとすぐ思い込んでしまう癖)」
に意識的であるということが大切です。


意識的であるというのは、あ、今、私は私がいると感じていると常に気づけるということです。


ですから逆に、無想を維持していてと言われるわけです。
私は、想念を必ず連れてきます。
想念が1匹いる!=私が30匹いる!ということです。


ああ、私を現しているな、


今この瞬間+私


になっているんだなと気づき、
それは
あるがまま、ではなくて
あるがままに恣意性と抵抗を当て込んでいるということ。


そんな瞬間でも気づきます。
私は、いないんです。私、がいるような気がしているだけ。


この、いるような気がしている、が唯一の問題なんです。


くどいですが
あるがまま+いるような気がしている


が問題の全体像です。
ですから「いるような気がしている」のみを調査して、
「いるような気がしていただけだった、いなかった」という結論に達します。


今この瞬間の「いるような気がしている」のみが問題であることを、再認識します。


電線のない空、このすっきり感が、デフォルトです。



旧技術を守ろうとすることは新技術の浸透を妨げることでもあります。



この自分に、ありのままのみんなに、今日をありがとう。
PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
10 2017/11 12
S M T W T F S
22 23 24 25
26 27 28 29 30
HN:
Fiora & nobody
忍者ブログ [PR]