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昔怪しげな青い人が言った。


全円のあり方。
他人の本質への信頼というフィオラの説明は、nobodyへの直接のアドバイスではなかったからピンと来なくて具体的になんなんだろうと思っていた。
大円境智という語彙も使ったことがあった。


ある段階からわかるようになった。
今この瞬間があって、昔から「今この瞬間」に囲まれているわけだが、
たとえば酸素や窒素という物質に囲まれている「ような気がする」この瞬間(瞬間世界)は、
ある一種類の実在によって構成されている幻想幻惑の世界だ。


その実在は、どんなSF企画も真っ青になる性能のカタマリで。


そのカタマリに対して、頭で境界線を押し付けている(思考を投影している)のが
「人間としての生活感というか行為者の感覚」になる。


その境界線のすべてを取っ払ったときに起こるのが全円と呼ぶのがまさにぴったりな圧倒的「信頼」感。この信頼は、人間の感覚ではない。


だってわたしたちは人間ではないから。


人間は映像側。これは光。光側の感覚が戻ってくると恐れるものは何もなくなる。
光側の感覚は断続的にやって来るのではない。


常にある。
それはスクリーンであって、やって来る断続的なものこそ目覚めと世界と人のほう。
感覚を見失っているのは、思考の投影を「いま現在進行形でやめていない」からだ。
光の感覚は途切れていない。
現在進行形で思考に覆われている。
「私」の強度によって、光の差さない大陸が生まれる。
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無題
nobodyさん

nobodyさん、ご無沙汰しております。skです。
「全円のあり方」は、以前教えて頂いたフィオラからのメッセージの中にありましたね。
あのときのメッセージは、今でもふとした時に思い出しています。
nobodyさんのおっしゃる思考を投影しない無境界の感覚は、私にはまだ実感としてはないのですが、概念的には全円の意味がわかった気がします。ありがとうございました。
これからも、無理のない更新楽しみにしております^ ^
sk 2014/06/04(Wed)00:15:30 編集
Re:無題
skさん、こんばんは^^お久しぶりです。
前回コメントいただいてからまるで何も書けないまま2ヶ月近く経ってしまいました。
いい加減な更新のなか、まだ見ていただいていてすごく嬉しいです。


>nobodyさん
>nobodyさん、ご無沙汰しております。skです。
>「全円のあり方」は、以前教えて頂いたフィオラからのメッセージの中にありましたね。
>あのときのメッセージは、今でもふとした時に思い出しています。


そんなふうにおっしゃっていただけると嬉しいです^^ありがとうございます。フィオラはskさんの出自を異質に捉えていますから、せっぱつまった息苦しさのような違和感の対策としてお伝えしておきたかったのかも知れないです。


>nobodyさんのおっしゃる思考を投影しない無境界の感覚は、私にはまだ実感としてはないのですが、概念的には全円の意味がわかった気がします。ありがとうございました。


ラマナ・マハルシがこう言っていました。
知られざるものを知ろうとする必要などありません。「いま知られている真我である」こと。
「全ては真我」で、いまskさんを取り囲むものは真我です。「世界」だというのは誤解なんです。「いまskさんを取り囲んでいるもの」と「skさんの想い」も一体です。両方合わせて真我なんですね。


>これからも、無理のない更新楽しみにしております^ ^


ありがとうございます^^書けるときに書けることを書きますから、何か雑談があったら是非コメントください^^
【2014/06/04 22:40】
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