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核ミサイルの要求


日本のどこに住んでいても、明日はわからなくなった。交通事故だってそうだが、どこぞの独裁者が暴発して核ミサイルを撃ってくるかもしれないと意識の端で意識しなければならなくなった。ここで個々人に要求されていることは逃げることではない。死亡したときに、地上に戻って浄化しなければならない「荷物」が極力出ないように、いま可能な限り捨てることだ。そして悪いことは言わないから、すべての子供を愛してくれている「神」という存在の可能性に心を開き、自分の人生を神の目から見て恥ずかしくないように荷物整理して「こんなんでどうでしょう?」と捧げることだ。宗教は無視していい。お金は一円も払わなくていい。時間は一秒もかけなくていい。詐欺目的のものも多いし、詐欺師本人が意図していない詐欺だってあるのだから。でも神との関係は残るので、できる限り、今までの人生で出会ったあらゆる人の立場に共感し、ゆるしがたいことがあったら、神を信じてゆるし、己だけを省みる。すべての人の行動を無駄にせず、適切な視点で教訓を得る。成長のためにこの人生が用意されたと仮定して、自分の人生の大テーマを推測する。ゆるしがたい人の数と強度の分だけ、人生の荷物はまだ残っている。日本人は脅されているのではなく、新しいステージに入れと示唆を受けているだけかもしれない。



毒の花


毒の沼があってそこに花が育った場合、根から毒を吸い、毒の花が生まれる。元来、根源は毒ではないので、いろいろ「浅い」から毒になる。浅いから命を軽んじもする。神の目を意識しない。子供が笑っていられる村はいい村だという話があるが、こういうことが簡単で万能な試験になる。近くに毒があると、子供は笑わない。大人も自分の精神に毒があると笑わない。毒の根源は「神がいない」か「私は神に愛してもらっていない」という想念だ。どちらも人が神に押しつけた想念だが、この想念を信じて生きると全部「浅く」なっていく。



1994


(私の拙い理解では)
この地上で1994年くらいに、これ以上の人類の放置は地球という星の存続そのものに影響を与えかねないため地球を人類から「保護」し、人類に何らかの「処置」をするという決定が下されたらしい。それまでも十分下地のお知らせや会議はやり尽くしていたので、この年に下されたのは最終に近い決定のようだ。後戻り不可で人類を放置しないという決定になる。処置がどういう意味かは場合によるようだ。人類が神界の意向に従わないから、猶予期間内に方向転換に成功しなかった場合は、全員を左遷するという宇宙の配置転換計画らしい。左遷の場合は地球と同じような惑星のある別宇宙に移動させ、最初からやり直させる。その際に、そういうレベルにはもう合わない進化した人々を新しい次元、神界の計画に沿った新しい地球、新しい宇宙に移す。この移行組の審査は厳しく、神界とのシンクロ率の高い人々だけが選ばれる。すべて、神の想定・計画しているレベルと人のうろうろしているレベルが想像を絶するくらい乖離しているために起こった。この乖離を今、好きでも嫌いでも急速に詰めなければならなくなっている。


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