最適化は組織でも人でもなく大いなる愛の光が起こす


どんなに力を持つように見える企業でも、政府でも、個人でも、たとえわずかでも資源の配分を決めることはできません。そういった最適化は神の領分です。


これを誤解していることによって、無駄な労力と心配が生じます。


組織内での貢献ではなく、大いなる愛の光そのものへの貢献を意識します。
人事部とは違って、光の人事はわずかな間違いもありません。


モノが足りない、カネが足りないという解釈があっても、
光が足りないことはありません。足りないという解釈は、足りないものを見ている直接の証拠です。


最適化の責任「者?」が大いなる愛の光なら
愛の御心に適うか、己を律する義務を負っているのはわたしたちです。


それは遊び心を失うような深刻さでもありません。
成長にはいくらでもやり直しのチャンスが与えられます、ですが成長を意識的に早める自由も与えられています。
(あの世では。この世ではやり直しのチャンスは貴重であり、特に今、あと数日間は超貴重と思ったほうがよいかもしれません)


愛するという選択肢に抵抗する場合のみ、
強烈なアッパーがやってきます。


「猫 おもしろ」の画像検索結果
宿命の裏側には愛があることを思い出した人たちは、いまこの時期何を感じているのかなと思います。


愛の要求に応えることができている「自信がない」ということかもしれません。


「私(のみ)の利益で行動するパターン」は今後ないな、と感じる方であれば全員大丈夫なのではないでしょうか。


大雑把に正しければいいなら、もうどうやっても、
公に役立ちたいという方向にしか考えが向かない方は何の問題もないと思います。


逆に、怖れが主導している場合のみ、自分を取り巻く状況を操作したくなるんですよね。
人のことは「見くびりたくなる」ものなんです。


いま大切なことは足元で、今日声をかける人たちに、どんな想いで声をかけるかが、どんな世界に住むかということなのかもしれません。


この自分に、ありのままのみんなに、今日をありがとう。
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無題
お世話になっております。
以前コメントしたyamaです。
お久しぶりです。

お陰様で頭の振動は定着にいたり、思考はあるのですが同時に何もない空間も常に感じられるようになりました。
しかし、私がきえることはありません。
苦しみは以前より自分に巻き込まれることがへってきたので楽にはなってきているのですが、どうも私はあいかわらずあるのです。
今後この無が成熟していくと私がきえていくのでしょうか?
yama 2015/03/18(Wed)21:58:49 編集
Re:無題
やまさん、お久しぶりです。
まず何よりもこうしてまたコメントをいただけたことに本当に感謝します。どうされていらっしゃるのか気になっておりました。


せっかくいただけた大切な機会ですので、今のわたしが感じられること、予想できることは長くなるかもしれませんができるかぎりお返事させてください。


>お世話になっております。
>以前コメントしたyamaです。
>お久しぶりです。
>
>お陰様で頭の振動は定着にいたり、思考はあるのですが同時に何もない空間も常に感じられるようになりました。


スプラナ(その振動)が定着されているとのこと、本当におめでとうございます。
やまさんと前回お話させていただいたときから今このときにいたるまでのその情熱、その情熱自体がやまさんが今後も大丈夫な何よりの証拠だと感じました。
その情熱を維持しているのは、精神ではなく、やまさんの魂のはずだからです。
思考は流れていても、常に同時に何もない空間(スペース)が広がっていらっしゃるんですね。この場合パターンは二つしかありません。


1、私が+考えている(私が見ている+思考が流れている)
2、考えがただ「起こっている」


1番の「私」というのは
肉体とマインドを取り除いたときに透明人間のようにでも残る上澄みのようなものとして想像されている「思考そのものを統括する、または思考を発生させた主体が存在している」という想念です。思考です。これは見えない思考です。


>しかし、私がきえることはありません。
>苦しみは以前より自分に巻き込まれることがへってきたので楽にはなってきているのですが、どうも私はあいかわらずあるのです。


通常のわたしの感覚を先に書かせていただきます。
私が消えていないということは、
私という思考が消えていないということに感じました。
それはつまり「私という思考」は気づかれていない、目撃されていない、注意されていないということです。
思考には気づかれているけれども
私が+考えている
または
私が+流れている思考を見ている


と感じていらっしゃるのではないでしょうか。
実際は、私(想念)ではなく、
無が見ています。
私はない、
何もない、そのものが見ています。
見ている、自体が見ています。
(見ている、は在るが、見ている「者」としての「定点」はない)


つまり「私」というのは在るものではなく、
今この瞬間に「引き起こすもの」「投影するもの」です。


存在ではなく映像です。前方に投影する思い込みです。
わざわざつくらなくていいものです。


今この瞬間は、
「私をわざわざ引き起こしている真っ最中」か
「何もしていない」かどちらかです。


私を引き起こす癖の起点が見抜けていないということはないでしょうか?
たとえば肉体=私だから、肉体感覚全体を一個の個人として想像し、統合する癖が足を一歩踏み出すたびに出ているなど。


その場合、触覚を含む五感のすべてがいちいち「肉体=私」の想念に触れてしまいます。


今書いたようなことが普通の場合で想像できることなのですが、
感覚が的外れでしたらぜひ細かく教えていただけると嬉しいです。


>今後この無が成熟していくと私がきえていくのでしょうか?


