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虚空はどう思い出すのか。その注意点



虚空は、私たちの本当の姿です。その他あらゆる現れと異なり、
かたちがなく、動きがありません。色もなく、匂いもなく、全ての属性がありません。非物質です。絶対的に静止しています。あらゆる現れを超越します。
超越しているくせに、あらゆるものに浸透しています。虚空のない場所はどこにもなく、範囲は無限、何者も邪魔することなく、あらゆる自由を担保し、何者からも邪魔されません。傷つけられることは永遠にありません。存在するすべてが消滅しても、虚空はかすり傷一つ負いません。なぜならば超越しているからです。どのような創造物を生み出しても、その創造物とは存在している次元が常にボタン一つ分かけ違うんです。ウパニシャッドの言う「より高く、安定しているもの」これが虚空です。


虚空は真の無限。真の自由。無限の潜在的可能性であり、何でも生み出せる創造力の根源です。創造のキャンバスです。ラマナはスクリーンと呼びました。永遠不滅。これが人の本質、真我です。わたしと呼ばれる感覚そのもの、原初の覚醒、アートマンであり、ブラフマンです。全員共通でただ「ひとつ」です。


これがなぜ断言できるかというと、存在するすべての消滅まで自分の意識上で検証したからです。ここまでは実体験から書いていますので、誇張のない事実です。


思い出した者は、あらゆる表現の否定で指差すことができるのみ、と表現します。言葉におけるこれ以上的確な表現は見つからないはずです。こんなものが実在することを、実体験するまでは絶対に信じることも予測することも、誰にもできません


私たちは全員虚空ですから、ヒトとして生まれる時に、それら全てを忘れたのもわざとです。意図的なものです。ここは重要で、思い出した人がよくがんばったとか、スピリチュアルの分野がその他の分野より重要とか、まったくないです。人生の台本はそれぞれ全員が完璧な叡智の元に組み立てています。一時的に忘れてようが、思い出そうが、全員の台本そのものが、今の人生の状況が完璧です。


ただ興味を持った人は思い出すことを今回の人生のテーマとして組み込んであるはずですので、その場合は他のあらゆる物欲よりも優先してください。とは言ってもお金は一円もかかりません。多分かかってもその手の本代だけだと思います。本を読むのがいいのか悪いのかは脇に置きます。もしも今スピリチュアル・悟り系の本が本棚に10冊あるような人はほぼ間違いないです。やらなければなりません


最も安定した方法は、誰?だと思います。
これはどんな自己像の状況からでもスタートできますし、通常時・非常時・仕事中・家事中・感情観察中・不快感と向き合う時、いつでもどのタイミングでも万能です。
自分を許すことがクリアできれば、愛も感じられるようになります。
自分を許す過程は不快感と向き合う過程でもありますので、不快感や怒り・怖れ・妬み・恨みなど何が起きても機能します。


仕事中のエネルギーも変わりますから、一番のお勧めはこれです。


マハラジが言っていた「気づき」であることを信頼するなら、という方法は私の経験上たぶんダメです。虚空を直接思い出すまでは、何の意味もない、ただの言葉です。マハラジが師匠を信頼しきって3年間やったというのが特殊事例だと私は思います。


よくいまここという核心的な表現がありますが、あれには2種類の意味があるんです。


色眼鏡を通したいまここ、つまりいつもどおり今気づいている
瞬間をもっと細かく丁寧に体験するというやり方。


それからレベル4に向かう意識意識です。
今この瞬間、ありのままの「ある」に気づいているのは誰なのか?
一回一回気づきに気づく(意識に意識を向ける)方法。


細かく丁寧に体験するやり方も機能しますが、
きっと自己否定の強い人はレベル3に戻ってしまって失敗します
私は、この自己否定の強さが足元を掬うということを理解するのに時間がかかりました。


みえない動機が存在することも、足元を掬います。
愛されたいと思っている内は、前に進みません。強烈に自分を責めてしまっているんです。(特に神様に)愛されていないと心の底で信じこんでいます。何かを常に変えようとしています。


誰?は最初の内は何度も何度も質問しなければなりません。
新しい状況が生まれる度に誰?を繰り返しながら深いところに降りていきます。


そして、見る者と見ている対象が残っている内は「ふたつ」ですので、
誰?の感覚、意識の逆流の感覚がよくわかったら、


常にある


と心の中で唱えるようにします。レベル4への行き方がわからなくて構いません。というかわかるわけがないんです。知識としてわかるという人がいたら、その方法論を信じないでください。それは怪しいです。
どんな状況でも「常にある」ことを思い出すだけで、真我が勝手に、真我に導きます。


それが仕事中も、通勤中も、飲んでいる時も、どんな時でも至福感に変わるようになったらもう苦しみはどこにもないはずです。完全覚醒に至るまでは、向き合うことがたくさん起きると思いますが、苦しみの悪循環を止めてもっとずっと楽に生きていけるはずです。


