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無限心


超はずかしい。でも書きます。
私小学生の頃、今はフィオラが炎と読んでいる神秘的な意識状態を一人こそこそと無限心(むげんしん)と名づけていました。こういうのってなんかとっても恥ずかしいでしょう?


中学二年生が「邪気眼」とか言っちゃうあれですよ。後から思い出すと恥ずかしくて死にそうになる。


だって無限だったから。
こういう不思議な意識状態が解き明かされる前に、私は死ぬんだろうなあ、って未来を夢見る気持ちで思っていました。


まさか時代が先にこんなふうになるなんて思いもしませんでした。
子供の頃はね、みんなにこれが見えるんだと思ってたんです。


大人になる過程で、それは勘違いなんだと思って、ほとんど誰も見えないんだと考えを改めました。そして今もう一度、やっぱり(台本がややこしいだけで)みんな見えるんだと思うようになりました。


不思議ですよね。肉体をもって、怖いことやつらいことがたくさんある人生で、最後の最後にびっくり玉手箱が前提のすべてをひっくりかえすんです。


そうなるとね、人の勇気というのは、なんて神聖なんだろうと思うんです。限界のなかで人がみせる勇気は、それ自体が奇跡です。幕が下りて種明かしされてから結果論でああだこうだ言うのは誰でもできるかもしれない。結果がたとえ失敗にみえようとも、人生で勇気をもっている人はやっぱりすごいです。
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