この疑問が出ていらっしゃるということは、違和感や疑問があり、満足できていないということですから、このままでは消えていかないかもしれないと感じました。
(私が消えること自体は一瞬で消えるんです。なぜなら最初からそんなものはいないからです、今この瞬間すらです)


軸があるんですね。大いなる愛の光とわたしは呼んでいますけれども、光の柱と呼ぶ方もいます。
このエネルギーを本当に思い出すと、魂のあらゆる渇きや願望は、瞬間的に満たされてしまい、「他に何も欲しくなくなります」誇張は一切ありません。
ですが私の場合はこの大いなる愛の光と常に融合状態にあるわけではないんです。
何も欲しくなくなるぐらい至福に包まれている状態は意識的にやって100回に1回しか戻れません。
悟りや覚醒というのはこれが
「一瞬たりとも途切れることなく継続している」方のことです。
たとえばラマナ・マハルシが10代の頃聖地アルナーチャラの地下で瞑想していたとき没我だったので足がねずみにかじられていることにまったく気づかないまま何ヶ月も瞑想していて血と膿で足がドロドロになったそうです。そういう状態にまでサマーディ(三昧)に入っている人が覚醒者です。それはサマーディを求める者がいなくなったときに達成されます。


そういうやまさんの魂の本体と高次エネルギー体がいまして、
違和感がほんのわずかでも残っている内は、本体の軸に触れていない、思い出していないということなんです。そのかわりに顕在意識が活動しています。


これには複数のチャクラ(ハートチャクラを含む12のチャクラの内のいくつか)が関わっていまして、一つが流動チャクラである
「人生を信頼する力」とでも呼べるチャクラです。
あとは有名なソーラープレクサス(丹田)のチャクラとハートチャクラとてっぺんのクラウンチャクラの3つです。
それぞれ「感情」「愛」「高い意識」を担当しています。


この4つがきちんと開いていないと、胸の中心にその本体を感じることができにくくなります。
特に重要なのが「自分の人生そのものを信頼する力」です。


スプラナが定着されている以上、感じられている無というのは成長していきます。
ですが、それは今あげたチャクラが詰まって、
どこかの一点でエネルギー漏れを起こしていなければです。


エネルギー漏れが起こっているなら、先にこれらのバランスを整えるほうが早いです。


人生に対する根幹の見方に関わるので、あまりこちらの特殊な考え(ちょっと宗教的すぎる考え方かもしれません)をお勧めしたくはないんですが、


やまさんのこれまでの人生のすべての配置
(人の配置や出来事の配置)が偶然ではないこと、そこから汲み取れる意味(人によってまったく違います)を汲み取るということが大切だと感じます。


「私の消滅」自体はもっと簡単なシステマティックなことなんですが、
もし「私」が消えないことに関して満足感が少なく、違和感を感じていらっしゃるなら、愛に対する見方が影響している可能性がちょっとあると思ったんですね。


大変長くなりまして申し訳ありませんが、
もし全体的に的外れだった場合はまたおっしゃっていただきたいです。


やまさんとこの大事な時期にお話させていただけたこと、本当に感謝しています。
ありがとうございました。
【2015/03/19 01:07】
無題
ご丁寧なご回答ありがとうございます。

魂の導きによってここまでくることができました。最近では時々魂の熱い思いを感じたりします。

思考にきづいていましたが、思考の出所にきづいていませんでした。
早速試してみたところ、すんなりと思考、感情が消えていきます。
これは大きなポイントでした。
ありがとうございます。

チャクラについてはエネルギー的な感覚では漏れというのは良くわかりませんが、最近ではハートチャクラが開きつつあるように感じています。
ただ、丹田があまり活動していないようには感じるのですが。

人生を信頼するというのは、なかなか難しいように思います。まだ人生に抵抗してしまっているように感じてしまうので。。。
徐々に移行できたらと思います。

ありがとうございました。
やま 2015/03/20(Fri)21:17:38 編集
Re:無題
やまさん、
こちらこそご返信ありがとうございます。


>ご丁寧なご回答ありがとうございます。


とんでもないです。


>魂の導きによってここまでくることができました。最近では時々魂の熱い思いを感じたりします。


やまさんは時代を取り巻くエネルギーが変わる絶妙のタイミングで動かれていらっしゃるように感じました。それだけ深く魂と連携され、導かれているのだと思います。魂の熱い思いより大事なものはないですね。


>思考にきづいていましたが、思考の出所にきづいていませんでした。
>早速試してみたところ、すんなりと思考、感情が消えていきます。
>これは大きなポイントでした。
>ありがとうございます。


