2018年も残りわずかですが、今年フィオラが一番騒いでいた公園さんの記事を振り返ってみます。それは1月19日の犬の記事でした。


フィオラによると、19日の記事でもっとも重要なことは、「霊(チ)」だそうです。


ち?


この記事では 血=霊 です。
人の体内を循環し、老廃物を運ぶ役目もある血です。


霊(チ)とは
[語素]自然の事物などの名詞の下に付いて、それが神秘的な力をもつ意を表す。
「いかず霊(雷)」「おろ霊(大蛇)」「みず霊(水霊)」「かぐつ霊(迦具土)」など。


・改革の年は2018年です。
・霊(チ)から霊(チ)により祓わなくてはならないものがある。
・新しい世は霊(チ)に立つかもしれない。
・神に降参してください。Fiora


フィオラの主張してきたことは、時系列ではこうなっています。


2016年2月5日 綾部市上野に遷都。
2018年3月2日 峠力(とうげりょく)が問われます。一歩一歩に注意して。
2018年8月28日 船の最終便出航 → 「大神様の主宰する本線」に戻ってください。
2018年9月6日 震度7


この記事にだけ異常な反応を示したフィオラのために、何度も何度も読み返しました。おそらくこの犬の夢は相当意味が仕込まれている夢なのだろうと思います。また、皇軍の軍人名簿のようなものが存在することは言っていました。軍人として名簿に記載される条件はシンプルで、「はじめの神」に従うという意思表明があった人だそうです。これは地球を担当する神様、地球神のことではありません。太陽神様でもありません。最初の、すべての、創造主のことです。その旗が○に十字の薩摩紋と同じ紋様だそうです。地球記号は地球神を意味するのではなく、創造神を表す紋様を500年前地球記号に使用してしまったというややこしい話だそうです。神によって生み出された神、エリアマネージャーのような神様たちのことではありません。最初の、ほんとうの、神様のことです。神という言葉は、だからややこしいんですよね。最近「大神様」と書いているのはそれが理由です。立て分け立て替え立て直しは神界主導というよりも、すべての根源である「大神様」が決断したから実行されるということらしいです。局所的な宇宙の動きではないということです。n0041


祓いの犬に隠された靴は、弥勒の「勒」の改革の力か?。戦いの迫りの靴音か?。
2018.01.19 Friday - 00:01 - by ○○公園


子犬の行動を見ていますと、脱いでおいた履き物を咥えてどこかに持って行くがあります。愛犬の【靴泥棒】と呼ばれる行為です。子犬にとってはそれは一種の遊びと言えます。


私はここ一~二年間ほどの間に、実に奇妙な夢を七~八度見ていました。それは夢の中で私が世の立替の講演をしている会場で、講演を終えて会場から帰ろうとすると私の「靴」だけが何故か無くなっている夢です。会場の他の人にはそうした被害が起きておらず、私一人だけが被害者なのです。


どこを探しても私の靴が見つからないのです。時には裸足で靴屋に駆け込んでも、何故か私が履くサイズの靴だけは無く、大弱りしている夢もありました。そんな夢が七~八度も出て来ますと、さすがに【靴】の言葉の意味が気になります。だが、意味がまったく解らないのです。


そして、犬の年を迎える昨年の師走に、またもや靴が消えている夢です。だが、今度は会場の靴箱を探したところ、これまで消えて行った過去の全ての「靴」が並んでいたのです。これまで失せた靴が全て戻って来ている?。です。


いったい誰が私の靴をこれまで隠して来たのだ!。その時、これまで私の「靴」を隠したのは「犬」の所行だと出たのです。犬?。犬が私の靴を隠していた?。


酉年の師走の後に来るのは「犬」の年です。犬に祓いの意味があるのは分かります、その「祓い」がどうして【靴】とつながるのかの意味が解らないなのです。だが、靴が戻って来た夢は、【靴】が揃う仕組みと考えられるわけです。


