1960年代より始まったニューエイジには特徴的な概念がありました。時間についてです。
それまでの伝統的な


過去⇒現在⇒未来


という直線的概念を廃して、


「永遠の現在」


だけがあるとしました。


四季の循環のような円環的な概念なのでしょうか?それも違うのです。


我々がイメージする時間は動いており、逆行不可能なものです。
ニューエイジでは、時間は止まっていて、動いているのは我々であり、時間が存在し、逆行不可能に「見える」だけとしました。


これが正しいかどうかはわかりません。
大事な点はここからです。ニューエイジではゆえに「未来」など単なる観念でしかなく、存在していないとします。
未だ白紙なのではなく、存在していないのです。全てが今なのです。


未来に期待をもつことそのものをナンセンスと言いたいわけではありません。
ですが、未来は存在しないため、明日に期待をもつことは、今現在の「どこか」にエネルギーがチャージされているまたはロスしていることを意味します。目には見えない世界のどこかに、思考のエネルギーがプールされているか分散消失していると考えます。


同様に過去も存在していません。我々が過去の存在証明と呼ぶものは単なる記憶の断片に過ぎず、過去があったのではなく現在があり続けるだけだと考えます。


今全てがある。


直線的な時間概念をなぜニューエイジが問題にするのかというと、
未来に期待を抱いて今現在を未来のためのプロセスなどと軽視する伝統的な時間概念が今現在に躍動している真実を体験するのを妨げると考えているからです。
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