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結局のところ、いまにいればいいと思う。


フィオラさん、なんかしゃべることある?
「ワイドの話をあなたはするべきですね」


意外なことを言われてしまった。


「ワイドの話」


これは炎を感じるときの体験的な感覚なんですが、自我が感じている個人枠みたいなものが意識の通常の視野だとすると、炎に至るとき、その視野がワイドに広がっていく感覚がするんです。


何が広がっていくのかというと、うまく表現できないんですが、「楽しさ」とか「世界観」なんです。


個人枠での視野には自我の防衛的な思惑が常にありますよね。
そして他人を分離している存在、ときどきは敵だとか憎たらしいとか思ったりもする。


ところが、人と人の間に「楽しさ」や「世界観」があると、それら自体がワイドに広がっていって個人枠が消滅するんです。世界観は一体感とも言えます。


本当はわたしたちは一体のチームであり光のオーケストラなので、光の存在同士で反目することなどないんです。天界にそういう空気はまったくないです。


でも地上では因縁とかがあって、あいつはどうも好きになれないとか、色々出てきちゃうんですよね。光対光から自我(記憶)対自我(記憶)、一体感→分離感になれば全部そうなっちゃいます。


分離感→一体感に戻すには、分離感の原因、思考の錯覚をやめればいいです。
それは「いま」にいることです。
いまわたしたちはひとつです。


フィオラがそう言うということは、この「ワイド」の体感が共感できるような方がいらっしゃるのかも知れないですね。


バーソロミューは光の合流と呼んでいましたが、内なる光と外なる光はまったく同一のものです。彩りとなる星の個性は輝いていますが、本質の大いなる愛の光は一緒です。


創造は、ありのままのみんながいてこそ楽しいんです。
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