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戦後70年


の平和は事実です。この平和とそれを支えた先達に感謝することができます。
人を殺せと命令されたり、敵国の人から略奪しろと命令されたりすることがどれだけ悲しいことか、どれだけ恨みを残し、子孫を苦しめる結果につながるか、今の日本人ならわかります。


加害者にも、被害者にもならないことです。
それは人の尊厳を、自分の尊厳を、敵国人の尊厳を軽視しないということです。


生き残るために資源を奪い合う世界観がありますよね。
あれは嘘です。


人工の、貧しい世界観です。


日本人である前に、地球にお世話になっていない人間など一人もいません。
地球がタダで提供してくれている空気や水、太陽の光、与えられているから生きています。
生かされている以外の何物でもありません。


上のみつをさんの言葉は嘘がありません。


ともかくここに生かされている


今この瞬間というのは、これです。


ともかくここに生かされている


内容に感謝しているんじゃないんです。
その前に、ともかくここに生かされている、ことに感謝できます。


だってこれがなければ、何も味わうことすらできません。
ここにあるのは、真っ先に感謝であることができるんです。
内容の前に、感謝であることができるんです。


「振り返る」の画像検索結果
振り返るという動作がありますよね。
「私」という自己認識をもつことは、この振り返る動作と同じではないでしょうか。


振り返らないまま、気づきに安らいでいることは不可能でしょうか。


ただ一点
「私」を現さない、引き起こさないということだけを守ります。


それは振り返らないというルールだけ守るということです。
なぜならこのルールは人工の後付けルールで、本性とは何の関係もないからです。


いまあるものを「私」が把握する必要はないんです。
いまあるもの←「私」が把握する


「私」が把握する前にいまあるものはもうあるからです。


後付けの「私」を生み出さない場合、残るのは何でしょうか。


それが「今この瞬間」の意味です。


「今この瞬間」は「私」を描く必要はありません。ですから「私」が何かを持ち運ぶ必要もありません。


「今この瞬間」「私」を描く必要があると考えている「何者かがいます」
その何者かは「後」に顕れています。その何者かが「描かれた私」です。


「私」が顕れなければ、「対象」も顕れることはありません。
「私」のないところに「荷物」はありません。


努力、想念、決意もありません。


「雑談」の画像検索結果



戦争って何も生まないですよね。生むのは負の遺産です。
人を殺して解決することなんて何もありません。
そして、人を傷つけて解決することも何もありません。


だから最初の一人である
自分を傷つけるのは誰のためにもなりません。


わたしたち全体にとって役にたつものは
わたしたち一人一人にとっても役にたちます。


まずは自分を許すんです。
そして同じことの延長として人も許すんです。


人を猛烈に責めるときというのは
自分の中にある同じ部分を許せないとき、受け入れを徹底的に拒否しているときです。


分離しているように見え、正体不明の素材でつくられているように見えます。
でも分離はなく、素材は大いなる愛の光です。


多くの人が今、自分で自分に交わしてきた約束を思い出し、果たそうとしています。



この自分に、ありのままのみんなに、今日をありがとう。
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