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日常生活において我々は周囲を取り巻く人格の一つ一つに対して、これは長所あれは短所などと分類することができます。短所を憎むことができます。


しかし、一度『光』を体験すればキャラクターの本質はそこではないことがわかります。短所などどこにも存在しないのです。全てのキャラクターは完全な配置にあり(たとえ不完全な配置にあっても完全になります。これは言葉では描写できない超越的な感覚です)全てのキャラクターが一つであることから沸き起こる爆発する歓喜はあらゆる人格を祝福しています。実は誰もが言う『わたし』とは個々人などという小さな分離し独立した存在ではなかったことがわかります。


全ては一つとは、二つ以上のものが今見えるなら幻影を見ているに過ぎないことを意味します。


何も書かれていない黒板をイメージしてください。そこに人を二人書き込みます。
黒板が世界だとすると、この時世界の構成要素はいくつでしょうか?


答えは三つです。人と人と空間です。
この中で本物は一つだけ。二つは幻影になります。
どの二つが幻影でしょうか?それは二人の人です。
そして残るのは空間だけです。


我々は自分と他人が見える世界に生きているつもりになっていますが、事実はそうではないのです。
一般社会でこれを口にすれば狂人と思われることが常識だった社会が今、変わりつつあります。
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