こんな日記を今でも読んでくださっている求道者の方向けに、3日間まとめてみました。
明日からはまた適当に書いていきます。


この自分に、ありのままのみんなに、今日をありがとう。
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無題
いつもありがとうございます
読んでますよ!
そして気付きを頂いています
今日もありがとうございます
こい 2013/09/05(Thu)00:25:37 編集
Re:無題
こいさん、こんばんは^^
すごく嬉しいです^^こちらこそいつも読んでいただいてありがとうございます。

ゆるい雰囲気の日記ですので、いつでも何かありましたら、よろしくお願いします。こいさんの体験からもぜひ色々教えていただきたいです。動画が重いとかあったら言ってくださいね^^;私の趣味全開で楽曲貼り続けているんですけど、これが邪魔なのかずっとわからないままなんです。またお待ちしてます^^
【2013/09/06 00:10】
報告などなど
借り物の言葉ではない、nobodyさんの個性が溢れている説明で、楽しく拝見させていただきました。(^^)

以前、コメントにも書きましたが、今年の春くらいから、ニサルガダッタ・マハラジさんの師の教えを試していました。が…
あれにも問題点があることが体感できまして、nobodyさんが、この記事の中で「たぶんダメです」と書かれているのは、たぶん正しいです。

実は、思考の観察を行っていた際にも起きていた事なのですが…
一種の禅病の様な、そんな感じのもので…言葉では、その一面しか言い表せないので非常に説明が難しいのですが。
精神的な恐怖が、パニック症のように、ある条件下で一気に襲いかかって来る。そんな感じの事態でした。
(それに対処するには、この世的な試みは全てダメで、「在る」という存在感覚に接触する以外ありませんでした。)

そこで、以前から知っていた、アジャシャンティさんの教えを、実践してみることにしました。
以下のサイトは、アジャシャンティさんの動画を日本語に翻訳された方のブログで、【基本原理1~4】【基本実践1&2】に、その記述があります。
(「Down The Rabbit Hole」 http://rabbithole0.blogspot.jp/)

このアジャシャンティさんの【基本実践】をしてみたら、すぐに本当の自分の目覚めが、本当に始まりました。(^^;)
「すべてをあるがままにしていること」、ほんとにこれだけで、あんなに苦労していたものが…あっさりと。(笑)
(もちろん、それまでに思考の観察や、在る感覚を見守るなどで、下地ができていたのかもしれませんが。)

思考観察や、私が在るという感覚を見守るとの大きな違いは、すべてはあるがままにしていることは、エゴ意識の入り込む余地が全くないことだからだと思われます。
観察や見守りには、エゴ意識が入り込めてしまうので、本当の自分が露わになるまで、紆余曲折が起こりやすいのだと思います。
(↑ この、入り込む余地に関しては、実践している最中、常に感じていました。)

本当の自分の目覚めは、(私の場合)一気に起こるのではなくて、徐々に徐々に、思考からの影響が薄まるにつれて、ほんとにゆっくりとしています。
でも、軽く触れただけでも、安堵感や安心感、充足感など、(静かなる)至福を感じます。
本当に、実は単純で簡単な事を、わざわざ分かりづらく難しくしているものなのだなぁ~と、エゴ意識には感心します。(^^;)

まだまだ、目覚めの道は始まったばかりですが…
nobodyさんの説明は、すべて納得です。(^^)
光龍 2013/09/05(Thu)11:59:54 編集
Re:報告などなど
光龍さん、こんばんは^^いつもありがとうございます^^

>借り物の言葉ではない、nobodyさんの個性が溢れている説明で、楽しく拝見させていただきました。(^^)
>以前、コメントにも書きましたが、今年の春くらいから、ニサルガダッタ・マハラジさんの師の教えを試していました。が…
>あれにも問題点があることが体感できまして、nobodyさんが、この記事の中で「たぶんダメです」と書かれているのは、たぶん正しいです。

これはもしかして誤解を招いてしまったかも知れません^^;光龍さんに教えていただいたマハラジの「私は在る」は私は大丈夫だと思っていました。逆に極めて優れた方法だと思っていました。私がたぶんダメだと思いますと書いたのは、「気づきであることを信頼して、その自覚のもと、今この瞬間をありのままもっと細かく丁寧に生きる」というような一昨日の記事の指差しのことなんです。思考と感情に巻き込まれるパターンをもった人に「気づき」の3文字じゃちょっと弱いんじゃないかと思ったんです^^

>実は、思考の観察を行っていた際にも起きていた事なのですが…
>一種の禅病の様な、そんな感じのもので…言葉では、その一面しか言い表せないので非常に説明が難しいのですが。
>精神的な恐怖が、パニック症のように、ある条件下で一気に襲いかかって来る。そんな感じの事態でした。
>(それに対処するには、この世的な試みは全てダメで、「在る」という存在感覚に接触する以外ありませんでした。)

