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フィオラが最重要視していることを円舞編として書いていますが、この辺で小休憩として私が最重要視していることを書いてみます。


立ち去りつづけてしまうの記事でケン・ウィルバーが言いたかったことこそが今スピ系の修行で人が求めていることと一致すると思うんです。


虚空は今この瞬間にありまして、それ以外にはどこにも存在しないんですね。


たとえば5年先の未来を思い描く、なんて言い方がありますが、その想像は単なる想像風景として、頭の中に”いまこの瞬間”あるものの一部だってわかります。正確には、その想像は単なる想像ではなく、虚空の創造原理と直結しているんですが、今回は関係ありません。


要は今この瞬間こそが世界の真実であって、それ以外には何も存在しない、ということです。


人間は習慣的に直線的時間軸で物事を”イメージ”してしまう癖があるので、横線を一本引いて

過去___いま___未来

とイメージします。そして時間軸上のいまを動き回る”行為者=私”として感覚しています。

過去___私___未来

ということです。この二つのイメージが間違いなんです。


言葉遊びではなくて、過去と未来なんてものは”本当に存在してない”んです。
行為者の私なんてものは、”本当に存在してない”んです。


冷静に見つめてみれば、過去と未来などの比較で生まれるいまも、
他人との比較で生まれる私も、

思考なんです。それはご理解いただけると思います。

つまり真実は見えてないんです。普通はそうです。
思考に騙されたまま、誤ったイメージを見ているんです。
え?じゃあ、今この瞬間には一体何があるの?特別なもんなんてないでしょう?
それを見つめていただけませんか?
それを確かめてみていただけませんか?


というのが、スピ系の主張なんです。


だから、新しい思考を生み出して、それに溺れようぜ!

新しい宝の地図を描けば、世界にドキドキワクワクのアドベンチャーがある…ような気がする!

という態度は最大の落とし穴なんです。


スピ系のゴールは、思考を捨てることではなくて、
思考と真実を混同しないことです。


混同しない態度が長く続きますと、
真実が浮き彫りになってくるんです。


やり方はシンプルです。今この瞬間にいるだけです。
嘘マジ何これ?と思うまでずっとです。
マハラジの言い方は素敵でした。求道者にはたった一つの瞑想しかない。
思考を潜ませることへの厳格な拒絶だ。それだけが瞑想だ。


その真実の性能にエゴ的な期待をするのはダメです。
期待自体が、思考になるからです。だから、到達するかどうかは(ゴミの日にゴミを捨てるようなもんですが)動機が重要になります。


その過程で怖れが浮き彫りになったら、
怖れを抱えている自分をまるごと許してください。受け入れてください。怖れを捨てようとしないで。



本当に求めてない人には決定的な特徴があります。
それは人をコントロールしようとしないんです。
どういう態度を他人がとっても、結構じゃ。と本気で言う人なんです。やせ我慢してじゃなくて、本気で言ってるんです。
そういう人は自己完結した上で動いてるんです。他人を必要としていないんです。不足や欠乏を感じていませんので他人から何かを奪おうとしません。


そこで見分けると(自分がそう感じられるようになったかも含めて)わかりやすいんじゃないかなと思います。小休憩でした。上部のコントなんですけどね、ダメでした。重すぎみたいです。
この自分に、ありのままのみんなに、今日をありがとう。
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