雑談1
たとえばわたしがラーメン屋の店主だとします。
出せるラーメンは極論2種類だけです。


・まずいラーメン
・うまいラーメン


この分岐はお客さんの口の中で発生します。
決して店主の頭の中や努力の中ではありません。
(努力の中にもあるはずだという執着は多く出てしまいますよね)


店主にとっては、お客さんの口の中の分岐は「結果」です。
受け止めるしかないのであって、言い訳は一切通用しません。


お客さんが「まずい」と判定したら、事実「まずい」だけなんです。
この「まずい」を肯定すること以外に道はありません。


もちろん100人いたら100人全員が同じ判定はしません。


でもプロの場合は大半の人が「うまい」と言ってくれなかったら終わりです。


アマチュアというのは、「まずい」という結果を得た後で
(理由はともかく)成長しようとしない人間のことです。


そういう人間は大抵の場合、お客さんの舌がいかに間違っているか証明しようとし始めます。
結果が出た後の労力がまったく違う方向に向いてしまうんです。


この資質を「素直さ」という人が多いですね。


この素直さがないと
強力な悪循環(本人にとって)がはじまります。


いかに「うまいラーメンを作るか」という問題は言ってもそれほど大きくないと思うんです。


洒落にならないくらい大きな問題は
いかに「まずいラーメンを作っている現実を直視するか」ではないでしょうか。



雑談2
まずいラーメンの現実を直視した後のことを書いてみます。
結果だけ出せ、というのは誤った態度です。
実は「地球規模という最大のマクロ問題」と「最小のミクロ問題」は直接つながっているんです。


現在であれば、どうやって地球に貢献するか、地球規模に貢献するかという問題意識は、
どうやって最も身近なことに取り組むかと同じことなんです。


目の前に一人の人がいて、その人に対してだけ
思いやりをもって接している様子をイメージしてみてください。


考えるべきは、ただその目の前の人に思いやりをもてるかどうかだけ。


優しい言葉をかけたり、気持ちを推し量ったり、できるだけ自由度のある方向に後押ししたり、とりあえず安心してもらえるように暖かい飲み物を用意したり。


一方通行かもしれないけれど思いやりをもって接している様子をイメージしてみました。


そしたら今度はそれを最も近い人「自分」に対してだけやるんです。


心境を思いやり、温かい言葉をかけ、理解しようとするんです。
最高の友人のように、「自分」だけを思いやります。
無理やり変化しろ、なんて決して言わずに、責めたりせずに。


これが、「地球」を思いやっていることと同じなんです。


「自分」に思いやりをもっている人だけが、
周囲にその思いやりが伝染するんです。


これは自己犠牲的に周囲を思いやろうとしている人とは根本的に違うんです。


地球のアセンションという最大規模の問題意識をもっている人は、逆説的に最も身近な
「自分をとんでもなく思いやった人」が貢献できる分野なんです。


地球を助けたいなら、
地球と同質の光の子、自分を誰よりも思いやることです。
地球上にそれができるのは、本人しかいないんですから。
怖れている自分の手をとり、背中をさすり、抱きしめることが、地球への貢献なんです。


愛か、怖れか、どちらかしかありません。
愛とは、怖れと戦わないことです。自分の怖れを抱きしめることです。



この自分に、ありのままのみんなに、今日をありがとう。
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