人生ってなに?



虚空があらゆる自由を担保すると昨日書きました。それはつまり
あらゆるあり方が共存することを無条件に許されているということです。


ところが、私たちは普通そうは思いません。それは思考や感情を自分と同一視して生きている証拠なんです。もし虚空から見ているならば、自分を含むあらゆる人間の自由を自然に認めるはずなんです。つまり人生の主体は、自我なのか、真我なのか、常に二択、しかも


瞬間二択(真我⇔自我)です。


ここが、人生のカラクリです。
虚空だということを忘れるのも虚空の演技で権利だけれど、忘れている場合、
くるしい
なぜなら


今この瞬間を愛している(ありのままに体験している)ことも忘れてしまうから。


これが極めて重大な意味を持っています。
人生とはいかに生きるべきか。ヒトはどこに向かっているのか。


ヒトは真我を忘れてこの瞬間の「体験」から離れてしまうことが、くるしいんです。


ヒトは「体験」から離れること「だけ」がくるしいんです。
答えはこのありのままの「体験」なんです。
「体験」から離れること「だけ」が、苦しみなんです


だからヒトは、必然的に真我を思い出す方向に誘導されていきます。
たった一つの想念、感情、思い込み、境界線、ルール、どんな小さなものも、
今この瞬間に
存在を許せないと思った場合、くるしい


だから完全覚醒までの道のりがあるんです。
完全覚醒者とは、この瞬間二拓を常に真我一拓にしている人、というか、

体験しかない人なんです。


つまりこれは受け入れテストということですよね。
スピリチュアルの分野が他分野より重要とは言えないのは、その他のあらゆる分野にもこの受け入れテストが一斉適用されるからです。
分野・業種関係なしの統一センター試験みたいな一斉受け入れテストが人生の正体ではないでしょうか。


ここから先は勘ですが、
こんな真似を虚空が地球という惑星で70億のヒトに化けてやっている以上


この地上と人生というのは、

あの世からの要望による実技試験会場(しかも演劇部門)かなにかですかもしかして?


時間を初め創造制限だらけの地上とヒトという種を創造する意味が、私にはそのくらいしか思いつかないんです。


行列待ちの貴重なチャンスなのか、何回挑戦してもいいよー、みたいなゆるい感じなのか、私たぶん、あの世はゆるいと思います。フィオラの性格がふざけてるので印象がすごく変わったんです。


この自分に、ありのままのみんなに、今日をありがとう。
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