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レベル4


レベル1 肉体意識
レベル2 意識外出
レベル3 思考感情
レベル4 意識意識


以前そういう説明の方向性を使ったことがありました。


スピ系をざっくり斬ってしまえば要はレベル4を常に選択する、反復実践を行うことに尽きます。


どの流派も変わりません。努力と呼ぶのは危険であり、練習と呼ぶのも危険であり、動詞だと思い込むのも、スイッチオンのコンセプトも危険です。ただ忘れてしまった本当のわたしを思い出すまで、思い出し続けるということです。


つまり認識している者、気づいている者、体験している者はいったい


誰なのか?


という質問をトリガーにして、意識の方向性を逆転させる反復実践です。


これを通じて深度はともかく、苦しみの悪循環は終わります。


かかる時間は明言を避けなければなりません。なぜかというと、できる人は反復実践の真剣さが違うんです。多くの場合、とても苦しんでいる人です。だから可能です。



全員の足元を掬うのは「自分を許せない」という否定の態度です。


これを「見たくない」という怖れを大なり小なり誰もが持っているので、「自分を許す」という点をクリアできない場合は前に進みません。


これがどうしても難しい場合は「神様に愛されているかどうか直接聞いて」無条件に愛されていることを思い出すというのが次善の策だとは思います。


そして、誰が始めたとしても、多少の感覚を掴むまでは成功するんです。


問題はその後でして、ほとんど全員が、日常の細事に気をとられてレベル1~3までで日常生活を送ることに戻ってしまいます。


曖昧なまま、なんかよくわかんなかった、で終わります。


それがどうでもいい問題なら、どうでもいい挫折体験なんですが、霊性の道は残念ながらそうではありません。


私たちが生まれてきたのは、第一に本当のわたしを思い出すためです。覚醒と呼ぶかどうかはどうでもいいです。生きている全瞬間にわたって、いきいきとした「いのち」を、ありのままの「体験」の中に常に感じていられる、発見できる、思い出したまま生きるようになるために、ヒトとして生まれてきたんです。第二に直近の人生で崩してしまったエネルギーバランスを回復させること、「お荷物」を解消するためでした。それぞれの魂の思い込みのようなものです。


いまこの瞬間を愛すること。いまこの瞬間が愛されていることを完全に思い出すこと。それがすべてです。


この時代は特に、今度こそ絶対!覚醒するぞ!と意気込んできた魂ばかりなので、この時代のスピリチュアルの伝統を馬鹿にするような「スピ系」という言葉は、本当は、最も忌むべき言葉です。自分で自分の顔に唾をかけるようなものです。


おそらくこの埋もれた日記に接触するような方は、相当意気込みのある方ばかりだと思います。


反復実践です。


今苦しんでいる方は、誰が何と言おうと、もう無意味に苦しむ必要はありません。
今までの人生で試していないことが一つだけ残っているはずなんです。


それが、「ある」を認識している「誰か」そのものに「意識」を向ける逆流です。
どんな科学も否定できない「ある」を「誰」が認識しているのか?


この自分に、ありのままのみんなに、今日をありがとう。
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