とんでもないです。少しでもお役にたったなら何よりです。


>チャクラについてはエネルギー的な感覚では漏れというのは良くわかりませんが、最近ではハートチャクラが開きつつあるように感じています。
>ただ、丹田があまり活動していないようには感じるのですが。


ハートチャクラが開きつつあるように感じていらっしゃるなら何の心配もいりません^^本当によかったです。丹田は魂の座、そして魂のオーラに突き刺さった想念の反応として起こる感情面ですので、感情の解放に今現在大きな問題がなければ意識されていなくとも大丈夫だと思います。そのままハートチャクラが自然に開く進展にすべて委ねてしまわれていいのではないでしょうか。


>人生を信頼するというのは、なかなか難しいように思います。まだ人生に抵抗してしまっているように感じてしまうので。。。
>徐々に移行できたらと思います。


なかなか難しい、おっしゃるとおりですよね。わたしも人生のすべての采配を信頼することがなかなか難しいといつも感じています。
でも難しいと感じているのも現された「私」だけですから、そういう判断の届かないスペースへ、ですね。


>ありがとうございました。


こちらこそです。また何かありましたらいつでもコメントいただけたら嬉しいです。
ありがとうございました。
【2015/03/21 11:54】
無題
ありがとうございます。

少し気になったのですが、思考の出所を見極めることで思考がでなくなるということがおきています。禅では、思考がでる前の今に意識をおき続けるという修行があるそうです。
思考の出所と思考が出る前の意識とは違うものなのでしょうか?
やま 2015/03/22(Sun)22:26:06 編集
Re:無題
やまさん、こんばんは^^


>ありがとうございます。
>
>少し気になったのですが、思考の出所を見極めることで思考がでなくなるということがおきています。


そうだったんですね^^何より嬉しいです。この「私と思考の」出所を見極めてしまえば、私発生以降のすべての思考が止まります。消失します。思考は「私のために」「対ワタシ専用」として発生していたんです。いまやまさんは「私の(←私を照らす)真我として、とどまっている」んです。ぜひこのまま経過を見ていただければと思います。


禅では、思考がでる前の今に意識をおき続けるという修行があるそうです。
>思考の出所と思考が出る前の意識とは違うものなのでしょうか?


大雑把にくくるなら同じ意識です。
想念のすべては宇宙のアーカイブ、俗に言われる「アカシックレコード」にあり、すべての人、魂たちの過去生の集合記憶とともに、「大いなる叡智の光(大いなる愛の光と同じもの)」として保管されています。
わたしたちはその中から想念を選んで「引き寄せて着信」しているだけなんです。


そして地球上だけのローカルなことを言うと、北極と南極の二極を結ぶ「地磁気そのもの」が「地球上の思考と集合カルマ」であると言われています。


ラジオ局のように、その地磁気の中から、一致する振動数の思考だけを引き寄せるわけです。たとえばいま女子高生の制服のことを考えている人が日本に数万人いるとして、その数万人が同時に、同じ振動数で空中の地磁気に共鳴・共振します。その数万人は、同じ振動数ですから、彼らの手によって地球上の女子高生の制服という想念エネルギーが増加します。すると、彼らが思った(引き寄せて力を与えた、人気の)理想の制服のデザインが、新しい女子高生の制服をデザインしようとしているデザイナーに伝播するわけです。
こういう感じでお金に対する思考もそうですし、政治に対する思考も伝播します。


こちらには振動数だけを変化させる魂と高次エネルギー体があるんです。
ですから思考は選べないわけではなく、似た振動数のものだけを引き寄せるようにも選べます。


話がだいぶ逸れてしまったかもしれませんが、
「私が発生する源」「思考が発生する源」は思考が出る前の意識と基本同じだと思っています。


もしわかりにくければまたおっしゃっていただければ嬉しいです。
ありがとうございました。
【2015/03/23 00:42】
無題
なるほど、なるほど。
ありがとうございます。
よくわかりました。
ステートオブプレゼンスが定着すれば自分がなくなり、常に今にあり続けるのかと思っていましたが、そうではありませんでした。
定着した意識でもって、自我の元に気づく必要があったのですね。
次なる過程が見えてきたようでうれしいです。何度もお答えいただきましてありがとうございました。
やま 2015/03/23(Mon)20:42:43 編集
Re:無題
やまさん、ご返信ありがとうございます^^


>なるほど、なるほど。
>ありがとうございます。
>よくわかりました。


とんでもないです。


>ステートオブプレゼンスが定着すれば自分がなくなり、常に今にあり続けるのかと思っていましたが、そうではありませんでした。
>定着した意識でもって、自我の元に気づく必要があったのですね。


はい、元、源に気づく必要があります。今この瞬間にあり続ける(今この瞬間そのものとして在る)というのは、私の発現を止めたときに実現します。


>次なる過程が見えてきたようでうれしいです。何度もお答えいただきましてありがとうございました。


とんでもないです。また何かありましたらいつでもお待ちしております。
経過を教えてくださり本当に嬉しかったです。ありがとうございました^^
【2015/03/24 00:26】
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