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他人との関係をすべて、
創造主(愛)との関係に置き換えるんです。


他人なんていません。創造主(愛)との関係を目に見えるようにするためにすごく上手な「劇団」に脚本どおりの動きをしていただくよう話がついているだけなんです。
(脚本家を無視した劇団員のアドリブはよくあるので演劇中の注意は必要です)


他人にすぐ文句を言う人は、
創造主(愛)を信じていないということが顕れています。


そして他人とのあらゆる関係は極論すれば、
自分との関係に他なりません。


ですから自分との関係も、創造主(愛)との関係の顕現です。


自分を信じないとは創造主(愛)を信じないということであり、
自分を愛せないとは創造主(愛)を愛せないということです。


自分に対する文句(そして圧倒的な怖れ)の根源は
創造主(愛)との分離です。それ以外にはありません。


ここを裏返すと「自分という発明の意味」が浮き彫りになってきます。


分離(を信じ)させたかった、ということです。この世はそのためにあります。
分離させるためではなく、創造主(愛)との絆をより深くするためです。


自分なんていません。
創造主(愛)との関係を目に見えるようにするために「この心・この魂・この人」が顕れています。創造主(愛)との関係そのものの擬人化。それが「わたし」です。


創造主(愛)との関係が、ここにあります。
いま、ここにあります。
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