『光』に達した時、私の場合は無限と永遠の実在は理解したものの
「この世界を構成するための特殊な時間エネルギーが存在するのか」
「逆行可能か」まではわかりませんでした。


この意味は、光は唯一不二なので、時間は間違いなく永遠かつどの時間軸も統合されているのですが(または時間そのものが存在しないのですが)


例えば地球に特殊な時間エネルギーが存在したり、細かいシステムやルールがどうなっているのかまでわからなかったという意味です。細かく探れる方はいるのかもしれません。


ただ無限の空間があることは事実です。
無限の一なるエネルギーが実在します。


地球上での時間の概念は単純に「光速を越える速度で人は動けない」という前提で成り立っています。
それは我々の肉体がその速度を越えられないだけであり、前提そのものが変われば結論も変わります。


我々は本当に「人」なのでしょうか。


我々の実体はおそらく太陽光をさらに微細にしたような「光」の一種で、ただ一種類であり、宇宙空間の物質の全てが存在するように「見せて」いるのだと私は思っています。以前に書いた、色のない『透明な光』をイメージしていただければと思います。透明な光は形状や色や概念を持ちません。全てを超越しています。宇宙空間がたった今消滅したとしても『光』に傷ひとつつけることはできません。


私の見た『光』は躍動する多色な光が舞っている『無限の空間(透明な光)そのもの』であり、光が網の目のように地球を覆って歓喜のダンスを繰り広げている様子であることが多かったのです。


最も印象的だったのは視覚的イメージではなく、その際の「感覚」でした。
無限の歓喜。言葉にすれば馬鹿げた表現ですが、その感覚に圧倒されてしまい、『全てを良し』とする『あらゆるものを肯定してしまえる』宇宙の本当の視点が実在していたことに(至高体験を抜けた後)驚愕しました。


その際の経験から言うと、我々人類の言語には「否定形」が存在しますが、宇宙には「肯定形」の言葉しか通用しません。「○○でない」という否定の意味を汲み取り創造することはできません。もっとシンプルにそのまままるごと現実化させるわけです。しかもその主体は自我ではありません。よく聞いてください。自我ではないのです。本当のあなたである透明な光が決定しています。


今は「夢」を見ている途中なのです。


全員救われることが約束されている、だから未来は大丈夫なんだではなくて、


元々我々は分離したことが一度もなかった事実を疑いようもなく思い出し、
今までもこれからも未来永劫大丈夫なんだと悟るのです。


花はつぼみから満開となり枯れます。
ところが悟りはいつも満開なのです。


『永遠に咲き誇る大輪の花』なのです。
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