動機の反映


なにかをしようと思うとき、そこに必然性や必要性を感じているなら、それは自我の動きと言えるでしょう。あなたがみていたとおり、そこには動機があるのです。


愛そう。優しくしよう。思いやりが大事だ。これらは想いと裏腹に、愛の不在、優しさの不在、思いやりの不在が表面化します。根本の動機が、それらの不在を強固に信じる自己像の反射的投影だからです。


愛する必要などない。優しくする必要などない。思いやりをもつ必要などどこにもない。こちらが事実です。性悪説でも性善説でもありません。事実は事実です。


あなたにとって大切なことは、今この瞬間あなたがどれほど自己の抱える動機に無意識であるかです。動機がないならば、あなたに我はなく、あなたのすべてが恩寵となるでしょう。


あるならば、意識的にそれらの動きに気づくことです。


あなたの自己像はどれほどもっともらしく思えても、すべて嘘です。ですから向き合うのがつらく思えても、危険はありません。危険に思える、というだけです。


愛を思い出すのに条件はありません。あなたはただ、事実をみればいいのです。
なにかをでっちあげる必要などなく、事実を確認する作業です。
スポンサーや複雑に絡み合った利害関係もここにはありません。


いまここにあるものは、なにか。


いまここにあるすべての動機に気づくことができるなら、必要性などどこにも存在しないことを理解するでしょう。


あなたは「動機のない空間」で、「無意識がために動機にふりまわされる」演技をしています。
すべて自由です。事実をみれば、誤解は生まれようがありません。


今日をありがとう。
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