弥勒の「勒」を分解すれば改革の【革の力】で


弥勒とは「いよいよ始まる改革の力」と読めます


私は【弥勒世】の到来を告げる宣伝マンをして来ました。だが、それは何時かとなった時、言葉だけでは読み切れません。


革の字は、毛物の毛を治去して、これを【革変】するなりで【革命】をも意味します。政治の世界では保守の旧を改めるのが革新とします。しかし、政治の世界の革新はその多くが唯物主義者の集まりで、唯心主義者とは一線を画します。


明治維新は間違いなく【改革】でしたが、日本の民主党の革新政権は、実務が解らないお粗末な政権でした。危機管理が出来ない革新政権ならば必要は無いとなります。


(中略)


世界の人類が戦いの無い平和の世界に住むには、日本の戦国時代の世を織田信長が天下統一に導いたように、一つの神による神界統一が必要です。唯一の神だけを神と崇めるです。


今の神霊世界を見るならば、まるで群雄割拠の戦国時代のようなものなのです。為に、宗教が戦争を起こす元凶となっていると言っても過言ではありません。


同じ旧約聖書を聖典ともしながら争っているユダヤ教、キリスト教、イスラム教を見れば解るように、未だ本当の創造神は出ていないとも言えるのです。もしもそうした創造神が世の世の表に出ていれば、宗教間での戦争は起きないからです。


唯一神が告げる【革新】は、毛物(獣)の魂からの脱却です


今の世は、人の顔をしていてもその魂は【毛物(獣)】なりの状況で、新しき永遠の世に入る為には、魂の毛物の除去がなされなければなりません。だからこそ、【弥勒】の世は黙っていても来るのではなくて、大規模な【変革】を伴うなのです。


そうしたことから、世の立替は一種の神界革命(クーデタ)とも説かれるのです。


だが、ここまで私の夢に「靴」が出て来るとは別の意義があるかと、再度調べましたところ 革は獣の皮ですが、改に通じて「あらたまる(新たまる)」です。ですから【改革】でよかったのです。さらに、さし迫るとか病気が重くなる。危篤になるなどの意味もあるのです。そこに、改革がさし迫って来たと読めます。


そして「靴」の「化」は、【人が死す】形なのです。単に化けるではなくて、複数形の人達が死ぬ形です。化けるの意味合いは、人の肉体は死ねば消えても骨は残る。その骨と化した意味が「化け」るだったのです。違う形になることです。


人は死しても【魂】は残る。それが【化け】です


靴は、改革で人は死しても「魂」は残る


(中略)


これらの犬の字は動物の犬その物の意ではなくて、祓いの【犮】から来ている犬性なのです。私達が気がつかなかったのは【器(四口と犬】が、神事や祭事に用いる道具のことなのです。


私達の肉体は【神の容器】ともなります。しかしそれは「一霊四魂」の四魂ではなく、直霊とされる部分が【神】と言えます。


私は世の大立替で審判されるのは各自の【良心神(直霊)】だと述べて来ました。それは魂に点数が出ることを見たからです。


私達の【心臓】は「田の字型」の四室となっています。


人の心臓は【田】の字型、心を持って【思う】の働き


何故、稲荷でなく【米】教の仕組みであったのか


心臓は【魂の型】であり、血は「霊」でもあります。聖書に「汝、他人の血を食べてはいけない」とありますが、他人の血の輸血を拒否することではないのです。これは【汝、他人の霊(チ)を食べてはいけない】なのです。


(中略)


それは、本当に磨かれた魂ではなく、他の霊媒質者に自己の魂の汚れを転送して見せかけの美しさを誇っていたのであれば、いずれ破綻する日が来ます。それを美しい魂だと賞賛していた人達の魂も、実に低い魂の持ち主達だったと言えます。


自己の魂が汚れていれば、自分と同格の汚れた存在の魂を見ても、その魂が汚れているとは見えないのです。汚き水の池の中に居て、自分の居る池の水は綺麗だと思っているなのです。高き山に登って見る光景と、低き山に登って見る光景は違うのです。