これはおっしゃっていることは、よく話には伺いますので、知識としてはわかるんですが、私はその方向の実体験がないんです。一気に正体不明の恐怖に襲われるような症状。私も夢の中で怖い存在に追いかけられて絶叫するようなことは何度もありましたが、瞑想歴自体が短いので、瞑想の極限の恐怖をまだ知らないんです。人によっては、歓喜側と、恐怖側と、二種が交互にやってくるような方もいらっしゃると伺いますが、光龍さんが「在る」に接触するしかないとおっしゃるならよっぽどの恐怖ですね。色々文献では、そういう発作が出た場合の瞑想の危険性も読んだことはあるんです。もしあまり続くようならご無理をなさらないでください。kosumosuのメモのkosumosuさんが以前おっしゃっていたことの中に、瞑想中にブラックホールに吸い込まれそうになって逃げきるまで極限の恐怖を味わった旨の経験を書かれていました。これが自我の消滅の恐怖と簡単に判断することはとてもできないので、光龍さんの直感と愛の感覚を優先していただきたいような気が私はします。

>そこで、以前から知っていた、アジャシャンティさんの教えを、実践してみることにしました。
>以下のサイトは、アジャシャンティさんの動画を日本語に翻訳された方のブログで、【基本原理1~4】【基本実践1&2】に、その記述があります。
>(「Down The Rabbit Hole」 http://rabbithole0.blogspot.jp/)

ご紹介ありがとうございます^^サイト確認させていただきました。すばらしい超訳ばかりで、愛に溢れたサイトに感じました^^こんな方々が続々と出てらっしゃるんですね。resonanz360さんにも感じたんですが、ご紹介いただいたこのサイト特にいいです^^

>このアジャシャンティさんの【基本実践】をしてみたら、すぐに本当の自分の目覚めが、本当に始まりました。(^^;)
>「すべてをあるがままにしていること」、ほんとにこれだけで、あんなに苦労していたものが…あっさりと。(笑)
>(もちろん、それまでに思考の観察や、在る感覚を見守るなどで、下地ができていたのかもしれませんが。)

この光龍さんの実体験が、非常に勉強になります。もしかすると、人というのは螺旋階段のように、表側・裏側の学びを交互に繰り返すのかも知れないですね^^私も体験だけ、ありのままがベストだと思っているのにうまくいかない時期とか、気づきに気づく方法の方が不自然に感じる時期とか、行きつ戻りつ、また一周まわって同じ場所を全然違う感覚で見れるようになったことがあったり、すごく共感します^^

>思考観察や、私が在るという感覚を見守るとの大きな違いは、すべてはあるがままにしていることは、エゴ意識の入り込む余地が全くないことだからだと思われます。

あるがままに完全に受け入れる態度ですね^^そう言われると、隙がまったくないですね。これはもしかすると、光龍さんが、みえない思考を手放すことに成功していたのも一因があるかも知れないと思います。既に愛に一致していた、ということかも知れません^^

>観察や見守りには、エゴ意識が入り込めてしまうので、本当の自分が露わになるまで、紆余曲折が起こりやすいのだと思います。
>(↑ この、入り込む余地に関しては、実践している最中、常に感じていました。)

これは卓見です。そう言われてみると、この隙があるかないかの違いは大きいかも知れません。私が昨日書いた、常にある、というのも基本は隙をいかになくすか、思考の抵抗を介入させないかなのかも知れません。思考・分離観念と真我は両立しない(特に訓練中は)ですね^^

>本当の自分の目覚めは、(私の場合)一気に起こるのではなくて、徐々に徐々に、思考からの影響が薄まるにつれて、ほんとにゆっくりとしています。

ゆだねる過程は、光龍さんと同じように私もゆっくりなのかも知れないと思います^^
一瞬の啓示体験のようなものは、その後の混乱を生みやすいというか、閃光、混乱、墜落、急上昇、墜落、みたいな、あまり幸せとは言えない(はっきり言うと悲しいことが多い)ドタバタ劇になるんです^^;

>でも、軽く触れただけでも、安堵感や安心感、充足感など、(静かなる)至福を感じます。
>本当に、実は単純で簡単な事を、わざわざ分かりづらく難しくしているものなのだなぁ~と、エゴ意識には感心します。(^^;)

家(ホーム)が心の中に見つかったんですね^^
心からお祝い申し上げます^^
行為者という本人にとっては、必死だった家出の想いも、いつか手放されて、みんな空にかえっていくんですね。でもその必死の想いがあったからこその、いまです。光龍さんのたどられたすべての道筋が輝いていたのだと思います^^本当におめでとうございます^^

>まだまだ、目覚めの道は始まったばかりですが…
>nobodyさんの説明は、すべて納得です。(^^)

とんでもないです。私もいつも教えていただくことばかりです。
先日光龍さんにコメントで教えていただいたマハラジの言葉
「思考を潜ませることへの厳格な拒絶こそ唯一の瞑想」あの時の私が必要としていたピンポイントの教えで、本当にありがたいと思っていました。
またコメント楽しみにお待ちしています^^
【2013/09/06 01:22】
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