人の魂は脳に宿るのではなく、心臓に宿る


その心臓の四室は、私達の血の汚れを集めて浄化(祓い)しています。そして、新鮮な血を送り出しているのですが、心臓が弱ると死につながって行きます。


(中略)


人の病の多くは【血の汚れ】から発祥しますが、これは【霊(チ)の汚れ】からも起きて来るなのです。悪しき想念が魂の霊(チ)を汚しますので、スピリチュアルでも【悪しき想念】を持つなと言う教えそのものは正しいのです。


人を嫉んだり恨んだり憎しんだりしている人が、【自分の魂は美しい】など、絶対に出せない言葉なのです。本人は霊(チ)の汚れを発しているからです。


一霊四魂の四魂を祓うと、直霊は汚れを持たない


また、弥勒の勒には


勒=くつわ(勒)を並べる。戦闘前に軍馬を一斉に並べるがあります。


戦争の靴音が聞こえて来る等と言いますが、戦火の前に「靴」です。


(中略)


私は大本教霊界物語の記述の弥勒の神の紋章は【○に十字の定めなり】を、実は戦いの前に軍馬を一斉に並べる「勒(くつわ)」の意味があることに気づいていました。それは、大本教と同じウシトラ金神でも、【宇志採羅根真】の綾部藩主九鬼神道家に関わる古文書の絵に描かれた○十からです。その○十は勒(くつわ)?。


神界には創造神が存在すると思われますが、現実にはよく解っていません。特に私達が居る地の神界は大本教で説かれた【地の神界の主宰神・国常立尊】の追放劇が【地の神界の神々の多数の力】により生じたからと言えます。


そこに【勝てば官軍、負ければ賊軍】や【下克上】が起きたのです。私がそれを知るのは大本教霊界物語の記述からではなく、私の魂はその当時に存在していて国常立尊様に仕えていたからです。微かながらもその当時の記憶を私自身が持つからです。


弥勒世の前には、四魂(四器)の汚れの祓いが必要で


天帝に従えぬ神霊達は、天帝の軍馬に蹂躙される


私は現在地に豊受姫の命令で、この神業は【世に出ている神々には出来ぬ。このご用が勤まるのはそなた一人】と言われて現在地に住みましたが、その土地は大本教出口王仁三郎聖師が大正九年以前に大本教信徒の一部に、「教団に内密でその土地を死守せよ」と告げられた土地の一角であることが解りました。


また、出口王仁三郎聖師がその直弟子の一部に、【みろく神業に使われるお宝が埋められている】と告げられた土地の側でもあるのです。


(中略)


伏見稲荷大社は全国の稲荷の総本社ですが、私は【伏】の字に首を捻っていました。犬が伏して人に従うは俗説で、人に従い。犬に従うなのです。この伏は【厄災を防ぐ】の意味合いと言えます。祓いにつながっているのです。


明治維新は薩長連合軍が【鳥羽伏見】の戦いで雌雄を決めました。大本教神諭予告【九つ花】は十里(鳥)の八根(羽)型であり、そこに【犬性(祓い)】によって魂から獣を除去するとも言えます。


大本教霊界物語に、白狐は下郎の役として参加するとありますが、


鳥羽(十里・八根)伏見で戦う皇の官軍に、白狐は下郎の役として参加する


私が伏見稲荷大社講社に所属している時、支部を併発していた稲荷神社の御祭神である豊受姫が支部の月次祭(つきなみさい)の時、【神鏡】を持ち出されていました。その神鏡とは考古学で言う神鏡とはまったく別の物で、鏡から白光を放ち講員さんに獣霊が取り憑いていないかを見る【獣鏡】と言えました。その人の【心境】を見る鏡です。


(中略)


霊的世界には存在していても、現実界では造ることが出来ないのが【神鏡】なのです。ただ、私も神霊からそうした物を見せられなかったならば、私も【言葉】が持つ意味を紐解けなかったとは言えるのです。
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